一目惚れされたらしい
ど、どうしよう…。
私の視線の先には困ったように携帯の画面を何度も確認しながら、キョロキョロと辺りを見渡している外国人らしき男性がいた。迷子ですと言わんばかりに困った表情の男性が可哀想に思えて、声をかけてしまいそうになるけれど英語なんて話せないし…と話しかけるのを躊躇してしまっているのが私の現状だ。
大学帰りで急いでバイトにも行かないといけないのに、その男性の光景が目について離れなくて名残惜しく何度も見てしまう。
男性は何度か周りの人に話しかけようとしているけれど運悪くサラリーマンばかりで、その人達は仕事の合間だからか彼を助けようとする人はいないみたいだった。
このまま誰も助けてくれなかったら、あの人は日本が嫌になってしまうかもしれない。それだけは日本人として、阻止しないと…。そう思った私は、肩にかけていた鞄を抱え直してそろそろと近寄った。
「あ、あの…そ、そーりー?」
迷子になっている男性の背後から、小さい声でぎこちなくそう話しかければ彼はパッと振り返って私を見た。
その瞳は日本人とはまったく違うとても綺麗な青い瞳で、その瞳が私を捉える。肌は白くて、彫りが深い彼の顔は明らかに日本人とは思えなかったけれど、どこか優しそうで穏やかな雰囲気は日本人を彷彿とさせた。緊張で上擦りそうになる声を必死に我慢して、動揺を悟られないように言葉を続ける。
「な、何か困ってますか…?あー、…っとヘルプ、ユー?」
「…あ……すみません。日本語、話せます」
「えっ、あ、ごめんなさい…っ」
顔がカアッと噴火するように一気に熱くなる。彼の口から話された日本語はとても上手で、拙い英語で話しかけた私がなんだかでしゃばったことをしてしまったんじゃないのかって羞恥心でその場を去りたいほどの恥ずかしさに襲われた。そんな顔を真っ赤にする私に男性は驚いた表情を変えて、優しく笑いかけてくれる。
「道、困ってたので嬉しいです。ボクをヘルプするために声をかけてくれたんですよね?」
「は、はい…。あの、助けになれたらなんですけど…」
「ありがとうございます。あなたはとても優しい人です」
優しい笑みを向けて私に感謝の言葉を紡ぐ男性の容姿があまりにも眉目秀麗すぎて、余計に緊張してしまう。英語も出来やしないのに人助けなんて柄じゃないけれど、彼が日本語を話す人で良かった。私でもなんとか手助けできるのにホッと胸を撫で下ろす。彼は手に持っていた携帯の画面を私に見せてくれて、ある一点を指差して困ったように眉を下げた。
「実はここに行きたいんですが…」
そこはここからさほど遠くもない距離で、それに加えて私が今から向かう場所の通り道でもある。道を教えるだけでも良いけれど、彼にそれを伝えた後で後ろを追いかけるなんて変に思われるだろうし…と私はそれなら目的地の方向に指を差しながら彼に提案をした。
「そこなら今から通るので、よければ一緒に行きますか…?」
「オー!アメイジング!やっぱり日本の人は優しいです…!すごく助かります」
私の提案に彼は大袈裟なほどに喜んで、なんだか恥ずかしい。本当にたまたま通りがかるだけだ。本来通りかからないのであれば、普段の私は口頭で説明だけしてさっさとこの場を後にする。でも声をかけた彼は本当に困ってそうな優しい異国の人だからできるだけ人として優しくしたい。日本人として品のある、丁寧対応を心がけたいからこれはついでの行動なんだ。
「じゃあ行きましょう。ここから遠くはないですよ」
「はい!ありがとうございます!」
私が歩き出すと同時に彼は近いはずの私の左側ではなくなぜか右側に移動して並走して歩きはじめた。
それが不思議で一瞬だけ気になったけど、まあいいかとすぐに前を向いて足を動かす。数メートル歩いたぐらいで、彼はニコニコと警戒心のない人の良い笑みで腰を折りながらも私の顔を覗き込むようにして話しかけてきた。
「ボクは片桐夏向といいます。あなたのお名前、聞きたいです」
「あ…いや、名前なんて名乗るほどでもないので…」
さすがというべきか、距離感の詰め方が日本人のそれとは違う。これがナンパしているような男性だったら嫌な顔して離れるけれど、彼が善意で聞いてきてるのは嫌でもわかった。和名の名前を名乗った彼がどこの出身かは知らないけれど、向こうの国ではこれが当たり前なんだろうな…とは思いながらも名乗るほどの勇気は私にはない。曖昧な笑みで誤魔化して返せば眉を下げてまるで子犬のようにシュンッと落ち込んだ彼。
「ソーリー…怖がらせてしまいましたよね…。ボクはただ純粋に恩人であるあなたの名前が聞きたかっただけなんです…」
「うっ」
