(お誕生日おめでとうございました)



 かすれた音のインターホンが鳴る。スマホのゲームを終了させて、被っていた毛布をのそのそ剥いだ。
 数日前に高校は冬休みを迎え、今日は特にやることもなかったので朝から家に引きこもっていたのだけれど、さすがにだらだらしすぎたかもしれない。気付いたときには外は真っ暗で、慌てて風呂と夕飯を済ませた。一人暮らしのためにうるさく言われることは無いものの、時間を無駄に消費したことは自分でも反省しておこうかと小さく息をつく。とは言ってもそう上手く休みを過ごせたことはないので、それこそ無駄だとは思うが。来年の今頃は勉強漬けか、そう考えると憂鬱になった。
 居間から寒々しい廊下へ出て、更に気温の低い玄関に立つ。頼んでいた荷物が届いたのだろうと外を確認せずにドアを開けると、目を糸のようにきゅっと綻ばせたみかが、にこにことそこに立っていた。

「泊めてぇな、名前ちゃん」
「断る」

 ドアを閉めようとするとみかは「なんでぇ!」と食い下がり両手を扉にかけた。ちょっと、危ないでしょうが。そのままどうどうと攻防を続けていたが、結局私が負けることになった。みかはひょろひょろの癖して私よりかはちゃんと力がある。

「お邪魔しま〜す」

 みかは勝手知ったる私の家にずいずい上がった。その後を溜息をつきながら私も歩く。
 みかはたまに私の家にやってくる。昔からの馴染みの宗くんつながりで、私たちはそれなりに縁があり仲良くやっているのだが、女子の家に泊まりこむのはどうなのか。宗くんと何かある度に。

「何でいっつも私の家なの…」
「名前ちゃんしかおらんもん」
「なるちゃん? さんだっけ、その人とかさあ」
「なるちゃん家にも事情があるやんか」

 私の事情はどうなんだ。考慮してくれないのか。まあ悲しいかな、私は丁度良く暇してたのだから何も不都合はないのだけれど。

「はぁ〜名前ちゃん家寒いなぁ」
「上がっといて文句言うな」

 私の愛用の毛布を引き寄せてみかはカーペットの上に丸まった。名前ちゃんの座ったとこだけ温いわぁとかなんとか言いながら。

「そんな寒いなら風呂入れば? 沸かしてあるよ」
「んん、着替え持っとらんし…」
「…こないだ来た時コンビニで下着買ったでしょ。まだあれあるから…。あとスウェットとかなんか適当に着ていいよ」
「え、取っといてくれたん?」
「……人の物勝手に捨てるのもどうかと思って…今度返そうと」
「ふふ、おおきに」

 なぜ彼氏でもない男の下着を保管して置かなくちゃならないのかと自分でもよく分からない寂寥感に襲われたこともあったが、ちゃんと役立ったので良かった。まともな暖房器具のない我が家では、冬至を過ぎた今、みかは凍死するかもしれない。冗談ではなく。脂肪も薄い上に栄養も足りていない、おまけに睡眠不足、男子高校生としてどうなのかとも思う健康状態の彼を風呂にぶち込まなければ自宅で死人が出てしまう。

「ほな、お言葉に甘えて」

 風呂場へ向かったみかを横目で見送り、またひとつ溜息をついた。輪をかけて痩せた気がする。頼りない薄い背中。


□□□


 風呂上がりのみかを見て絶句した。ふわふわの白いワンピース。私が、買ったはいいが結局スウェットの方が楽で、あまり着ていなかったそれ。なんでお前ジェラピケ着とるんや。

「かわええなぁ、これ」

 みかは細いので問題なく着れたようではあるが、膝丈のスカートはほぼミニになり、にょっきり伸びた生白い足は見ていて寒々しい。本来だぶだぶであるはずの袖も骨ばった手首がしっかりと見えていた。

「いやいやいや風邪引くでしょ! 折角温まったのに湯冷めするわ! てかそれスカート…」
「名前ちゃんあんま着とらんぽかったから、このお洋服かわいそうやなぁて。それにもう寒くあらへんよ」

