幸せでない


 中学のときと比べて高校の卒業式は、証書もわざわざ一人一人校長にもらいに行かないし、合唱もたいして練習はしなかったしで、ずっと楽であっさりとしていた。

「お、貰ってきたか卒業証書」

 教室で思い出に浸る人たちもいたけれど、私はさっさと学び舎を後にしていつもよりずっと早い時間に事務所に来た。霊幻先生に出迎えられ、さっきもらったばかりの証書を見せる。

「え、筒じゃないのか。時代は変わったなー…」

 二つにぱたんと畳むだけの証書入れを、しげしげと不思議そうに扱う先生を見つめる。先生も昔は高校生だったんだなあ、まあそれもそうか。この人だってずっとスーツを着ている訳じゃない。私がそれしか見たことがないだけで。
 たいして面白くもない証書を一通り観察し終わり、先生はほいと私に手渡そうとしたが、なにか思いついたようににやりと薄く笑いその手を引っ込める。

「卒業証書 名字名前」

 何をするのかと思ったら。書かれた筆文字を霊幻先生はもっともらしく読み上げ始めた。「右の者は本校において……」ああ良かった、その部分を『霊とか相談所において』なんて言い換えたりされたら、悲しくてどうしようもなくなってしまう。先生は最後の所まで声に出し終わり、仰々しく私へと渡した。だから私も、代表で壇上にあがった学級委員のように、丁寧に受け取った。

「卒業おめでとう」

 私がお辞儀するとともに先生の言葉が私の頭上に降る。あ、と思った。式では1ミリたりとも緩まなかった私の涙腺に、この人の声はいともたやすく触る。

「卒業式といえばよー俺の時は校長のヅラが、って、うわ名前!?」

 ぼろぼろと泣いている私に気づいて先生が取り乱す。抱きしめてくれないだろうか、淡い期待を抱いてみたがそんな甘い展開にはならず、ぼやけた視界の端で、私に伸ばされようとした先生の手が行き場を失い元の位置にもどされた。「どうしたんだよ、」触れて良いのに。触れて欲しいのに。

「わたし」
「おう」

 霊幻先生の事が好きだったんです

「女子高生じゃなくなっちゃいました」

 今日で終わりにしなくちゃいけないんですけど。言えるはずもない言葉は口に出さずに、あながち間違いでもないことを言った。

「…あのな名前、女子高生よりも楽しい職業なんかこの世にいくらでもあるんだぞ」

 でも先生、私の進路、知らないでしょう。聞かれなかったし、わざわざ私から言うのも虚しかったからやめてしまったけれど。私はもうすぐこの町から出る。そうしたらもうずっと、先生には会えない。高校を卒業するくらいには霊幻先生も、私のことを、想いを認めてくれると信じこんでいた。だけどそんなものは幻想だった。ほんとうに思いこみだった。人のことをよく見ている人だから、とっくに私の気持ちには気付いているだろうに、勘違いさせるようなことを先生は何ひとつ作らなかった。冷たい、そう感じたこともあったけれどこれがきっとこの人の優しさだ、私はそういうところが、霊幻先生が好きだ。好きだった。


161007
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斜掛