イザベラA
イザベラの朝は早い。
日の出ないうちから畑に出向く。作業が終わったら、家の周りの花やハーブに水やりを。玄関の掃除が済んだら、洗濯し終わった衣類を干す。
魔女の家はそれほど大きくないけれど、毎日全部を掃除するのは骨が折れる。だから家中の窓を開けて、一日に一部屋の掃除をしている。
掃除をしながら、ふと昨日助けた男が気になった。イザベラはそっと部屋を覗いてみる。隙間から見えた男は、静かな寝息を立てて眠っていた。もう苦しんでいる様子は見えない。
よし。
魔女は替えの水と服を持って、急いで部屋に入った。男が起きてしまわないように、物音は立てない。素早い動きでミッションを終えて、最後にカーテンを開けて部屋を出ればいい。なるべく彼と接触をしないように、身の回りの世話をしよう。彼が動けるまでに快復したら、この家を出ていってもらえばいいのだ。
それが、イザベラが昨夜考えた最善の方法だった。
替えの服をベッドに置いて、温くなった布を冷たい水で濡らした。絞ったものをもう一度、男の額へ押し当てる。顔色は悪くない。
イザベラは一人頷いて、手当てしていた傷口の薬を再度張り替える。魔女の薬は魔法が含まれているので、普通の人間にはよく効くのだ。傷口は、昨日と比べて塞がっていた。
あとはカーテンを開けて……。イザベラがカーテンの布に手を伸ばしたその時だった。
骨ばった大きい手に腕を掴まれた。
「ひょえっ」
「……」
強い力だったから驚いた。見ると、手当てをしていた男の目が開いていた。
起きている。イザベラはごくりと唾を飲み込んだ。
彼はどこかぼんやりした目で、こちらをじっと見ている。まだ、頭はしっかりしていないのだろう。男は何か言いたげに口元を動かしていたが、魔女はそれを拒否した。
「ご、ごめんなさいっ!」
指を一振りして、青い光の粒子を生み出す。眠りの呪文だ。男にそれが降りかかると、再び男は眠りにつく。少々卑怯だとは思ったけど、これ以上は心が持たない。
男の瞳は、サファイアよりも青かった。
翌日も、翌々日も、イザベラは眠りの魔法を駆使して彼との接触をシャットアウトした。朝も。昼も。夜も。眠っている間に用を済ませ、彼が起きそうになれば魔法を使って眠ってもらう。
その繰り返し。
そうこうしていると、ヤックが商品を買いに家に来る日になった。
「イザベラ、いるかい?」
声とノックが聞こえて、慌てて階段を駆け降りる。
「今日も傷薬と、化粧水、ハンドクリームをあるだけ売ってもらいたいんだが……おや」
ヤックがイザベラの顔をじっと見つめてきたので、イザベラは何かついているのだろうかと慌てた。
「ど、ど、どうかした?顔は洗ったはずなんだけれど」
「いや、何かいい事でもあったのかい?顔が生き生きとしているみたいだ」