(≠転校生)
桃李の家を訪れるには結構勇気がいる。当然だ、だって門から建物の中までこんなに距離のある豪邸。一応は姫宮にはいる系列の、その端っこの家の私と、桃李はなぜだか親しくしてくれている。小さな頃から。
「名前ーーっ!!」
桃李の部屋に通されると、彼は駆けてくるなり私に抱きついた。弓弦くんがそれをたしなめる。桃李は相変わらず華奢な体をしていた。豪奢な調度品たち。
「久しぶりだね、桃李」
「もーっ、名前ったら全然会いに来てくれないし!」
「お久しぶりです名前様」
「弓弦くんも元気だった? …ああごめん桃李、でも忙しいんでしょう、アイドル」
「そりゃ毎日毎日下僕共がうるさいけどぉ、名前だったらいつでも来ていいのに〜」
そう言ってぐりぐりと頭を押し付けてくる。私は彼の桃色の髪を手ですいた。
「たまに会えるからありがたみがあるんだよ桃李、私なんて」
「もう! そんなことない!」
怒ってもただかわいいだけなのが桃李のすごいところだと思う。頭を撫でるとすぐおとなしくなるのも。
ふかふかすぎるソファに座って、食べるのもちょっと躊躇してしまう(遠慮したら弓弦くんが怖かった)、高そうなお菓子と紅茶をいただく。
いろいろな話をした。アイドル活動のこと、部活のこと、英智くんのこと、友だちのこと、プロデューサーの女の子のこと。家の話以外の、あらかたのこと。
「桃李、女の子に奴隷とか言っちゃ駄目でしょう」
「え〜〜…だってぇ、」
「だってじゃない」
「うっ」
しおれる桃李に笑みがもれる。わかった、と言う桃李の頭を今日何度目か分からないが撫でる。やわらかな髪。目を細める桃李は、なんだか猫に似ていた。そういえば、猫の衣装を着た話もしてくれた。弓弦くんの性格に磨きがかかっていることも。桃李が猫だとしたら…かんたんにその姿が想像できてしまう。きっと白い、清潔で品のある、でもどこか我儘でかわいい猫。
「ねえ、今日は泊まるんでしょ?」
「えっ」
勝手なイメージを広げていたら、思ってもみなかったことを言われた。疑問形のわりに当然、といった風な桃李。ちょっとそわそわしてるようにも見える。弓弦くんに視線を向けると、にこりと笑って首をかしげられた。え、ちょっと、弓弦くん?
「いやいや桃李、私すぐ帰るよ」
「ええええぇぇーーーーー! なんでぇ!!」
「なんでって、」
「名前様」
弓弦くんがそばに来て、口元に手を寄せながら、私の左耳に顔を近づける。内緒話。小さい頃の記憶がふっとよみがえった。弓弦くんはもうだいぶ、大きくなってしまったけど。
『ぼっちゃまは名前様にお会いできるのを楽しみになさっていたのです、どうか』
だからって泊まりはどうなのか。私になにもなしに。弓弦くんはけっこう強引だ。『お着替え等はこちらでご用意させていただきますので』あっありがとうございます。じゃなくて。
まあでも、お泊まりだなんて、ひさしぶりだなあ。どうせ家に帰ってもやることなんて勉強くらいなんだから、いいかなあ。以前おじゃました時のおいしい料理とふかふかのベッドが、私の脳みそを惑わす。
『名前様、』
「そこ! なにこしょこしょ話してるの!」
弓弦くんに向けていた視線を桃李にやると、頬を膨らせていた。
もう一度弓弦くんを見ると眉を下げるものだから、ここは、素直にしたがっておこうかな、ぼっちゃまに。
「桃李、お泊まりしてもいいですか」
「!!」
ぱあああっと桃李の顔が晴れる。そしてまた私に抱きつく。勢いよく立ち上がったものだからテーブルに少しぶつかってしまい、カップが揺れた。弓弦くんがこわい。でも桃李は気にしていないようで、「やったぁ」と言いながらぎゅうぎゅう頭をおしつける。
「桃李、桃李」
顔をあげた桃李の幸せそうな笑顔。私なんかでこんな表情をしてくれるだなんて、ほんとうにこの子は。やわらかく血色のよい頬。
「弓弦くんが」
一瞬で真っ青になってしまった。
□□□
「ふかふか…」
「でしょ〜〜?」
なんとなく予想はしていたけれど、部屋は特別に一室を借りるのではなく、桃李のところだった。寝るベッドも一緒。キングサイズ。
別に、変なことになる心配はない。桃李と私はそんな間柄じゃない。おこがましいかもしれないけど、姉弟に近い。弓弦くんは別れるときに意味深な笑みを浮かべたけど、断じて。
仰向けになると天蓋しか見えなかった。掛け布団を肩まであげる。
「えへへ〜」
「どうしたの?」
にこにこしている桃李を見ると、私までうれしくなる。
「いっつも1人で寝てきたから、名前が来てくれたときはうれしかったなぁ、って。今もすっごく」
桃李はなんでも持ってるけど、そうではないんだ。そうだった。そんなこと、分かっているはずなのに。
「…私も、桃李と居るとうれしいよ」
やわらかい頬をつつく。桃李の笑い声はつぶれて「ふゃふゃ」とかへんな音になった。おもしろくて、さらにこねると、すごい顔になった。
ひとしきり笑って、しゃべって、笑って。すこし落ち着いた頃、あのときとおんなじ事を桃李は言った。
「名前もボクの家に住めばいいのに…。そしたらずっと一緒だよ?」
そう、できたらよかったんだけどなあ。
160211
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