「うん……」
あの後私がテニスコートの方へ戻った頃には、理名ちゃんは多分樺地くんが呼んだだろう車に乗るところで、彼女を心配したジローくんと跡部くんが一緒に乗り込んでいた。白石に聞いた話だと病院に寄ってから帰るらしい。侑士くんのお父さんがいる病院らしいから安心だ、というのは謙也情報。そして凄いホストみたゲフンゲフン、スーツ姿の氷帝の顧問の先生が渡邊先生と話し合って少し早く練習試合を切り上げ、私はじいちゃん家に来た訳ですが。
ただいま、と玄関を開けて直ぐは「何でこんな遅いんだ壱加ー!」と泣きつかれたのに、夕飯を食べて呼ばれたと思ったら私の予定なんて聞きもせず「明日お使い行ってくれ、神奈川な」と風呂敷に包まれた箱と住所の書かれた手書きの地図を渡され、私が拒否しようと口を開く前に「札が欲しいんだろ」と部屋を追い出された訳です。あのくそじじい、なんて暴言を心に留めた私は偉い。偉いぞ。
事情を説明してはぁと深い溜息を吐けば、電話越しに白石が、明日九十九来れへんてー、と誰かに伝えるのが聞こえた。理名ちゃんの様子とか気になるけど、まぁ謙也辺りに言えば侑士くんに聞いた事を教えてくれるだろう。
『ん?何やどないしたん』
「?どしたの白石」
『アホ』
「えっ」
不意に白石の戸惑う声がしたと思ったら聞こえてきたのは突然の罵声。淡々としたトーンで一瞬だったけど、この声は恐らく、
「ひ……光くん……?」
『ドアホ』
「えっ、」
『ボケ、カス、スカタン』
「ちょ、ちょっと、それ何の四段活用、いや、じゃなくて」
『金太郎、自分も言ったれ』
「え?金ちゃん?」
『壱加ちゃんのアホー!もう壱加ちゃんなんてきらっ、きら…………やっぱ嫌やー!壱加ちゃんの事嫌いになんてなーれーへーんー!!』
『は?裏切るんか自分』
『財前……金ちゃん……』
『ヒッ!い、嫌や!毒手は嫌やぁあ!!』
金ちゃんの絶叫と共に怒鳴る白石の声とドタバタ走り去る音が電話越しに聞こえてきて、何にも分からないまま携帯を手に呆然とする。え、私何かしてしまっただろうか。白石の携帯からはざわざわと周りが騒いでいる声や音が聞こえるだけで、このまま繋いでていいのだろうかと思っていたら、九十九さん?と恐る恐る問い掛けてくる声が聞こえてきて、勢い良く返事をすれば、小石川やけど、と返ってきた。
「小石川くん、あの、私何かしちゃった、かな……?」
『あーっと、その…………九十九さん、明日来れへんて』
「あ、うん。じいちゃんにお使い頼まれちゃって」
元々マネージャーはいないから私がいなくても大丈夫かな、なんて思ったんだけどやっぱり迷惑だったかな。いやでも、白石が皆に伝えてたって事は多分大丈夫なんだと思うんだけど。首を傾げていれば、小石川くんがとても言いにくそうに口を開く。
『今日、ずっと氷帝の子とおって九十九さん俺らの試合あんま見れてへんやろ?』
「あーえと、小春ちゃんと一氏くんのとか、片瀬くん?の試合くらい、かな?」
『財前も金太郎も試合見てくれへんかったの、寂しかったんやないかな。金太郎は、今日見てくれへんかったから明日こそ、って言うてて』
「え」
『財前は口にしてた訳やないけど、さっきの感じだと多分な。せやから二人の事許したってな』
許しますとも。いや、そもそも怒ってはないんだけど、ないんだけどね。えええ、待って無理可愛い。あの暴言の四段活用はちょっと心痛かったけど、今ではもう全然、むしろ萌えで死にそう。もう絶対にじいちゃんに何を言われても明後日は見に行くんだから。電話越しに頭を抱えていれば、返事が無いから不安になったのか小石川くんが呼ぶ声がして、慌てて分かった、と答える。
「明後日は絶対行くから、ってもし伝えられたら伝えてもらえると嬉しいな」
『それはええけど……、九十九さん元々来る予定や無かったし、今日だけでも充分なのにわざわざ電話してくれてありがとうな』
「え?」
『無理矢理誘ったし今日色々やってくれただけでもホンマ有難い、って白石と話してたん。俺ら明日も来てくれるつもりでいたとか電話来るまで思ってなかったから』
もう一度、ありがとう、という小石川くんに戸惑いつつどういたしまして、なんて返す。大した事してなかったのにそんな風に思っててくれたんだ。それならやっぱり明日も行きたかったな。
『明日は何処行くん?都内?』
「ううん、神奈川の湘南……の方かな」
『神奈川か、気ぃ付けてな』
「ありがとう、そっちも明日頑張ってね!」
じゃあもう夜も遅いし、と電話を切ろうとしたとこで白石の声がして小石川くんが代わるわ、と言った。え、いいよ小石川くんの声でおやすみでいいよ。何で代わっちゃうんだよ。というか光くんと金ちゃんはどうなったんだ。
『いやー急に悪かったわ』
「何で電話代わっちゃうんだよ、光くんと金ちゃんは?」
『これ俺の携帯やねんな、ちゃんとシバいといたから安心してや』
「小石川くんのおやすみで寝たかったなぁ、シバかれちゃったかー」
『俺からのおやすみでもよく寝れると思うで?寂しかった言うてもあれは言い過ぎやからなぁ』
なんだ、白石も二人があんな態度だった理由は分かってるのか。あとお前のおやすみは多分、世の女子よく寝れないと思う。ドキドキが止まらないよ……!って寝不足になると思う。
『小石川から聞いてへん?』
「え?あ、あぁ光くんと金ちゃんの事?聞いた聞いた!明後日は行くからって伝えてってお願いもしたよ!」
『……そうか、ありがとうな』
だからお前は不意にそういう優しい声出すのやめろぉお!!携帯を投げ出したい気持ちを堪えて枕に顔を埋める。やだな、私本当にこいつの顔だけじゃなくて声も好きなのか。やだな。
『おーい九十九ー』
「……なんだよ、今やっぱりお前嫌いだなって思ったとこだよ」
『ありがとう言うてそんな嫌われる事ある?』
「白石だもん仕方ない。というかそろそろ電話切らないと明日もあるんでしょ?バイバイおやすみ」
『心配してくれとるのに雑やん。切る前に、神奈川って聞こえたけど神奈川行くん?』
「え、うん。湘南の方行くけど……」
『もし行くのが同じとこやったらでええんやけど、立海大附属中学の幸村くんに会うたら宜しく伝えてくれへん?』
立海大附属中のユキムラくん。
もしかしなくてもテニス部の人だろうか。同じとこってじいちゃんのお使いだから学校とかある方は多分行かないけど、わざわざ白石がこんなお願いしてくるんだし、余裕あったら行ってやるか、と分かったと伝えて今度こそ通話を切るのだった。
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