(現パロ 転生)
改札を出て学校へと歩いていた時だった。近道しようと通った公園の喫煙コーナーに立つ、まだ大分暑いというのに、かっちり着込まれた黒のスーツに覚えた既視感。薄れた記憶の中にあった、懐かしい名前がほろりと口から落ちた。
「雑渡さん」
振り向いたその顔は昔と違い覆われてはいなかったけれど、確かに、
「……名前ちゃん」
見上げないと視線が合わない、相変わらず高い位置にある三白眼。揃った目で見つめられるのは初めてで、なんだか変な心地がした。
「…久しぶりだね」
「600年ぶりぐらいですかね」
「君ねえ、もうちょっとリアクションあってもいいんじゃないの」
「何言ってんですか、めちゃくちゃ驚いてますよ」
「そうは見えないんだけど」
溜息を吐きながらもわしゃ、と私の髪をかき混ぜた。
「…ほんとう、久しぶり」
「…お元気そうでなによりです」
「とりあえずどっか座ろっか、折角また会えたんだし」そう言った雑渡さんはカフェでも探そうとしたんだろうけど、私は近くにあったベンチを指した。田舎者の私にはスタバもドトールも敷居が高い。というかぼんやりとしていた室町の頃の事が今になって鮮やかに蘇ってきたので、文明のギャップに混乱して、あまり入りたくない。驚いている、といったのは本心で、心臓は過剰に脈を打つし、暑さのせいではない変な汗が背中を伝った。散歩中の犬がこちらを向く。
「名前ちゃん今何やってんの?」
もし飼うなら柴犬がいいな、でもコーギーもかわいい、とか考えてたら雑渡さんの問いで現実に引き戻された。
「今ですか、今は犬が飼いたいと考えてました」
「もーそうじゃなくて…
てか逃避しないで私の前で、なんだっけ600年ぶりじゃない」
「ああ、ようやく大学生になりました」
人生も周回だと、時間が長く感じます。そう言うとそうだね、と返ってくる。
「大学ってそこの?」
「はい。雑渡さんの会社は?」
「駅の向こうの…
…案外近くに居たんだね」
そうですねえ。間抜けな相槌でも彼は満足そうに笑った。あの頃も、口許はこんな風に笑みをたたえていたのだろうか。
「高坂さんとか山本さんもいらっしゃるんですか?」
「いや。まあ名前ちゃんがここに居るんだからもしかしたらどっかで会えるかもね」
「諸泉さんとか面接で来るかもしれないですね」
リクルートな諸泉さんを想像する。緊張しつつも一生懸命な様子が簡単に想像できて、思わず頬が緩んだ。
「名前ちゃんも就活の時はウチの会社来なよ」
そう言って彼は名刺を取り出した。
「うわっ雑渡さん部長なんですか」
なんか、おじさんだ…。その言葉は図らずも漏れ出ていたようだった。
「うわって…おじさんて…」
「すみません…いやでもすごいですね部長なんて。若いのに」
「…どうせおじさんですよ」
「ごめんなさい」
いじけ始めた雑渡さんは新しいタバコに火をつけた。どうすればいいんだ、こういう時保健委員がいればうまく対処を…
「あ」
「…どうしたの」
「……そういえば大学に毎日転けてるとかでちょっと有名な人が居たような居なかったような…」
「もしかして伊作くん?」
「ああそうです善法寺だ、なんだ同じ学校だったのか…」
「君、昔から興味ない事に対する情報の疎さあの学園一だったよね
伊作くんもかわいそうに…よりにもよって名前ちゃんに忘れられて…」
失礼な。蛸壺ばかり掘っていた奴より多分マシだと思う。名前は…確か綾部だ。ほらちゃんと青春の日々の記憶はありますよ。というか善法寺とはおそらく学部が違うので(私は文系だから)接点はなかったと思う。だから気に留めてなかったんだ、だからです。
世界は私が思っていたより、随分と狭いみたいだ。今度見かけたら声をかけてみようか。
