プロデュース科3年
夏休みが始まった。と言ってもアイドルは夏に合わせたイベントへの出演が続々と決まっているし、プロデューサーはそれに伴いサポートする業務を日々行う。故に休みなど無いとも言えるのだ。まあ多少は寝坊して朝を迎えることもできるが、それでも毎日のように夢ノ咲の校門をくぐっている。
他の生徒も大抵はそうなのだろうけれど、クラスにはあまり人がいない。がらんとした教室は日頃の騒々しさと打って変わって私のペンを動かす音しか聞こえず、信じられないほど静かだ。1人だというのにエアコンをつけるのも忍びなく、窓を全開にして風を受けているが案外それで間に合っていて、中々心地よい。窓際の席で良かった。校庭の向こうに見える青い海。まあプリントは気をぬくと飛んでいきそうだが。
「精が出るね」
ドアが開き顔を覗かせたのは柔らかな白金の、
「会長」
「お疲れ様」
「そっちもね」
柔和な表情で、後ろ手になにか隠してこちらに歩む。汗ひとつかいていないように見えるが、かえって熱が篭ってよくないのかなとぼんやり考えた。
「じゃーん」
子どもめかして目の前に広げたのは棒付きのアイスだった。青い、ソーダ味のシャーベット状のアレと、バニラだろうかミルクだろうかまああまり変わりはないように思えるが、そのふた種類。
「買ってきたの? 会長が?」
「うん、購買でね。前から興味があったんだ。どちらかを君にあげよう」
「やった、じゃあバニラ」
私がそう言うと、会長はソーダの方を机に置き、バニラの方の包装を破る。
「え」
「はい」
かすかに冷気を漂わせる白い四角が私に向けられる。訝しげに彼を見ると目を細めてゆるりと笑った。
「『英智くん下さい』って言ったら食べさせてあげる」
「…えーちくん下さい」
「……君素直すぎないかい?」
心配だなあ、そう言いながら「ほら、あーん」と続ける。食べさせてあげるって、そのまんまの意味かい。こういう絡み、つまりはあーん、他の一部生徒にもされるからもう慣れてしまった。大人しく口を開けるとアイスはゆっくりと奥につっこまれる。舌の上をゆっくり往き来される。甘い。おいしいんだけど、味わえない。前言撤回、慣れたといってもこういうのは予想外だ。ちゃんと食べさせてくれ。目を合わせるのは癪だったので彼のネクタイの結び目を見ていた。こんな真夏にきっちりと締めて、暑そうだ。
「へふはい」
「うん?」
「……」
そろそろやめてくれないだろうかとアイスに歯を立てて噛み砕く。キーンと冷たさが頭に響きまたもや顔を顰めるはめになった。
「おや」
会長は焦った風でもなく淡々と、ぱ、と手を離してしまった。慌てて私は棒を掴む。溶け始めたアイスが手につたいそうだったのでそっと舐めた。
「会長って趣味悪いね」
「ふふ、そうかなあ」
「そうだよ」
早くしないと全部溶けてしまいそうだったので、会話もそこそこに食べきってしまおうとペースを少し上げる。それを彼はじっと見ている。特に感情も篭っていなそうな目で。
「さっき」
「なに?」
「なんて言おうとしていたんだい?」
ああ、と言ってからアイスのひとかけを口内に納めた。
「ネクタイ暑そうだなって。てかベストもか。脱がないの?」
彼はぱちりと瞬きをしてしばし沈黙する。
「それはどういう意味だい」
「そのまんまの意味ですけど……」
「うーん……」
はあと小さく溜息をついて私の前の席に座る。人の前で溜息つくの失礼なんですよ、会長。
「君の言葉は直球だし、僕は物事を穿って見るからね……」
「そりゃ難儀なことで」
「本当にね」
そう言って窓の外、どこか遠くに目をやってしまう。柔らかそうな髪の毛が風をはらむ。手持ち無沙汰な私がアイスの棒をじゅっと吸うと、また視線は私に向いた。お行儀悪かったかな。
「君は、僕に脱いで欲しい?」
「えっどっちでもいい……」
「……」
不満気な顔で、眉を寄せて、それでも怖くはなかった。むしろ可愛らしいとすら思った。全くもって綺麗な顔をしている。だからこそ笑った時の方がきっと恐ろしい。
「あ、てかそっちのアイス食べないの」
「君にあげるよ」
「ええ、いらない…」
てかそれ絶対溶けてるでしょ。それでも彼はアイスを机の上ですっとこちらへ寄越した。水滴が伸びて小さな水溜りを作る。
「食べたかったんじゃないの?」
「また今度、君が僕に買ってくれないかい」
「やだよ自分で買ってよ…私貧乏なんですけど」
「君のが欲しいんだよ」
都合の良いことを言って、溶けたアイス押し付けたいだけなのでは。まあいいか、もっかい凍らせても食べられなくはないし。勿体無いし。どっかの部活の冷凍庫、借りれるだろうか。
「じゃあ、ありがたく」
「うん」
彼の伏せたまつげは色のせいで薄く見えるがとても長い。元々白い顔がさらに白く見える。大丈夫だろうか。涼しい生徒会室に居たにも関わらずこんなとこに出向き、しかもアイスを食べ損ねているのだから会長もそこそこ馬鹿である。
その時放送がかかった。生徒会長、天祥院英智くん。
「お呼び出しだね」
「そのようだね」
彼はかたんと椅子を引き、ふらりと立ち上がった。
「…大丈夫? 熱中症なりかけだったりしない?」
「…君に心配される日が来るとは」
なんだそれ嫌味だろうか。まあとりあえず、とペットボトルを探す。
「麦茶だけど、飲む?」
差し出したそれを一見、それから私を一見、そしてまたペットボトルを見て手に取った。口に含む。喉が上下する。白い喉が。
「ありがとう」
そう言って私に麦茶を返して、教室のドアへと向かう。とくに足取りが重いようでも、言葉がおかしなようでもなかった。むしろさっきまでがすごくおかしい。
「大丈夫?」
一応もうひと声かけた。だってこの人は話によるとすごくすごく身体が弱いと言うのだ、私はその実際を見たことが一度もないのだけれど。しっかりした背中に見えて実は中はボロボロなのだろうか。ゆれる柔い髪。ドアノブに手をかけてひと言。
「倒れそうだよ」
170803
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斜掛