 そう言って微笑んだ。みかの笑顔は無邪気なのにどこか儚さが漂う。そんな顔をされてはそれ以上口出しできない。代わりの言葉を探して会話をどうにか繋いだ。

「…ご飯は、食べたの」
「食べとらんけど…お腹空いてへん」
「はあ…でも何か食べなきゃあんたほんとに死にそう」
「死なへんよぉ」

 あははと暢気に笑ってそう言うが、人の家に押しかけておいて大丈夫だと言われても信用できない。心配だ。

「ケーキ」
「んあ?」

 私の突飛な言葉にみかが間抜けな声を出す。

「ケーキ作ろう」

 いそいそと台所に向かう私を、拍子抜けしたであろうみかはぼうっと突っ立ったまま見ていたが、小麦粉やらボウルやらを用意し始めたところでぺたぺた歩いて隣に来た。

「…今から?」
「夜に突発でお菓子作りするのも結構楽しいもんだよ」
「…材料あるん」
「クリスマス用に使ったのが余ってる」
「おれ、本当にお腹すいてへんよ、大丈夫やで」
「食べなくていい、私が作りたいだけ」

 見つめられたままなのも困るので、割っといて、と卵を押し付けておく。こつこつと殻を割る音を片耳で拾いながら小麦粉をふるった。

「できたで」
「ありがとう」
「他、何すればええ?」
「うーん」

 生クリームを泡立ててもらっておこうかとも考えたが、明日もレッスンがあるであろうみかに妙な筋肉痛を味合わせてしまうのもどうなのか。

「…足、寒そうだから、なんか履いて」

 視界からみかの貧弱なふくらはぎを意図的に外しながらボウルに材料を投入する。みかはぽかんと一瞬間を置いたが、すぐに苦笑した。

「なんや名前ちゃん、お父さんみたいやなぁ」

 今度はこっちが困惑する番だった。私はわずかに体を強張らせる。ちらとみかを見やると、鼻歌をふんふんやりながらタンスの方へ歩いていった。何なんだ。みかの口からそんな単語が出てくる日が来ようとは。



□□□



 レンジからいい匂いが漂ってくる。毛布に加えて布団も動員したが心許ないので用意した、ひつじのカバーの湯たんぽをみかは抱きしめている。布団に潰された黒髪がくしゃりと柔らかく潰れた。ぽつぽつぐだぐだと纏まりなく喋っていると、レンジは焼きあがりを知らせた。

「お、焼けた! ほら布団から出る、デコレーションするよ、何のために腕痛くしながらホイップしたと思ってんの」
「んああっ、寒! お、おれ器用やないから、失敗してまうよ」
「やることに意義がある! どうせ私が食べるんだから歪でもいいよ」

 渋るみかの腕を引っ張り無理矢理台所に立たせた。べたべたとスポンジに生クリームを塗りたくり、ホイップを絞り、イチゴとか飾りは何もない、ただただ甘いケーキが出来上がった。

「みか上手いじゃん」
「へへ…やめてぇや、照れるわぁ」

 みかは満更でもなさそうに頬を赤らめる。

「次はケーキ屋さんのバイトもええかも分からんなぁ」
「作るのだけなら向いてるかもね〜…販売に回されないといいけど」
「そうかぁ、両方やらなあかんのかぁ……」
「まあ店によるだろうけど。よし、完成したからとっとと食べよう」

 床に置いたミニテーブルに各々着く。みかは食べないというので私の分のナイフとフォークだけ。太るだろうが、腹には入る量だ。みかは自分がやる、とナイフを持ってケーキと向き合う。

「あっ、待って」
「どしたん」
「ロウソクあった気がする」

 みかがぱちりと瞬きをする。表情がふつと消えた。異なる色を湛えた両目。

「え……なんで」
「あんたが一番知ってるでしょ、今日なんの日かくらい」
「…………何て言ったらええんかな…」
「祝って、とかそんくらい言っていいよ。どうせ宗くんと揉めたのもそんなことでしょ」

 図星なのか、みかは黙る。私は台所に戻って戸棚をごそごそ漁る。見つけたのは当たり前だけどみかの歳には届かない、赤と黄色と緑の、細く短い3本。
 ためらいなくケーキにぶっ刺すと、みかはくっと笑い声を漏らした。アンバランスに配置されたロウソク。

