わずか5秒の落下現象

「おまえらって付き合ってんの?」

 きっかけは、森山先輩の一言。

「えっと……おまえらって?」
「おまえと如月だよ。最近よく一緒にいるだろ」

 森山先輩は、着替える手は止めないながらも、こちらをしっかりと見て聞いてくる。

「付き合ってるように、見えるんスか?」
「見える」

 きっぱりと断言されてしまい、普段の自分たちはそう見えているのかとどこか他人事のように考えてしまった。

「洗濯物回収ーっ」

 がちゃりと部室のドアが開けられ、如月っちが入ってくる。途端、他の部員から悲鳴が上がった。

「ぎゃーっ! 入る前に声かけろマネージャー!」
「もう婿にいけねぇ……!」
「着替え見られたぐらいで大げさな……。黄瀬、森山先輩、タオルあります?」

 ものすごく冷静に状況を見て、悲鳴を上げた部員を冷めた目で一瞥した如月っちは、カゴを持つ手を肩の高さまで上げて、手近なところにいて話が通じるとわかったらしいオレたちに聞いてきた。中途半端に脱ぎかけだったTシャツを脱いで、とりあえずワイシャツを羽織る。

「お、頼むわ」
「じゃあこれお願いするっス」
「ん。黄瀬、今日この後空いてる?」

 オレたちがタオルをカゴに入れると、如月っちが首を傾げながら訊いてきた。

「空いてるっスけど……。どうしたんスか?」
「いや、あの……。今日両親とも居なくてさ。外食にしようと思ったんだけど一人じゃ空しいし夜だし先輩に頼むのも申し訳ないし……」

 素直に一緒に行ってほしいって言えばいいのに。ワイシャツのボタンを留めている間ずっと続けられていた言葉に思わずくすりと笑うと、照れ隠しなのか睨まれた。身長差の所為でどうにも上目遣いにしか見えないので、まったく怖くない。
 如月っちの事情を理解した森山先輩も、素直じゃない如月っちを笑った。

「遠慮しなくてもいいのに。オレらも一緒に行くか。なっ、笠松!」
「おー。別にいいけど」

 早々に着替えを終えて荷物を鞄に突っ込む笠松先輩も、話を聞いていたのか頷いた。

「えっ!? でも……」
「そんかわりマジバな。ファミレスはきつい」
「どこでもいいのでそれは構いませんけど……」

 話に区切りがつきそうにないと思ったのか、笠松先輩はカゴを指してずるずると長引きそうな会話を切った。

「とりあえず如月は仕事終わらせて来い。ここで待っててやるよ」
「あっ、はい!」

 如月っちは慌ただしく洗濯する物を回収すると、部室を出て行った。丸め込まれちゃったっスね、なんてついこの間のオレと如月っちみたいな状況に笑いが零れる。

「黄瀬ぇ……。おまえの所為で着替え全然進まなかったんだけど!」
「え? なんで着替えてないんスか?」
「女子の前で着替えるってなんかアレだろ! 恥ずいだろ! つーか何!? なんでおまえ如月の目の前で普通にTシャツ脱いでんの!? 何着替えちゃっちゃと終わらせてんの!?」
「如月っち全然そういうの気にしないんで。あと仕事の時はスタイリストさんとか居るんで女性の前でっていうのは気にならないっス」

 どうせファンの女の子は見たところで喜ぶだけだからとか、そういうのは余計だと思うから言わないでおこう。

「で、さっきの質問はどうなったんだよ」
「さっき……あー」

 森山先輩のさっきの質問、オレと如月っちは付き合っているのか。

「付き合ってないっスよ」
「は!? いや、だって今のやりとりとか完全にそういう雰囲気だっただろ!」
「そう思ったんならなんで一緒に行くとか言い出したんスか!?」
「面白そうだから」

 真顔で言い出す森山先輩に、この人はこういう人だというのを思い出す。
 如月っちの残りの仕事は洗濯機に予約を入れるだけだろうから、直に来るはずだ。

「じゃあ黄瀬は如月のこと好きなのか?」
「…………どうなんスかねー」

 考えたことがなかった。最近はよく一緒にいるけど、最初は如月っちを嫌がらせから守りたいと思ったのがきっかけで、素直でいられるから居心地の良さが理由になって。
 寄ってくる女の子をそういう対象に見たことはなかったから、正直に言うと如月っちについてどう思っているのか自分でもよくわからない。

