(≠転校生)
嵐ちゃんは男の子だ。男の子だけど女の子だ。すごいことだと思う。私は未だに、どちらにつく訳でもなく、両方を備えることもできず、曖昧なままでいる。
「名前は女の子でしょう」
そう言ってくれたのは他でもない嵐ちゃんだった。私の相談事を聞いてもらった日。男性を愛せない、だけど男性になりたい訳でもない。そう打ち明けた日。
女の子が好きで、そのせいで女の子に嫌われるだなんて愚かなことをしでかさないように、私はよくよく気を付けて生きてきた。普通の、ありきたりの人で居ようと努めてきた。
でも嵐ちゃんは違った。嵐ちゃんは嵐ちゃんのままだった。
そうしていられるのに、どれ程自らを削ったのだろうか。同級生をはじめとする周りの人に偏見を持たれ、避けられ、卑称を使われ。私には到底できそうもない事だった。
でも、いつか、嵐ちゃんのようになりたい。
嵐ちゃんは私が初めて自分から触れた男の子だった。大きい、けれどもすべらかな手。
「私の女友達になって、嵐ちゃん」
ぱちりと瞬きをした後、「もちろんよ」と微笑んだその顔はとても可愛らしいものだった。
嵐ちゃんは私より女子力というものがほんとうに高くて、メイクもファッションも、一から嵐ちゃんに鍛え直してもらった。
たのしかった。すごく。
私がショッピングモールを嬉々として歩くことができる人間だったとは知らなかった。
ただ予想外だったのは、嵐ちゃんがかんたんに私に触れてくる事だった。ちょっとテンションが上がったりすると、すぐに抱きついてくる。やさしい匂い。降ってくる楽しそうな声。しっかりとした、やはり男の人の体。すこし戸惑った。
いちばんびっくりしたのは、頬にキスされた事だった。休日に普通にお店を見て回っていて、休憩として近くにあったベンチに座って喋っていたときのことだった。
あの感触を未だに覚えている。ぽかんと右隣の嵐ちゃんを見ていると、嵐ちゃんもまたぽかん、と私を見つめるのだった。
「あらヤダ、あんまりかわいかったからつい」
ああそうか。ついね。
と流せるわけでもなかったが、その場はとりあえずそうした。
でもどうしたって、女友達だって、こういうことはしないんじゃないの。私だって女の子とあまり親密になったりはしないけれど、こんなことはめったにないって知ってるよ。だけど嵐ちゃんと私の関係は特別だ。特殊だ。一般常識ではきっと計れない。
もう訳がわからなかった。
尊敬が、恋慕の情を孕んでいった。
「好きだよ、嵐ちゃん」
その日は雪がちらついていた。もうすぐに春だというのに、とても冷え込んでいた。右隣を歩く嵐ちゃんは足を止めて、まばたきをした後にやさしく笑って、私を抱きしめた。
「私もよ、名前」
そう言って私の肩に顔をうずめる。マフラーどうしが邪魔をして、いつもより距離はすこし遠い。「どうしたのよ急に」ごめんね、急じゃないの。もうずっと、想ってきたの。
「ちがうの、そうじゃないの。そうじゃなくて」
しどろもどろ言葉をつぐ私を、嵐ちゃんは体を離してまっすぐ見た。私は視線を下にずるずると下げて、最終的に自分の足元に止める。嵐ちゃんと一緒に選んだブーツ。
「嵐ちゃんが、好きなの。女の子としても、男の子としても。恋愛対象として、好きなの」
ごめんね。私から女友達になってだなんて言い出したのに。ハグだってキスだってショッピングに行くのだって、嵐ちゃんにとってはなんでもないことだよね。
私は何をしているんだろう。嵐ちゃんとの大事な関係を壊してまで、何を言っているんだろう。
私は結局、やっぱり、どちらにもつけない曖昧で不確かな存在なのだ。
「ごめんね嵐ちゃん」
下を向いていたから、涙は素直にこぼれ落ちた。視界が滲んで分からないけれど、きっとブーツも濡らしてしまっているだろう。せっかく、せっかく一緒に選んだのに。
頬を滑った指先にはっとした。涙をかるく拭われる。顔を上げると嵐ちゃんの整った眉、瞳、
「まったく、早く言いなさいよ」
合わさった唇を離してから、頬を染めて嵐ちゃんは笑った。
160308
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