≠転校生
※中学生設定
※捏造
夏休み。
真夏日とはいかないまでも、十分に暑い日だった。昼の一番太陽が高い時間。まあおとなりさんは気温も時間も関係なく、晴れた日にはもっぱら庭先でそうしているのだけれど。
補習の水泳で冷えた、でもそのおかげでだるく眠い体をどうにか動かしながら家路をたどった。私の家、の一軒手前。早く帰って寝たい私はスルーしたかったけれども立ち止まる。
「奏汰くん」
声をかけると、あほ毛がひょこっとゆれた。
お隣さん兼クラスメートの男の子、奏汰くんはビニールプールで着衣泳(泳いではいないけれど)するのが日課だった。
「名前、おかえりなさい〜。いっしょに、どうですか〜?」
「私いまプールから帰ってきたところなんだけど…いやそもそもこの年でビニールプールは…。じゃなくて」
奏汰くんと話しているとすぐペースがもっていかれる。謎話術。
「ほら、道路から丸見えだから。通った人びっくりするから。もうちょっと奥でやりなさい」
わかりました、と腰を上げた彼と一緒にずるずると、水色のそれなりに大きなプールをひきずる。水面がきらめいて、色とりどりの魚やらなんやら分からないおもちゃ達がじゃぶじゃぶと暴れた。
奏汰くんは再びプールに入る。それを彼は『ぷかぷか』と称す。解せない。浮いてないよ、奏汰くん。他に突っ込むべき点はたくさんあるけれど。
「名前のぶんのばしょも、ありますよ〜?」
視線に気づいた奏汰くんがそう言った。
「いや私は……というか、なんで制服なの。講習あったの?」
「はい、『すうがく』をうけてきました……♪」
「えっ水泳の補習は!? 奏汰くん一回も泳いでなかったじゃん!!」
水泳は男女でコースが分かれるものの、基本的に同じ授業を受ける。
奏汰くんは毎回、全回、見学席のいちばんはじに座っていた。私が見学だったときも、もはや定位置となったそこで一緒に、足にかかる水ではしゃいだものだった。
「ぼくは、およげませんからね〜」
そう言ってどこか遠くを見つめる奏汰くん。なにそれ。
見学の日数が多かった私は、7月中の予定が水泳で埋まっている。奏汰くんなんか、もっとありそうなのに。
小学校のときは休みがちでも補習なんて無かったのだけど、中学校とは面倒なところなのだ。
はあ、と溜息をついて、近くにあったイスを持ってきて座る。ローファーとくつ下を脱ぎ、ざぶりと水道水の海に足を突っ込んだ。
「おぉ、名前ものりき、ですね〜? よいことです」
にこにこと笑っている奏汰くんが恨めしくて、ばしゃばしゃと盛大に雑にバタ足する。いくらやっても上達しないそれ。きっと明日の朝、筋肉痛でうめくことになるだろう。
水は奏汰くんの肩口にまで降りかかった。さらに濡れたワイシャツ。透けた肌。ああなんか、いけないものを見てしまった気がする。
「ふふ、やりましたね〜?」
私の気なんか知らないで、奏汰くんは水をえいっとすくって、私にぶっかけた。当然ずぶぬれだ。拍子抜けしてしまって、自分の前髪から落ちる雫と、その向こう側のくすくす笑っている奏汰くんをぼんやりと見つめた。
「私だって、泳げないのに」
ぽつりとそう呟いた。視界の端で深海魚っぽいおもちゃが荒波にのまれている。
「いっそ、魚になりたい…」
水は好きだ。けれど、泳げるかと言ったらちがう。私の手足は水中でどうしたって重い。
「……『おさかな』も、たいへんですよ?」
「そりゃそうだけどさ……。人間よりいいよ。こんな面倒な生き物」
テストも人間関係もその他諸々も。自分の首すじにカルキの匂いがこもっている。泳いだ後のけだるさ。なんかもう、色々どうでもよくなって、寝てしまいたくなる。
「…名前は、およげますよ」
沈黙をやぶって奏汰くんはそう言った。と同時に私の両足首をつかんだ。ぎょっとして奏多くんを見ると、いつになく真剣な瞳。
碧い。その目も髪もプールも水も。場違いな程ににぎやかな色のさかな達が、視界の隅でたゆたっている。
「『おまじない』をかけましたので」
にっこりと、いつものように奏多くんは目を細めて笑った。
と思ったら私の足首を掴んだまま、手を、引いた。
「うわ、ちょ、」
ずるっとプールの薄い床を滑って盛大にお尻から着地する。奏汰くんがクッションになってくれたものの、大丈夫だろうか。すごい勢いだったんだけど。
「名前、『みず』は、こわくありませんよ」
もうすっかり濡れて、髪の毛もしなしなとしている奏汰くんは、水滴を太陽光に反射させながら言った。
「…そうだね」
明日も補習はある。明後日も、その次も。でもなんだか、大丈夫そうな気がした。次は自分も見学しに着いて行く、などと言った奏汰くんに笑ってしまった。先生になんか言われないのかな。奏汰くんなら問題ないかもしれない。なぜだかは分からないけれど。少し軽くなった手足を、再び浅いプールに沈めた。
160606
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斜掛