「如月、いいと思うんだけどなー」
「そもそも如月っちだってオレをそういう対象には見てないと思うっスよ」

 そうだ、如月っちはバスケ馬鹿だ。キセキの世代では赤司っちのプレーが好きだとか、緑間っちのシュートがすごいだとか、黒子っちのパスが見えるようになりたいとかエトセトラ。一緒に行動するようになってから一度、熱弁された。最初にオレに会った時にも、キセキの世代のいるバスケ部に入れたという点で、内心はテンションが物凄く上がっていたらしい。どんだけ顔に出ないんスか如月っちとツッコんだのは記憶に新しい。
 如月っちはバスケ馬鹿で、多分キセキの世代であるオレへの感情は憧れでしかない。
 そう思うと、なんだか残念だった。……ん?

「部室閉めますよーっと」

 一旦思考を止めたところで、如月っちが制服姿で荷物を全部持って入ってきた。

「だから入る前に入ること知らせろマネージャー!」
「あ、別に先輩のハダカとか興味ないんで。というか早くしてください、半裸で締め出しますよ?」
「それはやめてお願い」

 相手が男子だからこそ許される遠慮のない物言いに、先輩も気を悪くすることもなく着替えの手を速める。こういう如月っちのさばさばしたところが笠松先輩も打ち解けた理由なんだろうと思う。

「あんまり選手いじめんなよ如月」
「いじめてないです。笠松先輩はなんでそんなに私をいじめっ子にしたいんですか」
「いや……そういうわけじゃねぇけど」

 如月っちが鍵を閉めなければならないので他の部員が帰るのを適当に話をしながら待つ。全員が帰って少しの沈黙が下りると、如月っちが口を開いた。

「あの、ありがとうございます」
「?」

 首を傾げる森山先輩に、説明を加える。オレは平気だと思ったけど、如月っちは不安だったんだろう。

「多分、黄瀬と二人で出歩いてたら見られた時まずいかなって。先輩たちが一緒なら部活の延長だろうって思ってもらえますし」
「あぁ、そのことか。気にすんな。……行くか」

 笠松先輩が、如月っちの頭に手を載せてぽんぽんと軽く叩く。満更でもなさそうな顔に、胸の辺りがちくりと痛んだ。

「……?」
「黄瀬、行くよ?」
「!! ……あ、はいっス」

 前を歩く先輩二人の背中を見ながら歩いていると、如月っちがこちらを見上げて最近よく見せるようになった笑顔を浮かべた。

「黄瀬もありがとね。疲れてるのにごめん」

 オレ以外にも軽口を叩きあえる同じクラスの一年部員だっているのに、オレを選んでくれた。笠松先輩でも森山先輩でもなくて、オレを労ってくれた。……それが、嬉しい。

「……っ!!」
「黄瀬、どうしたの? 顔赤い……」
「な、なんでもないっス!」

 取り繕うように笑ってみせると、如月っちはきょとんとしてオレの目を覗き込む。あ、これももう恒例。なんでもないって誤魔化すと、お互いに目を覗き込みあう。
 暫しそうしていた如月っちは、人によっては意地悪くも見える綺麗な笑みを浮かべた。

「……なら良かった」
「……っ」

 ダメだ、気づいてしまった。今までもこれからも、女の子を恋愛対象として見ることなんてないと思っていたのに。よりにもよって、バスケ馬鹿で、キセキの世代であるオレには憧れしか抱いてくれない女の子をそういう目で見てしまうなんて。
 嫌がらせを受けて弱々しく見えた如月っち、ちょっと性格の悪い如月っち。ここ最近で、いろんな彼女を見た。一方的にオレがつきまとっているだけだけど、いちいち相手をしてくれて、オレの歪んだ部分にも気づいてくれて。こんな子、今まで知り合った女の子にいただろうか。いなかったから今、オレはこうして知らない感情に戸惑っているんだ。だけど森山先輩の質問で考えさせられて、この感情につけるべき名前がわかってしまった。
 ……オレは、如月っちが好きだ。


(わずか5秒の落下現象)
 落ちて一瞬で理解した

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