≠転校生
※もし朱桜家の経営が傾いて司くんが身売りすることになったら
※捏造過多
※諸々注意
あと少し経てば太陽も沈みそうな夕方。学校帰りの学生でがやがやと賑わう駅前を、幸せそうな、はたまた疲れた顔の彼ら彼女らを横目に待ち合わせ場所をめざして歩く。人混みの騒々しさとは対照的に、私の心はひどく凪いでいた。これから、およそ普通の生活をしていれば遭遇しないようなことをするにも関わらず。
私はこれから、男の娘を買いにいく。
彼は私よりも早くそこに来ていて、自らの足元を見つめながら立っていた。その赤髪の美少年(いや今は美少女か)の前に回って、私は声をかけた。
「つかさちゃん?」
びくりと肩を跳ねさせこちらを見た、不安げに揺れる紫の瞳。髪型はショート、少しだけ襟足が長い。きれいな朱でおそらくウィッグなどはつけていない。襟足が長かった。だからきっと化粧なんかしてないだろうに、白く透明な肌。わずかに荒れてはいるけれど。長い睫毛がちいさく震えていた。黒い、膝がすっかり隠れる丈のワンピースを着ている。両手で持った小さなバッグも、鈍く光る靴も、同じ黒だ。髪色ばかりがあかく目立っていた。
私を見ていくらか動揺したようだったが(男の客の方が多いんだそうだ)、こくりと頷く彼に、なるべく自然に微笑む。
「いこうか」
またもや声を発さずに頷きで返す彼にすこし苦笑しながらも、目的地をめざした。
目的地というのは、まあそういうホテルだ。彼…いや設定的には彼女か。まあどちらでもいいのだけれど。ともかくつかさちゃんは、着くまでの道は始終うつむいていて、一言も発さなかった。
「shower、浴びましょうか」
ホテルの部屋に入ると彼は口を開けた。ようやく聴けたその声はか細くもやはり男の子の声だったけれど、それより、とても流暢な英語が出てきたことに驚く。先ほどよりも青白く見える顔をまじまじと見てしまった。
「い、いや、いいよ」
「…では私がお先に」
わたくし。そんな一人称を使う男の子、いや女の子ですら私は今まで会ったことはなかった。
「ああ、ええと、そういうことは、今日はいいよ」
私がそう言うと、彼は目をしばたかせて困惑したように言った。
「あの、何か失礼を…? 申し訳ありません……」
「ううん違うの、今日はおしゃべりがしたかっただけだから…あ、お金はちゃんと払うから。チップも付けるし」
未だ眉をハの字にして困ったように突っ立っている彼に、私はベットに腰掛けて言った。
「とりあえず、座ろうよ」
立ってたの、疲れたでしょう。そう私が言うと、ぎこちなく体を動かして左隣りに収まった。
そこからぽつぽつと話をした。といっても、私の愚痴が大半で、つかさちゃんはそれに相槌をうつ、という感じだったけれど。彼のことは気になるが、踏み込むのは失礼だろう。
「今日はありがとうね」
結局こわばった空気はゆるむことなく、時間は過ぎていった。
「……良いのですか」
「愚痴聞いてもらえて満足だよ、しかもかわいい子に」
「……お金も、こんなに……」
「…私には使い道が分からないの。使って」
躊躇する彼にむりやりお金を押し付けると、彼はゆっくりとそれをバッグにしまった。
「はじめてこういうサービス使ったけど、相手がつかさちゃんでよかったな〜」
そう言うと彼は目を伏せて、膝の上で握った両手をを見つめて、小さくこぼした。
「私も、はじめてです」
え、と思わず口に出して彼を見ると、少しばかりその華奢な身体を震えさせていた。髪の毛で見えなかったけれど、その横顔はきっと、涙がにじんでいた。
「お姉さまで、よかったです」
お姉さまというのが私を指しているのだと、理解するのに時間がかかった。
彼の言葉からすると、身体はまだ、商品にはしていないのだろう。だからあんなに不慣れな感じだったのか……。
…どうやらかなり、訳ありな子らしい。
「ねえ、つかさちゃん」
顔を上げてこちらを見た彼はすこし鼻をぐずぐすとやった。
「私の妹にならない?」
今度は彼が、私の言葉に戸惑う番だった。
「私専属の。私だけの」
「……え」
「こうやっておしゃべりして、たまにお買い物に行って。なんでも買ってあげる。お金も必要な分あげる」
「そ、その」
「身売りなんてやめなさい」
真剣な顔をしてつかさちゃんに向き合うと、彼はおどおどと目を合わせた。
「これ、私の連絡先。…まあ、考えておいてね」
「あ、あの、お姉さま」
「時間過ぎちゃうと怒られるの、つかさちゃんでしょう」
またね、と手を振ってバッグを肩にかける。未だベッドに座って混乱している彼を置いて、夜の街へ戻った。
160921
back →
斜掛