「名前ちゃんそんな、テキトーすぎるやろ…!」
「別にいいでしょ」

 みかはもういつも通りだった。しかし次の一言で私の方がおかしくなってしまう。

「お師さんの前とは大違いやなあ」

 ひくりと自分の頬が引きつった。しまった、とでも言いたげにみかは間抜けな顔をする。私が睨むと彼は眉を八の字に下げた。口はへの字に。

「…宗くんは、お人形みたいな子が好きだから。…あんただって嫌ってほど分かってるでしょ」
「…………そやね」

 気まずい沈黙が流れる。もっとも、私が取り繕えばすぐに元どおり喋りながら食べれたのだけれど、不機嫌オーラを引っ込めなかったのでみかは冷や汗をかくばかりだ。ちょっと意地悪かもしれない。押し掛けて来たことに少しでも抵抗してやりたいという幼稚な心だ。
 折角用意したロウソクも引き抜いて捨てた。綺麗に塗られていた表面がめちゃくちゃになる。チャッカマンを探すのが面倒だった事が理由だったが、みかは怒りから来た行動だと取ったようで視線をおろおろ彷徨わせた。別に怒ってない。怒っては。皿の隅に投げ出されたナイフとフォークをつかみ、どうみても等分でない大きさに切り分けた。みかの言う通り、適当。雑。宗くんが尊ぶそれとは遠いもの。
 大きく口をあけて、ばくばく勢いよく腹に収める。悪くない出来だ。甘いだけの、芸術性の欠片もないものであっても私は大好きである。無心になって飲み込んでいると、みかがおずおずと口を開いた。

「お、おれも食べる」
「…ふぁ?」

 食べている最中だというのに思わず言葉を発してしまった。急いで口内に残ったものを胃へ送り込む。

「みか、あんた夜にこんな重たいもの食べたら一発で腹下すでしょ」
「いい、食う。フォーク貸して」

 私は疑問符を浮かべたまま、ケーキがひとかけら刺さったフォークをみかに向ける。みかは暫しためらったのちに口を開いた。私はようやく、自分が恥ずかしいことをしたと気づく。そのときにはもう、みかは全てを飲み込んでいた。

「ん、うまい」
「…よかった…?」

 戸惑いが全面に出た声を出してしまった。体温がわずかに上がるのが分かる。無意識のうちに顔をそらすと、みかはまた口を開く。大きく。
 私は小さく溜息をついて、またケーキをみかの口へ持っていく。今度は勢いよく。みかがひるむのにも関わらず、口内へねじ込んだ。

「!!??」

 驚きと非難が入り混じった目でこちらを見る。私は素知らぬ顔をして、みかが口を閉じたのを確認しフォークを引き抜いた。

「な、なにするん!!」
「美味しい?」
「おいしい!! …やなくて、危ないやんか! 刺さるわ喉!!」
「寸止めだったよ」
「すっ……お、女の子がそんな事言うたらあかんやろ……」
「……みか、なにと勘違いしてんの…?」
「えっ? ……あ、何でもあらへんかった! 気にせんといて!」
「そう…? あ、もうひと口いる?」
「も〜勘弁したってやぁ…」

 まったくもう、名前ちゃんは…とぶつぶつ文句を言いながらも、みかの口元はほころんでいる。私も笑えている。よかった。みかも私も宗くんが好きだ。これからもずっと、なずくんが居なくなっても、これだけはきっと変わらない。



□□□



 ケーキを完食した後少しだけテレビを観ていたけれど、大して面白くもなかったので早々に眠ることになった。大変遺憾ではあるが、敷布団をもうひと組買う金があればホットカーペットにでも使うので、同じ布団だ。みかの体温は決して高くはないので、私の方から持っていかれる。それでも、いつもよりは暖かく感じた。
 いつもより早い消灯になかなか睡魔は降りず、目を開けてぼうっと天井を見ていた。横で聞こえる規則的な呼吸。時計の音。文字盤を見ても時間はさして経っていなかった。

