プロローグ




意識が戻った途端、鼓膜を響かせた音はとても耳障りだった。

「いい加減にして!どうして普通にできないの!」

奇声。恫喝。何かが倒れ、割れる音。絶叫マシーンの方がまだ静かなのではないだろうか。満夜は倒れている姿勢から声の主を仰ぎ見た。

「何でアンタみたいな化け物なんかが産まれてきたのよ!!」

(誰だBBA)

テメエの股座から生まれ落ちた記憶なんざねぇよ。
記憶にある両親と似ても似つかない姿に、内心満夜はそう反論した。
不満が目つきに表れていたのか、喚き散らす女性はフローリングに倒れたままの満夜に蹴りを入れる。
この身体は何日か食べ物を与えられていないのだろう。吐き出したのは胃液のみ。

数分後。気が済んだのかアンタなんかに構ってられないのよと止んだ暴力。女性が去り、足音が遠のいたのを確認した後。満夜はそっと自分の胸に手を当てた。
記憶にあるより小さくやせ細ってしまった手は、ドクドクと自分が生きている証である心臓の音をしっかりと確認した。

「だいじょうぶ。生きてる。だいじょうぶ」

深呼吸を繰り返し、息を整えると、痛みに軋む身体を起こした。
服で見えないがあちこちに痣があるのだろう。どこを動かしても痛む身体に満夜は舌打ちした。
部屋の中はゴミだらけ。事情ある身空で苦労を重ねているのだろうか。どちらにせよDVや育児放棄されている身としては堪ったもんじゃないが。

──この身体は、何度声を上げ、耐えたのか。

ふと満夜は知りたくなった。あの女性の暴言は、"自分"にとっては自覚無い言い掛かりだ。しかし、"この身体"には何らかの理由があるのだろう。
化け物。怪物。正体のわからない、不気味な生き物。

(なんだろう…目が何十個もあるとか?)

身体を引き摺り姿見を見た満夜は目を見張った。

「はね?」

見慣れた顔の後ろから、白い両翼が見えていた。
動く。意識すれば自在に。その場で何度も羽ばたけば、きっと空も飛べるだろう。

(あぁ、仕舞い方が分からなかったの)

一人納得した満夜は、翼と共に見えていた、洋風の鎧を身に着けた烏天狗のような幽霊に声を掛けた。

「やり方、どうすればいい?」
「…」

声は発しなかったが、反応はあった。徐々に翼が仕舞われる。その感覚を覚えようと集中していると、それは満夜の身体を抱き上げ、翼と腕の中に包み込むように納めた。

(あたたかい…)

頬に柔らかな毛が触れる。
くたりと身体の力が抜けていく。満夜が眠りに落ちるのを、それは静かに見守っていた。
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