私はまだ優しいままでいたいよ
「さて、何食うかな」
「これとかうまそうだよな」
部活後には一緒について行ってやるか程度の意志しか窺えなかったはずの先輩二人は、今は嬉々としてメニューを眺めている。食欲には勝てないんだなぁ、なんて思いつつ隣に立つ黄瀬の顔を見上げると、同じことを考えていたのかこちらを見て苦笑していた。
「如月っちは何食べるんスか?」
「とりあえずセットかな。黄瀬、ポテト食べられる? パイ食べたいし、私そんなにいらないや」
「じゃあもらうっスよ。部活後でお腹空きまくってるんで!」
選手三人は年相応というかやること相応というか、そんな量を注文していた。見るだけでお腹がいっぱいになりそうだ。
先に会計を終えた先輩が取ってくれた四人がけの席について、食べ始める。
「そういや如月、あれからどうなんだ?」
正面に座る笠松先輩が、バーガーを頬張りながら聞いてきた。
「? 何がですか?」
「黄瀬が原因でいろいろされてんだろ。もう平気なのか?」
私の隣に座る黄瀬が言い方がひどいっス、とか喚くので頭をぺしんと叩いて黙らせた笠松先輩は、どうなんだ、と再び聞いてくる。
「あー……、えっと、黄瀬が一緒にいるから大丈夫っていう程度です」
仮に続いてもマネージャーを辞めろと言われたって従う気はありませんけどね、と付け足すと、笠松先輩は逞しいなオマエは、と笑った。
「だってバスケ好きだし。それにマネージャーが一人もいなくなったら困るでしょう?」
ただでさえ私一人ではレギュラーを手伝うのが精一杯で、選手層の厚い海常バスケ部全体のサポートはできていない。監督も仕方がないからあとは自分たちでやらせているけれど、本当なら人手が欲しいはずだ。
「選手でっていうのも大変だけど、こう、華がないよな!」
「私に華を求めないでください」
部員が着替えてる部室に堂々と乗り込むマネージャーに華って。森山先輩はとうとう生物学上女の子なら誰でもよくなったんだろうか。
「いやー、如月、なかなか可愛いっつー
か綺麗だと思ってるけど?」
「それもネット知識ですか? つくづくアテになりませんね」
森山先輩と冗談を交わしていると、笠松先輩がそれを見て溜め息をつく。
「黄瀬、オマエなんとかしろよ。如月が不憫だろ」
「無理っスよ。そうしたいのは山々なんスけど……。オレが口出ししても火に油注ぐだけっス」
困ったように言う黄瀬。私もそれには同意見だ。
「なんでだよ? 黄瀬のファンなら聞き入れてくれんじゃねーの?」
訝しげな表情をして訊く笠松先輩。人をまとめるのは得意なのだけれど、自分が先頭に立って引っ張っていくタイプだからなのか、こういう人の心境はあまり理解できていないらしい。
「人間誰しも利己的なものですよ。"同じ海常の生徒なのに、あの子はあんなに黄瀬くんと親しくて私たちは違う"。でも自分たちにはマネージャーができるだけの覚悟がないから、それなら黄瀬と親しい私を蹴落とそうってね。そうすれば同じところに立てるんだから、より楽な方法を選ぶのは当然です。黄瀬のためにじゃない、自分たちのために私にマネージャーを辞めろって言ってるってことですよ」
私も自分のために強情を張ってマネージャーを辞めないでいるという点ではあの人たちとそんなに変わらないのかもしれないけれど。黄瀬のためにだとか上っ面だけの理由を言わない時点で、少しでも違うんだと思いたい。
それに、私だって中学から三年間バスケ部のマネージャーをやってきて、強豪校で続けたいという考えを持った上で海常に来たのだ。簡単に蹴落とされてやる気はない。だから、敢えて黄瀬に対して素っ気ない態度をとっているのだ。"黄瀬が懐いている"という事実を、周りにいる女子に知らせるために。これでどうして相手にしてやらないのかと訊かれたら、あんたたちに呼び出されるからだよと答えてやればいい。屁理屈を捩じ伏せるのは得意だし、そこに黄瀬の自主的な意志がある以上彼女たちにはどうしたって言えることの限度があるのだ。こうやって利用してしまっていることについては、近いうちに謝らないといけないなとは思うけれど。
