「あれ、遅かったじゃない」
なんだこれ。
因縁の医務室を前に沈む気持ちをなんとか奮い立たせ、いざ足を踏み入れると、組頭はいつもの横座りで堂々居座っていた。茶まで出されている。
委員会の活動時間なのか、周りには保健委員と思しき生徒が数名いた。全員の視線が自分に集まって居心地が悪い。ちなみに組頭の膝の上にも一名。君怖いもの知らずだな。
「なにやってるんですか!サボるにも限度があるでしょうもうじき日が暮れますよ!!」
「だってなかなか迎え来ないし」
「自分で帰れるでしょう人のせいにしないで下さい」
「上司心は把握しとくもんだよ名前」
「できるか!」
「…名前?」
聞き覚えのない声が私の名を呼んだ。声の主はバッと立ち上がる。松葉色の制服。
「もしかして名前先輩ですか!?」
「えっ」
誰だ。そう思いまじまじとその顔を見るがまったくもって覚えがない。私は学園では忍たまとは関わらないのが吉派閥で過ごしてきたから、当たり前ではあるんだけど。
「…ごめん君のこと覚えてない」
「うえっ、あ、まあそうですよね…五年も経ちましたもんね…」
うえって。少し罪悪感を感じる。
しょぼしょぼとよろけた彼は足元の書類ですべり後ろにあった棚に後頭部をぶつけその衝撃で棚の上に積んであった諸々がふってきたあげくひっくり返って床に頭をぶつけた。
なんて綺麗な流れ。再び犠牲になった彼の後頭部。華麗に舞う包帯。あれ、なんか、似たようなこと前にもあったような。
「伊作せんぱーーーい!!?」
後輩たちが駆け寄り声をかける。
「大丈夫ですか!?」
おい返事ないぞ大丈夫じゃないんじゃないか。私も心配になってそろそろと現場に近づく。彼の上に折り重なったものをどかしていこうと手を伸ばしたが、その前に山が崩れた。
「っづだあー……」
よろよろと這い出てくる当事者。伸ばしかけた手を引っ込めるのもあれなのでそのまま彼の腕をずるっと引いた。
「うぐえっ」
「んな大げさな…」
すぽんと抜けた彼を適当に受け止めて適当に寝かせる。
「いや結構な力でしたよ!?」
「それじゃその他保健委員、あとよろしく頼むよ」
「えっ無視ですか名前先輩!?」
「それと私のことは軽々しく口外しないように、少年」
「えっ」
「返事」
「、はい」
「よし」
周りを手当てやら片付けやらする後輩に囲まれながら寝っ転がる彼から視線を外し、私は立ち上がって、黙って見ていた組頭を振り返る。
「早く帰りますよ」
「はいはい」
「はいは一回」
「…はい」
薬の匂いが鼻に肺に濃く染みて気分が悪い。新鮮な空気を吸わなければ死ぬ。ゆっくり腰を上げる組頭を横目に私はさっさと外に出た。
□□□
またいつか、彼女に一目会いたいと思い続けていたのに、再会はとてもあっけないものだった。
「伊作先輩、さっきのお兄さんはどなたですか〜?」
「先輩、っておっしゃってましたけど…」
手当(といってもほんとうに軽い怪我だったが)をしてくれた伏木蔵と乱太郎。左近と数馬はまだ残っている片付けをしてくれている。棚の上に物を乗せようとしているがとても危なっかしい。
「ああ、名前先輩は僕の三つ上の先輩で、く…」
しまった。軽々しく先輩の事を喋るなと、つい先程言われたばかりだというのに。
くノ一教室でも頭ひとつ、いやそれ以上飛びぬけた、才のある人だった。元来中性的な人で、上背だって六年になった僕よりもいくらか高かった。男装、殆ど意識はしていないのだろうが、くノ一だったとそんなことを後輩に言うのは以ての外だろう。
「く?」
後輩たちの期待の目が向く。
「く、くるおしいほどに憧れている先輩…?」
ちょっと苦しくなってしまったが彼らは気にしていないようで、目を輝かせた。
恥ずかしい。誤魔化そうと適当なことを言ったら本音に近いものになってしまい恥ずかしい。顔が熱をもつのが分かった。
「へえ〜〜!すごい人なんですねぇ」
「私もお話ししてみたいです!」
「また会えるかなぁ」
会える、だろうか。
『じゃあ伊作くん、また来るよ。今度はちゃんと名前も連れて』
雑渡さんは去り際にそう言った。名前先輩を連れてくると言った。
会える。また。
今度はきちんと話をしたい。僕の今までの事、先輩のことを案じていた事、お会いしたかった事、それから……。
そして、先輩の話を聞きたい。僕の話しかしたことはなかった。それなのに名乗りさえしなかったのが不甲斐ない。
先輩は不必要に干渉してくる事はなかった。それだけ関心を持たれていなかったと考えると気が沈むが、それはきっと先輩の配慮だ。
今度は、自分の名を呼んでほしい。
「うわ、あああ!!!」
「数馬せんぱーーーい!!?」
台に乗っていた数馬が片付けた物をまたひっくり返した。派手な音。飛び交う薬草。
もう十分に休んだので、僕も手伝おうと腰を上げる。再びかかる労力など、不運など、気にしない。僕は先輩に会えた。これからもまた、話をすることができるのだから。浮わついた気持ちを隠そうと冷静を装って、うつ伏せになりうめく後輩の手を引いた。
160328
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斜掛