愛があればそれでいい、それがいい
昼休みになり、メールを確認すると森山先輩からのものが一件入っていた。一年と三年の中間の階の空き教室。先輩なんだから自分の教室と同じ階にしてもいいのに、気遣いの上手な人だと思う。
返信のショートカットキーを押し、今から行きますとだけ打ち込んで送信、お弁当を持って教室を出る。
指定された教室に急ぎ足で行ったけれど、やはり森山先輩の方が早く着いていた。
「そんなに慌ててこなくても良かったんだけど」
「いえ、先輩を待たせるわけにはいかないので……」
適当な席に座り、昼食を広げて食べ始める。一口食べたところで、森山先輩が口を開いた。
「で、何の話をしようとしてるのかはわかるよな?」
「今朝の続き、ですよね」
「あぁ。なんていうかさ、黄瀬は如月が他の男子と話してるの見るだけであからさまに機嫌悪くしてんのに、如月の方は平気そうに見えるから、大丈夫かなって」
「え……」
涼太が、機嫌を悪くしている?
それは初耳だ。素直にそう伝えると、森山先輩は苦笑した。
「それはそうだろ。あいつ、如月が自分に背を向けてる時しかそういう顔しないから」
「あぁ、なるほど……」
「って言っても、うちのスタメンは平気みたいだけどな。オレと小堀は理解してるし、笠松と早川はそういうのとは無縁だろ?」
「無縁とか言わないであげてください」
……そっか。涼太は表に出さない、というか私に見せないだけで、妬いてくれているのかもしれないのか。
「……私も全く平気、ってわけじゃないんですけどね」
「というと?」
「涼太が他の子に愛想良くしてるの見ると、ついつい目を逸らしちゃったり、とか」
「ふーん……。分かりにくいだけできっちり妬いてんだな」
愉しげに笑って私を見る森山先輩。この人は私の悩みを聞こうとしてくれているのか、それとも私たち二人の微妙な歪みを見て楽しんでいるのか、どちらなのだろう。
「オレはさ、可愛い後輩の如月を応援したいのが半分、今まで女に事欠かなかった黄瀬が存分に困ってるのを見たいのが半分なんだよな」
「……はぁ」
「だから如月からの質問なら真剣に答えるし、力になれるならなる」
「……先輩、どうしちゃったんですか」
「いや何でだよ」
だって急にまともなこと言い出すから。入部したての頃、小堀先輩から森山先輩は俗に言う"残念なイケメン"というやつだと、そう説明を受けていたのだ。普段の練習でも試合でも、可愛い子を見つけては笠松先輩や私に報告してあの子のために戦うと宣言し、毎回海常のために戦えと返されている森山先輩が。女の子を落とすための知識をネットで得て鵜呑みにしている森山先輩が。恋愛に関する話でこうもまともなことを言うなんて、失礼ながら翌日槍でも降るのではないかと予想してしまうほどに想像がつかなかったのである。
「如月って時々黄瀬以上に失礼というか辛辣だよな」
「え、そうですか?」
「自覚ないところも辛辣さを増してるよ……」
苦笑いをした森山先輩は、急に真剣な表情をしてまぁそれはいいけど、と言葉を続ける。
「如月と付き合い出してから、なんていうか……、あんまりへらへらしなくなったんだよな。女子が騒いでも、あくまでファンサービスって割りきってる感じで」
「そう、なんですか」
「誠凛に負けてからも真面目に練習するようになってたけど、もっと向き合うものが絞られたように思うんだよ」
それは確かに涼太にとってもバスケ部にとっても良い変化だと思う。そうなった理由の一部が私であると言うのなら、素直に喜んでも良いこと。だけど森山先輩が言いたいのはそういうことじゃないのだろう。涼太は確かに私を特別に思ってくれている、と。そう言おうとしてくれているのだと思う。
「互いに何も言ってないみたいだけど、黄瀬のやつも思うことがあって、でも何も言ってないだけっていう可能性もある。少しでいいから妬いたって伝えてみればいい」
「…………」
涼太が女の子に愛想良く振る舞うのは仕事の一部だから。それは私だってわかっているし、涼太も私が理解しているということは知っているはずだ。理解しておきながらそれでも妬いてしまうだなんて、面倒だと思われないだろうか。
森山先輩は考え込む私を見て、困ったように笑う。
「如月は少し理性的すぎなんだよ。少しぐらい思ったこと吐き出したって大丈夫」
「……そうでしょうか」
他の子のように、利己的になりすぎないように。そう思いながら過ごすのは傍から見たらおかしいのだろうか。涼太が面倒なことを嫌がるのは目に見えてわかっているのに、私がやきもちを妬くことをどう思うのか訊くなど自殺行為もいいところだ。
こうやって燻っていることが必ずしも良いとは言えないのはわかっている。だけど、行動に移したら何かが変わってしまいそうで、それが悪い方向にだったらと考えると、動けなくなる。
森山先輩はやっぱり困ったように笑んで、仕方ないなと言いたげに息を吐いた。
(愛があればそれでいい、それがいい)
いちばん安定した不安定を保てれば
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