「でも私の事は覚えていてくれたんだ」
「ええまあ…」
いやだってあなた昔すっごい目立ってたじゃないですか。今は見た目少し変わっててもなんか相変わらず変なオーラでてましたし。にやにや笑う雑渡さんがちょっと複雑だが、機嫌が直ったならまあいいか。
気温は高いが風があるので、少し涼しい。伸びっぱなしの前髪がなびいて、いくらか視界が開けた。同時にくゆらせたタバコの副流煙が流れ込んできて、肺にまともに受ける。まあいいか、じゃない。よくない。
「それ、健康に悪いですよ」
「あれ名前ちゃんは吸わないの」
「吸いませんよ、苦手ですし
というかまだ法律違反です」
「お子ちゃまだねぇ」
さらに上がった口角が腹立つ。さっきの仕返しのつもりなのだろうか。でもここで反論すると思う壺なので、ここは冷静に対処を…
……庄左ヱ門も一年は組も元気でやっているといいな。
「禁煙した方がいいんじゃないですか、早死にしますよ」
「だって口寂しいし」
「老い先短いんですから」
「………」
「あっ今のは言葉の綾で」
めんどくさいなおじさん!カバンの中を探り、飴玉が入っているポーチを取り出す。手を突っ込み、適当に一つ掴んだ。黄色い包みを空いている方の手に握らせる。大きい手のひらは、今も変わっていなかった。
「ニコチンの代わりにはならないでしょうが、どうぞ」
「飴を常備してるだなんて、名前ちゃんの方がよっぽどおばあちゃんじゃない」
「女子力と言って下さい」
「生活力」
「…もう通算の精神年齢はくってるからいいじゃないですか」
「だからこそ、だよ」
そう言い中身を口に放り込んだ。私もひとつ食べようと飴の集団を探る。掴んだそれは、彼に渡したものと同じ色だった。口に広がる人工的な甘ったるい酸味が、私は今の時代に生きているんだと思い出させる。
「さてと」
人が折角あげたというのにガリガリと噛み砕いて、雑渡さんは腕時計を見た。
「引き止めて悪かったね名前ちゃん。講義サボっちゃったかな」
「あ、いえ今の時間は休講になったので大丈夫です」
「そう、よかった。…あ、そうだLINE教えて」
メアドだけじゃないあたりnotおじさんアピールなんだろうか。アイコンはかわいい黒猫だった。聞くと、最近拾って、飼い主が見つかるまで面倒を見ているんだそうだ。
「次会うときまでには禁煙してて下さいね」
「おや、会ってくれるんだ」
「猫に、です」
「相変わらずだねえ
んーでもタバコの代わりが見つからないからなあ…飴もう一個頂戴よ」
「自分でさっさと食べたんじゃないですか、いやです」
「ケチ」
「ケチって、」
ふいに近づいた伏せ目がとても綺麗で、瞬きを忘れた。ゼロ距離の舌で掠め取っていった飴玉を、自分の口内で転がして雑渡さんは笑った。
「じゃあね、名前ちゃん」
檸檬と、煙の味がした。
なんで、だって昔はこんなことしなかったじゃないですか。困惑しつつも、遠ざかっていく彼を呼んだ。
「雑渡さん…?」
さっきはあんなに素直に口に出た名前は、弱々しく疑問形になっていた。聞こえないのか、はたまたそういうふりをしているのか、歩みを緩めない背中に向かい駆け出す。寂しいなら昔からそう言ってくれれば良かったじゃないですか。タバコの代わり、私がなるから。繋いでおいて逃げるなんてずるい。ああ、サボり確定だ。皆勤賞、なんてもうあまり意味のない歳だけれど、達成できたら自分で自分に褒美でもと思っていたのに。のがした責任、とってもらおうじゃないか。もう一度、しっかりと彼の名を呼んだ。
150916
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