たしかに空気は少し悪いかもしれない。しかしこのひんやりとした温度、薄暗さ、カツンとピッケルを振るう音だけが響く地下の空間が私は好きだ。シンオウはホウエンより涼しくて過ごしやすいし、それでいて自然の多さはホウエンにも引けを取らない。あの高く登る太陽が恋しくもあるが。越してきてからもうどの位経っただろうか。
「まったく、君はこんな所にいたのかい」
掘り出した金剛石の土を払っていると、背後から声が投げかけられた。振り向くと地下通路には似つかわしくない、きらびやかな衣装。スッと背筋の伸びた、自信に満ち溢れた佇まい。
「ミクリ」
「やあ、久しぶりだね名前」
「久しぶり…あんたそれ裾ドロドロだけど大丈夫なの」
「え」
ミクリはいつもオーバーリアクションだけれど、慌てふためいている様はそれに輪をかけていた。首に巻かれたストール、薄い柔らかそうな布が茶色く汚れている。
「ああもう、名前が地下通路なんかにいるから! ヨスガに滞在していると聞いたからてっきり君とコンテストバトルできるものだと期待していたのに!」
「私がコンテストでミクリに勝てると思ってんの」
「もちろん僕が徹底的に僕の美しさを見せつけたいだけさ! そして日頃の行いをあらた」
「てかそんな服着てくるのが悪いでしょ」
昔は白いマントをなびかせていたものだけれど、今はなんか…妙に露出が増えて…ミクリ、どこに向かってんの。むき出しの腰骨をごり、と触る。ぎゃあとエレガントでない叫び声が通路にぐわんと木霊した。ここがこんなに騒がしいのはもう何年ぶりだろうか。地下通路は開かれてからかなりの年月が経ち、もてはやされていた当初からは利用者が明らかに減った。それを狙って私は来たんだけど。
「君ってやつは…! 少しはしおらしくしてるかと思ったら全くもって変わっていないじゃないか…!」
「安心したでしょ」
「ああ、……いやそんなことは」
「ミクリも元気そうで良かった」
「…君もね」
薄く笑んでみせると、ミクリも穏やかに笑い返した。華がある。そんな表情をつくれる人間はそうそういない。その端正な笑みから一転、改まった顔をしてミクリは言った。
「ダイゴが探しているよ」
本題。だろうな、と思った。ダイゴよりも先に自分が会いに来てしまうのがミクリらしいというか、なんだかんだ心配してくれていたんだなと申し訳なくなる。私が険しい顔をするのを見てミクリは少しだけ悲しそうに眉を下げた。
「会ってあげなよ」
「私はもうダイゴに勝てないよ」
「それでも、だ」
手元の金剛石の薄い青は、あの御曹司の髪色に似ている。馬鹿みたいだと思う。私なんかに負けたことを、もう遥か昔の、遠い過去の出来事を、ホウエン元チャンピオンは今も引きずって、大事に心の戸棚にしっかりとしまっている。
170824
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斜掛