「起きとる?」

 布団を頭まで被ったみかが、そのままの体制でくぐもった声をだした。

「起きてるけど…みか、寝てたと思ってた。起きてたの」
「おん」

 もぞもぞと頭をだす。柔らかい髪が、潰れて敷布団に広がった。

「ごめんなぁ」

 いきなり何を言い出すかと思えば、謝罪だった。

「…え? …ああさっきのこと? いや気にしないで……私も悪かったし。ごめ、」
「…そうやなくて!」

 勢い付いた語尾と共に、みかがこちらへ近付く。と言っても元から近かったけれど。さらに。息がかすかにかかる距離。

「おれ、お師さんに名前ちゃんは似合わんと思っとる」

 みかの眼差しはいつになく真剣だった。いつもへらへら笑っているくせに。オッドアイのその瞳は、光のないこの今は大して色の違いが分からないのに、眩しく感じた。当てられて私は瞬きをする。

「…え」
「お師さんには、勿体無い思うとる」

 なにそれ。私が口を開こうとすると、みかは畳み掛けてきた。

「名前ちゃんお料理もお掃除もお裁縫もできるし、虫も殺せるし、それから、それから……まあ色々と、えらい子やから、一人でなんでも出来てまう子やから、お師さんじゃあ持て余してまうよ」

 みかは一呼吸置いて言葉を続ける。私から目は逸らしてしまって、自分の臍の方を向いた。暗闇の中で真っ黒に溶ける髪。

「……お師さんだって釣り合わんような女の子を、おれみたいなんが、無理だって思うてても、欲しかった、ずっと」

 絞り出すような声でみかは言う。

「おれ、馬鹿やから」

 それだけ言うとみかは口を噤んだ。沈黙が再び部屋に降りる。秒針の音。外を車が通る音。みかがぐすんと鼻をすする。

「阿保」

 私はそう言って、みかの冷たいつま先を自分の足で小突いた。みかはびくりと身体を揺らし私を見る。

「阿保て…」
「みかは馬鹿じゃないけど阿保だよ」
「はぁ…?」
「何泣いてんの、もう」
「やって、おれ」

 もだもだと喋るみかを遮って、片手をその薄い、骨の浮き出た背中に添え引き寄せる。でことでこがくっつきそうになる。みかが小さく息を呑んだ。

「…みかのことは好きだよ。宗くんと同じくらい。…宗くんとはちょっと、ベクトルが違うものだけど」

 宗くんへ向けるこの感情は、憧れから始まった。それがどんどん複雑に、得体が知れなくなって…けれど、今でも本質は変わらないのかもしれない。殆ど憧れでしかないのかもしれない。自分を偽って取り繕って、お行儀良く接していたって宗くんの事だ、多分全部気付いているのだろう。もう長いこと、感じてきたことだった。みかに言われただけで揺らぐような心だった。

「私がみかの事、想えるようになるまでは時間がかかるよ、多分」
「…それでもええ」

 今度はみかから引き寄せられる。鎖骨の辺りに頭が触れ、心臓の音がよく聞こえた。

「…そう」

 どくどくと鳴る脈を聞いていると、なんだか安心を覚えた。早鐘を打つそれを間近で感じながら、ふと気になったので口を開く。

「あの、ひとつ条件があるんだけど」
「え、何…?」

 みかが僅かに体を固くする。

「今夜、変なことしなかったら付き合うね」
「……へ?」

 私の言葉を飲み込めなかったであろうみかはしばし硬直していたが、それを理解すると同時にがばりと起き上がった。焦った声でこう言う。

「す…するわけないやろ! それに、おれ名前ちゃんのこと、そういうんで好きになった訳やないで!」
「へー、今は? 意識しない?」
「!?? や、あの…」
「うんうん、まあ冗談…でもないけど。ごめん、もう寝よう」

 腕を軽く引くと、みかはおとなしく布団に収まった。もう一度背中を抱くと、すこし体を反らせる。それでもなお私が足を絡めようとすると、抵抗をやめた。

「眠れへんわぁ……」

 その言葉に笑みが漏れる。みかのつま先はもう、冷たくはなかった。


Happy Birthday!!
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惑星のかけら/スピッツ
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