「それで如月は大丈夫なんだな?」
「前々からですしね。さすがにTシャツは予想外だったんですけど……。監督に相談したらロッカー用の鍵、買ってくださったんです。少しは抑止力になるかなって」
元々鍵をかけられるような仕組みのロッカーだったから、大規模に取り替えたりする必要もなく。ホームセンターで鍵を買ってくればいいだけだったので、付けてもいいかと相談したら監督が部費から出していいと言ってくれたのだ。これもマネージャーが一人しかいないが故の待遇といえるかもしれない。
「監督も考えてくれてんだな」
「逆にこんなによくしてもらっていいのかっていう心配が出てくるんですけどね」
「黄瀬がいる限り内輪のやつは心労が絶えないだろうからな……。如月もよくやってくれてるし、あんまり手放したくねぇんだよ」
「そうそう。合宿とか経費削減しても飯うまいしなー」
中学の時の経験を活かせているから、監督たちもそれを認めてくれたということか。何にせよ積み重ねてきたものが今ここで発揮できているのだから、素直に嬉しいと思う。
「黄瀬、責任もって如月の面倒見とけよ」
「うわ、黄瀬に面倒見てもらうとか……ないわ……」
「如月っちもひどくないっスか!?」
そんな調子で賑やかな夕食を終えて、マジバを出た。笠松先輩たちとは帰る方向が違うようで、すぐに別れることになって。いつかも黄瀬と一緒に帰ったなぁ、なんてぼんやり思う。帰り道が違うはずなのだけれど、黄瀬が送ってくれるというので甘えることにした。
「如月っち」
「うん?」
やけに真剣な声色で名前を呼ばれて、思わず足を止めた。
「いつもより早いし、ちょっとどこかに寄らないっスか?」
「……いいけど」
なんだろう、いつもと様子が違う。本当に、真剣。私に助けて欲しいならそう言えばいいって言った時の必死さはない。真剣さも必死さもあったあの態度じゃない。真剣さ一つしか感じられないのだ。
不思議に思いながら、公園に入る黄瀬の後を追いかける。黄瀬は公園に据え付けられたベンチに私を座らせて、飲み物を買ってくれた。
食べたばかりですぐに飲む気にもなれずに缶を手で弄んでいると、隣に座った黄瀬が徐に口を開いた。
「如月っち」
「うん?」
真剣な様子で私の名前を呼ぶ黄瀬。こういう時はきちんと聞いてあげるのが一番だ。横顔を見上げて、黄瀬が再び口を開くのを待つ。
「如月っちには……、彼氏とか、いるんスか?」
「え? ……いないけど」
「……そうっスよね。変なこと聞いたっスね」
どうしたの、いつもと様子が違う、と聞きたいけれど。今は話を聞くのが優先だ。口を開きそうになるのをぐっと我慢して、続きを待つ。
「最初はそんなつもりじゃなくて、ただ如月っちが心配だったから、オレは如月っちと仲良くなろうと思ったんス」
「……うん」
「オレなりに考えた如月っちの守り方に如月っちは付き合ってくれて、オレのことわかってくれて、それが嬉しくて。オレ、こんな風に思うのは初めてなんス」
「っ、……黄瀬」
違う、聞きたくない。そんなんじゃない。
声が掠れて、口に出せたのは黄瀬の名前だけだった。
「迷惑かもしれないけど、聞いてほしいっス」
黄瀬が私を見た。私の目を覗き込む黄瀬のそれは、真剣で、けれど泣きそうに揺らいでいて。
これ以上聞いたら、もうしばらくは言わないままでおこうと思ったことを言わなければならなくなる。私も他の女の子と変わらない利己的な人間で、黄瀬を利用して呼び出しや嫌がらせを減らそうとしていたんだって。
「……黄瀬、聞きたくない」
何を言われるのか、わからないわけじゃない。それを聞いたら、黄瀬を傷つけなければいけないから。
耳を塞ごうとした両手は、黄瀬に掴まれて私の意志に反してしまい。
「オレ、如月っちのことが好きっス」
つい手を離してしまったジュースの缶が、地面に落ちて鈍い音を立てた。
(私はまだ優しいままでいたいよ)
あなたが思う優しい私のままで
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