私の罪悪感を突いてくるように彼は悲しそうな顔で再度私を見つめてくる。その綺麗な青い瞳に動揺したような私の顔が反射で写っている気がした。深く関わりたくはないけれど、ここまでしている私の行動で名を名乗らないなんて確かに今更感はある。私は苦笑いをしながら自分の名前を口に出した。
彼はその私の名前を復唱して、ぱあっと花の咲くような笑顔で感謝の言葉を紡ぐ。
「素敵なお名前です。日本の人の名前の響きはとても綺麗だ」
「ふ、普通の名前ですよ…それより、あ、えーっとミスター片桐は和名なんですね」
私の名前を褒められていることに小っ恥ずかしくなってすぐに話題を変えるように疑問を投げかけた。見た目は完全なる異国の人だから、何故名前が和名かのかが不思議に思ってしまう。
私の疑問を聞いた片桐さんの顔は困った表情に変わった。
「実は日本に来てから片桐の名前を出し始めて、慣れていないんです…呼ばれ慣れているファーストネームで呼んでください」
有無を言わせないとはこのことかな…、彼はたった一度の道案内の人にそこまでファミリーさを求めるのかと少し…いやかなりびっくりしてしまった。私は浮かべている笑顔が引き攣りながらも軽くうなづいた。まあ少しの間だけだろうからそれぐらいはいいか…と渋々納得する。
「ミスター夏向は…」
「夏向でいいですよ」
「……夏向、さんはどこからいらしたんですか?」
「ボクはイギリスから来ました。イギリスと日本のハーフなんです」
「そうなんですね…すごくお上手です、日本語」
嬉しそうにそうですか?と笑みをこぼして私の肩にピッタリくっつくようにして歩く彼にドギマギしながら雑談を続ける。
彼と話をしながら歩いていると、ふと気づいてしまった。私の右側は車道で車通りが多い。もしかして彼は車道側に寄せないようにわざわざ私の右側に移動したんじゃないのか…そう思うと女性扱いされているかもしれない事実に恥ずかしくなって顔に熱が集まってきてしまう。頬を赤くしているのを自覚しながら手で仰いで風を送ってなんとか平常心を保とうとした。そんな私を見て、不思議そうに私の名前を口に出す夏向さん。
「大丈夫ですか…?ボクの母国に比べて、日本はとてもホットです」
「い、いや大丈夫です…これはそういうのではないので…」
心配そうに顔を再度覗き込んでくる夏向さんから顔を逸らすようにしてそっぽをむく。元々男性に体制のない私には夏向さんの距離感はかなり気持ちを掻き乱されてしまう。ふう、と一呼吸置いてなんとか平常心で会話をしていれば夏向さんの行きたかった場所に着いた。私はそこを指差して夏向さんに教える。
「あの、ここです」
「わあ、着きました…!ありがとうございます、とても助かりました!」
「よかったです。日本、楽しんでくださいね…それじゃあ」
そう言って夏向さんに軽くお辞儀をして通り過ぎようとした瞬間に、腕を掴まれた。その力は決して強いものではなかったけれど、確実に離しはしないような力加減で私の腕を掴んでいる夏向さんにびっくりして顔を向ける。
その表情は困ったような顔でまた私の罪悪感を刺激してきていた。
「あの、お礼がしたいです。あなたともっと話したい」
こ、これは…ナンパというやつでは…?
一瞬だけそう思ったけれど、いやいやこんな引く手数多である眉目秀麗の人が私に興味を持つはずはない。きっと、日本人の優しさに感動して…とかそういう類のものだろう。きっと初めての日本で浮かれているだけなんだ。私は首を横に振って、得意になりつつある曖昧な笑顔を返した。
「これから用事があるんです」
「急ですよね…でしたらアドレスだけでもどうですか?」
日本人のよくないところはキッパリと断れない人間性。ましてや外国の方のお願いを突っぱねれるほど私の肝は据わっていないし、そんなところが完全なる純日本人の所以。けれど、ここまでくると私に好意があるんじゃないのかって勘違いしてしまいそうになる。
これは外国の方にとっては普通なんだって、どれだけ自分に言い聞かせようとしてもこれは勘違いしてしまいそうになって当然だ。それならば、やっぱり深く関わることはしないほうが良い。
私は眉を下げてお願いする夏向さんに頭を軽く下げて断る意志を曲げない態度を貫いた。そんな私を見て、残念がる夏向さんはしばらく悩んでいたけれど、意を結したように私の目をその綺麗な青い瞳でしっかりと見つめながら口を開いた。
「あなたをデートに誘いたいんですが、いいアイデアがでません。何をすればアドレスを交換してくれますか…?」
「……ん?」
でーと、という単語が瞬時に頭の中を駆け巡る。
でーと…でーと……デート!!??
