目を開けると天井が見えた。戦場、じゃない。多分…医務室?いつの間に帰って来れたんだろう。体を起こそうと力を入れたら、激痛が走った。思わず大きな声が出る。顔をしかめていると、ばたばたと忙しない、それでいて少し軽い足音が聞こえた。

「や、やっと起き…うわああああ!!」

 どんがらがっしゃん。そんなばかげた効果音がしっくりきてしまう、素晴らしいコケようだった。包帯やらトイペやらが船出のテープのようにきれいに舞う。
 原因の井桁模様の彼はそれらのすべての下敷きになってしまっていた。医療用具の山から、よろよろと這い出てくる。頭巾も取れかかって、髪がぐちゃぐちゃだ。

「…大丈夫、君……?」

 顔を上げた一年生は涙目で、とても大丈夫そうには見えなかった。


 小さな保健委員をなだめた後、色んな人が来て、叱られた。泣かれた。謝られた。別に、私はなにも気にしていないのに。何故皆そんなに悲しそうな顔をするのか。


「本当にそう思ってるのかい」


 見舞いの客足も途絶えた授業中、寝飽きてぼんやりとしていると、天井から人が降ってきた。

「わあ不審者…」
「せめて曲者と言ってよ」

 不審者改め曲者は、黒い忍び装束に体を覆う包帯と、いかにもな見た目をしていた。そしてでかい。こんなに身長高い人、初めて見たかもしれない。

「しかし無防備だねぇ、侵入者が来たというのに寝っ転がったままで」
「生憎死に損ないなもんで体がうまく動かなくてですね、殺すなら一思いにお願いします。痛いのは嫌です」
「君みたいな小娘殺してどうすんの」

 まあ、それもそうだ。じゃあなんでこの人、こんなとこにいるんだろう。学園長ならいつも通り庵にヘムヘムといる。私は別に大した情報を持っているようには見えないだろうし、高価な薬草は今別の倉庫に保管されていると聞いた。もしや怪我をしているとか…?

「折角助けてあげた命なんだから、みっともなくしがみ付いてでも生きて欲しいんだけどね」

 酷いなあ、死に損ないなんて。そう言った曲者は、私がぼやぼやしている間にすぐ側に来ていた。

「…もしかして貴方が助けて下さったんですか」

 彼は目を細めた。
 笑った、のだろう。口元が隠れているのでよく分からない。

「…ありがとうございました。私の命の恩人ですね。物好きな方だ」
「君いつも一言多いってよく言われない?」
「三言多いとは言われますが」
「……」

 曲者改め命の恩人は、私の枕元に腰を下ろした。…なんか女らしい座り方だ。私なんかすぐ胡座をかくから叱られる。

「恩人さん」
「雑渡昆奈門だよ」
「…なんて?」

 ざっとこんなもん。珍しい名前だったので思わず聞き返してしまった。本名だろうか。彼の父上と母上はお茶目な人だったのかもしれない。

「君の名は?」
「知らない人に名前を教えてはいけないんですよ」
「私は君の恩人なんだけどなあ、名も名乗ったし」

 そんな名前簡単に信じられるか…とも思ったけれど、変な(失礼だけど)語呂の本名の人は思い出すといっぱいいるし、恩人だと言ったのもあながち嘘でもなさそうだ、何となく。

「…名前です」
「苗字は?」
「無くしました」
「…そう」

 呟いて、雑渡さんは少し視線を外した。突っ込んでこないあたり、察してくれたのだろうか。

「ところでさっき、雑渡さんは本当にそう思っていのるか、と問いましたが、なぜ私の心を」
「え、あれ独り言じゃなかったの」

 体が弱ると頭も弱くなるんだろうか。口に出ていたなんて、仮にもくノ一の卵なんだ、しっかりしなくては。ああでも、もうその道は目指せないか。

「雑渡さん、いつからここに居たんですか?」
「包帯が散らかるあたりかな」
「…じゃあさっきの先生たちの話も聞いてたんですね」
「まあね」

 悪趣味…いやこれが忍者だ。それにしてもあれだけ色々な人が来て、誰もこの人に気づかないなんて。かなりの強者だろう。本当に私殺されないだろうか。

「私元々くノ一向いてなかったんですよ」
「うん、私も何となくそう感じたよ」
「…だからまあ、傷を負ったことはいいんですよ」

 ひと息ついて、また言葉を続ける。

「ただこのままここで忍者の勉強を続けるのは、ちょっと」

 居づらいんですよね。
 さっきも色々気遣われてしまった。そういうの、私は苦手だ。あまり干渉されるのは。

「とりあえずここからは出ようと思います。…家もお金もないのでしばらく野宿ですけど。放浪しながら曲芸師にでもなろうかなと。私実技は結構得意なんで」

 視線を布団に落とした。

「女の子が野宿だなんて」
「男装でもしますよ、私上手いんですよ」

 そう言うと、雑渡さんは喉の奥を鳴らして笑い出した。びっくりして視線を上げると、目が合った。ひとつだけの、でも鋭い眼。

「いや、うっかり助けちゃったから、余計な事をしたかと思ってたんだけど」
「うっかりって…」
「杞憂だったかな」

 そう言って、す、と私を見据えた。自然と身構える。


「ねえ君、タソガレドキにくる気はない?」


 あんまり突拍子もないので、言葉をつぐのにすこし間を置いてしまった。

「…どういうことです」
「行くあてないんなら、助けちゃった責任を取って、うちで働かせようかと
いやあ、あの時火の手が上がるまではなかなかいい働きっぷりだったからさ、どうかな」
「…タソガレドキの方だったんですか」
「うん
うちにおいで、名前」


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