≠転校生
※妙に病んでる
「鬱だ、死にたい…」
高峯くんはいつもその言葉を使う。
「どうしたの」
だから私はいつもその言葉を返す。
「百歩譲ってアイドルなのはまあいいとして、なんで戦隊ヒーローの格好しなきゃならないんだろう…」
今日もまた、似たようなことで悩んだふりをしている。
高校に入ってからたまに、頻度は少ないけれど、私は高峯くんと一緒に下校するようになった。
彼と私は同じ中学を卒業している。受験先が一緒だったので、お互いに顔見知り程度ではあった。入学式で張り出されたクラスの一覧には彼の名前がなかったから、他の高校に入ったのだと、そう思っていたのに。
昼休み、普通科の棟からこっそりアイドル科の敷地に入れないかと校内を探索する友人たちに、暇だからとついて行ったのがそもそもの間違いだった。
歩き回ったにもかかわらず学校のセキュリティはそれなりに堅く、結局友人らの目的は果たせなかった。落胆する彼女たちを横目にぼんやりとアイドル科の方を見ていると、遠くに見えた背の高い人物と、目が合ったのが分かった。視力はよくない方なので、誰かは判然としない。すぐに逸らしたけれど、その人の走ってくる気配がした。先生かもしれないと青くなり逃げようかと足を元来た方へ向ける。しかし彼が追い付く方が圧倒的に早かった。
「名字さん!」
どうして名前を、と振り向くと、記憶から薄れてしまっていた、あの整った顔があった。
なぜアイドル科に、と聞くと、低いテンションながら色々とまくし立てられた。友人たちはとっくに逃げた後だ。長くつづく入試から今に至るまでの経緯と困難の話に、授業始まりそうだなあやばいなあと思いながら適当に相槌を打つ。にもかかわらず高峯くんは、「やっとまともな人に会えた」「ちゃんと話を聞いてくれてうれしい」「ゆるキャラ鞄につけてたよね」「よかったらまた会いたい」と軽く涙まで浮かべて、連絡先を交換してきたのだった。まあ、また会うと言ってももう少し先だろうと思っていたらその日の放課後だった。私はそこでも、(彼にとっては)優秀な聞き手を勤めた。
そこから私はいつの間にか、いつの間にかアイドルになっていた彼の愚痴を聞く係になってしまったのだった。その機会は少ないけれど、その分一回が濃い。えぐい。
「死にたい…」
現実逃避していた意識を戻すと、また同じ事を言っていた。
めんどい…と彼が日頃多く発する言葉が私の頭を巡っている。めんどい。思考を半ば放棄していると、相槌がうまく打てなかった。
「じゃあ殺してあげようか」
そんなこと、言うつもりはなかった。我に返っても、もう言葉は戻ってこない。冗談めかした風ならよかったものの、妙に低く冷たい声が私の喉からするりと出てきた。高峯くんが「え」と小さく呟いて、さっきから話すのに夢中でろくに合わなかった目を私に向ける。困惑、それと少しの恐怖が彼の瞳に滲んでいる。
「……ごめん、なんでもない忘れて」
傷つけた、かもしれない。嫌だ、私はそんなこと出来るほど高峯くんと親密になりたくはない。
じゃあ、と引きつった顔と声でその場から逃げようと彼に背を向けた。もう彼と話すことはない、おそらく。だけど、私の言葉を彼は忘れてはくれないだろう。
「ま、まって」
去り際の私の手首を高峯くんが勢いよくつかんだ。つかんで、それに気付いてしまった。細い傷の走る肌を彼の指が掠めた。彼の顔が見れない。きっとひどい顔をさせてしまっているだろう。やめて。やめて……
「ちゃんと死のうとしたことないのにそんな事言わないでよ」
呆然と立ちつくす可哀想な高峯くんを置いて、ひとり泣きそうになりながら走って帰った。
□□□
寝つきも目覚めも最悪で、もちろん日中も暗い気持ちで過ごしていた。私の足がバスケ部員なんかより速かったらこんなことにならなかったのでは? と無理なことを考えていたら高峯くんから連絡が来た。彼も訳が分からないな。謝罪の文と、また会いたいとの旨が書かれている。無視していたらそれが何回も送られて来たので断る返事をしたのだが彼はしつこかったので、結局、また今日も一緒に帰ることになってしまった。なぜだ。
「昨日はごめんね」
「いや謝るのは俺の方で……」
目を泳がせながらも、思っていたよりまともに接してくれている。ありがたい。
「でもびっくりした……あんなこと言ってくれるだなんて」
そこは流してくれないのか……うん? 言ってくれるだなんて? 嫌味か? と彼の表情を伺うと、頬を染めてだらしなく表情筋を緩めて笑っていた。
「いざとなったら、名字さんが殺してくれるんだもんね」
俺、がんばる。と微笑んだその顔はさすがアイドルだったけれど高峯くん、ちょっと、頭大丈夫かな。これ私のせいかな。そんな責任取りたくないので適当な距離でやっていこうと思っても、彼はなんだかんだ自分のペースに乗せてくるのが上手い。いや私が押しに弱いのか。というわけで今日も、私のスマホの通知欄は高峯くんですごいことになっている。充電の減りが早くなるので止めて欲しいけれど、そういう事を言うと彼はすぐ拗ねるのだ、「じゃあ殺して」、と。
160708
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斜掛