デートなんて単語を久しく聞いていなくて、意味が理解できなかった。これは完全にナンパされている…。
でも意外だ。彼みたいなタイプはナンパをするなんて見た目じゃ全然想像もできない。私があまりのことに何も口に出せず固まっていると、彼は頭をかきながら恥ずかしそうに続けた。
「ボクはこういったことはしたことないんですが…あなたとこれっきりになるのはソーバッドです…」
「わ、私じゃなくても誰でも夏向さんを助けてましたよ」
私の腕を両手で掴んで悲しそうに離す夏向さんに首を横にぶんぶんと激しく振りながら後退りをする。血迷っている、この人は…そうとしか思えない。誰だっていずれ夏向さんを助けた。それがたまたま私だっただけで、彼にそこまで恩を感じてもらう人間じゃないのに…。その想いだけで一心不乱に頭を横に振る。それでも夏向さんは力強い声色で話した。
「あなただから、もっと知りたいんです」
じっと見つめられている夏向さんの青い瞳は澄んでいて、首をこれ以上横に振ることなんてできなかった。
ピロンッ
「…まただ…」
私の耳に可愛らしい通知の音が入ってくる。
けれど、ここ最近はその音を聴きすぎてもう聴き慣れてきてうんざりするほどになってしまっていた。というのも、この通知は数日前に道案内で少しだけ手助けした夏向さんからのメッセージで間違いないからだ。
あの後、結局押しに押し切られて連絡先を交換した。
連絡先を交換した夏向さんはとても嬉しそうにお目当てのお店に入っていって、その背中を私は見送る。私は早歩きでバイト先に急ぎながらも、ずっと夏向さんの顔が頭から離れなくてその日一日はミスも増えてしまってバイト先の先輩にこっぴどく怒られてしまった。
それでも私はまさか本当に連絡が来るなんて思っても見なかった。せいぜい良いリップサービスだと思っていたのにあっさりとその日中にメッセージがきた。
その内容は丁寧な日本語で、今日の感謝の気持ちと今度お礼でお茶したいですという文言だった。私はすぐさま返信をして気にしないで欲しい、お礼をしてほしくて助けたわけじゃないと返したけれどあっけなく交わされる。ではお礼という口実ではなく、あなたとデートしたいからと直球のドストレートにそう言われてしまって私の退路を塞いできた。
決して嫌だ、という気持ちだけじゃない。そりゃあ好意を向けられたら嬉しいのは人の常だ。けれどそれが異国の人なんて疑ってしまうのは仕方ないと思う。だって私は平均点真ん中の人間で、誰もが振り向くような絶世の美女でもない。結婚詐欺では…!?と変な勘ぐりをしながらも、あんな優しそうな人がそんなことするはずないと勝手な理想を持ってしまっている。
だから変に期待したくなくて、断ってきているけれどそれもそろそろ限界に感じてきた。
携帯の画面を指先でスイスイっと操作すれば、案の定夏向さんだった。
こんな付き合いが悪い私に飽きもせず、同じ文言のメッセージで誘ってくる夏向さんにもう半ば諦めの気持ちになっていた。
一回だけ…一回行けば、夏向さんも私がどんなにつまらない人間か分かって貰えるだろう。私はこの何度目かのお誘いのメッセージに対して初めて了承の返事をした。すると、間もおかずに返事が来て淡々とデートとやらの日にちが決まる。私は自分に言い聞かせてたはずなのに、気づけばタンスをひっくり返しておしゃれな服を探してしまっていた。
案外、私も行きたかったのかもしれない…期待してしまっている自分に自嘲気味な笑みを浮かべながら服を選んだ。
✳︎
待ち合わせ場所に着いたのは私が一番乗りだった。
携帯の時刻を確認すれば、待ち合わせ時間よりも15分も早く着いている。決して楽しみだから早く着いてしまったわけでない…とおもいたい…。
久しぶりに履いたスカートを裾を払いながら、跳ねる心臓をなんとか抑えるように深呼吸をして時間を潰すけれど流石に15分も立っているのは嫌だ。近くにあったベンチに移動して、腰掛けて携帯を取り出す。友人へのメッセージを返していればふと上品な香りが鼻をくすぐったかと思えば目の前に影が落ちた。
顔を上げれば視界に広がるのは色とりどりの花。
そして、私の名前が呼ばれる。
「こんにちは、お待たせしてすみません」
そこにいたのは小さな花束を私に差し出しながらにっこりと笑う夏向さんだった。この前会った時とは違う服装だったけれど、すごくシンプルな着こなしがカッコよくて二度見してしまう。そ、それよりも手に持っている花束はなんだろう…私の目を白黒とさせたびっくりしている様子に夏向さんは優しい微笑みを向けてきた。
「プレゼントしたくて買ってきました」
差し出している花束は赤、ピンク、黄色を基調とした色で特に大きな花が6本もある。花には詳しくないけれど、これは多分ガーベラって品種だと思う。花なんてもらったことがなくて受け取り方がわからなかった。ぎこちなく両手で受け取れば近くを通りがかったおばあさんの温かい笑顔とか、私と同い年であろう大学生の集団にジロジロ見られて居心地が悪い。でも私の気分を癒すように手の中の花は煌びやかで花のいい匂いをさせていた。
私が両手で抱えるようにもっていると、夏向さんはそれを見つめて愛おしさを含んだような笑みで微笑む。
「やっぱり、あなたにとっても似合います」
「あ、アリガトウゴザイマス…」
なぜか私の日本語の方が怪しくなってしまう。花束で照れた顔を隠しながらお礼を口にした私にクスリと笑いをこぼした夏向さんはさあ、行きましょうと手慣れたみたいに車道側を歩き始める。私は花束を抱えながらも夏向さんの少し斜め後ろをついていくように歩きながら進んだ。
それにしてもやっぱり日本とは何もかもが価値観が違うんだなと、手元の花を見ながらそう思う。日本で男性から女性に花を渡すなんてプロポーズするときぐらいじゃないだろうか…。やっぱり異国はすごいな、と妙な関心を抱く。
「花束は向こうでは渡すのが普通だったりするんですか…?」
「ポピュラーではないかもしれませんが、花束をもっている女性は幸せのシンボルなんて言われているのでデートで渡す人は少なくありませんね」
「そ、そうなんですか…」
し、幸せの象徴……私には無縁だと思っていたのに人生ってわからないものだ。
多分これが最初で最後の花束だろうからと大事に持ち直す。家に帰ったらまずは花瓶を買いに行かなきゃ…でも枯らしてしまうのはなんだか寂しいな…。悶々とそんなことを考えていれば、夏向さんの足が止まってここにしましょうとなんだか高級そうなカフェに入ることになった。
お店に入ると、敷居が高そうなイメージとは違い結構親しみやすい客層だった。学生もいるし、私でもなんとか浮かなそうな雰囲気で内心ホッとした。すごく美人な店員のお姉さんに外が見えやすい大きなガラス窓が設置してある席に案内されてそこに夏向さんと向かい合って腰を下ろした。花束は大事に私が腰掛けているソファの隣にそっと置く。
そうして夏向さんと私で各々注文して、夏向さんと久しぶりに軽く雑談をし始める。
「日本には慣れましたか?」
「オフコース!とっても素晴らしいです日本は…特に食べ物がソーグッドです…!」
「ふふ、それはよかったです」
目をキラキラと輝かせてそう言ってくれる夏向さんに日本人として嬉しい気持ちになる。確かに食へのこだわりはイギリスとは違うかもしれない。失礼だけど、イギリスは料理はあまり…という話は有名だ。
夏向さんは嬉しそうにおいしかった食べ物をたくさん名前を出してくれる。楽しんでくれているなら、何よりだ。
「特に相葉センパイが奢ってくれたギュウドンがとてもおいしかったです…!」
「あいば、せんぱい…?」
聞き慣れない言葉に聞き返せば、ハッとした夏向さんが気づいて教えてくれた。
「あ、ソーリー…相葉センパイはMFGのセンパイです」
「エムエフ……え、夏向さんMFG出てるんですか…!?」
私が驚愕の声を上げると、私がMFGを知っているということが意外だったみたいで夏向さんも驚いた顔で私を見つめていた。お互い見つめ合いながら口を開く。
「一応エントリーはしてます。MFG、見てるんですか?」
「あ、いや…友達がちょっと色々…」
頭には変わった友人の顔が思い浮かぶけれど、あの友人と関わると頭が痛くなるからと頭からすぐに追い出す。
夏向さんは私の答えの続きが気になっていたみたいだけど、私はそれに気づかないふりをして再度質問をした。
「すごいですね、いきなり日本に来てMFGなんて…」
「いえ、とても楽しいですよ。いい経験になってます」
MFGに詳しいわけじゃない私にはわからなかったけれど、もしかしたら夏向くんはかなり有名なのかもしれない。そう思うと途端に胃が痛くなってきた。MFGに参加できているということはかなり腕に自信がないとできない。月とすっぽんだ。私は夏向さんとは生きてる世界が違うんだ。
落ち込みそうな私を手助けするかのように頼んだ紅茶やケーキがきた。テーブルに置いてくれた店員さんに頭を下げて小さな声でいただきますと口にしてからカラトリーに手をつければ、それを見ていた夏向さんと目があう。恥ずかしい気持ちになりながら抹茶ケーキをフォークでつついた。
一口、頬張れば抹茶味のほのかな苦味と生クリームがいい塩梅になっていて、すごく美味しい。それに思わず顔を綻ばせれば夏向さんは優しそうな笑みを浮かべた。
「美味しそうに食べているの、とてもキュートです」
………わ、私、息できてる…?
甘い声色で言われたことのない言葉を言われて私の鼓動はおかしいぐらいに脈打った。それにしても夏向さんはストレートすぎるんだ。日本人の私にはしんどいほどの甘ったるさだ。なんとか口に入っていたケーキを飲み込んで、紅茶を飲んでつまらないように気をつける。
そろそろ、本題に入ってもいいかもしれない。私はわざとらしく咳払いをして手に持っていた紅茶のカップを机に置いた。
「あの、夏向さんの好意は嬉しいんですが…私のこと、何も知らないでしょう?私は本当につまらない人間なんです…花束をいただけるほど可憐な女性でもないし、夏向さんとは釣り合わないと…思います」
自分で言っていて、悲しくなる。けれどこれが事実だ。
夏向さんがどんな理想を私に抱いているかは分からないけれど、これで少しは考え直してくれると嬉しい。でも胸の奥底でずきりと私を突き刺してくるような痛みを感じた気がした。
私の言葉に数秒だけ考え込んだ夏向さんはおもむろに口を開く。
「ケーキは抹茶が好きなんですか?」
「え、…あ…はい」
突然の突拍子もない質問に呆然としながらも答える。すると、それに追い討ちをかけるように何度も何度も私に質問をしてきた。
「犬と猫だったらどちらが好きですか?」
「え、えーっと…わんちゃん、ですかね」
「寒いのは苦手ですか?」
「冬が好きなので、寒いのは特には…」
「休みの日は何してるんですか?」
「休みは…映画、見てます…感動系の…」
と、突然なんだろう…戸惑いつつも彼の投げかける質問に反射的に答えてしまった。夏向さんは私の答えを一通り聞いて大きくうなづいた。そして優しくて蕩けそうな笑顔で言葉を紡ぐ。
「犬が好き、抹茶ケーキが好き、冬が好きで寒いのが平気、休日には泣けるような映画を見ている、心優しいボクを助けてくれた女性」
青い瞳が真っ直ぐ私を見ている。それだけ心臓はバクバクと激しく動揺した。
夏向さんは私に問いかけるように首を少しだけ傾げて、私を上目遣いで見つめる。
「ほら、ボクはもうこんなにもあなたのことを知ってます。だから、さっきのあなたが言ったことは理由になりません」
満面の笑みでそう言われてしまっては、私はもう首を横に振って拒否することなんてできなかった。あまりの熱烈な文言に私が顔を真っ赤にさせていると、机に置いていた私の手を上からそっと重ねて優しく撫でている夏向さんの手に平はとても大きくて、私の手をすっぽりと包み込んて隠す。そして続けた。
「それに、フジワラ先生が言ってました。日本の女性はとってもシャイだから、引かれるぐらいアタックしろって」
そんな熱っぽい視線に私は卒倒しそうになる。
夏向さんの青い瞳はまっすぐで強引なはずなのに、不思議と嫌じゃない。むしろその誠実な想いに触れるたび、胸の奥が温かくなって心臓が苦しいくらいに脈打っている。
私はもう、好きになってしまっているのかもしれない。
顔の火照りはひどくなる一方だ。
というか、それよりも……。
……フジワラ先生って誰……?