キューピッドさん19



次の瞬間、バンッと大きな破裂音が廊下中に響き渡った。


「っ何の音だ!」
「これ、何処から聞こえてるん?」
「わ、かんない」


何かが爆発したような、直ぐ横の窓ガラスが割れてるのではと思うほどの音が響いていて、私達は辺りを見回す。けれど何も変わった所はなくて、まさかと思って保健室に視線を向ける。あれ?でもさっきの物凄い怖いのは無くなってる。
そんな私に気付いたのか後ろから跡部くんが、理名、と小さく声を上げたのが聞こえて、私が振り返るより先に跡部くんと樺地くんが横を駆け抜けていく。慌てて駆け出すがどうやらまだ鍵は掛かっているらしい。乱暴に扉に何度か手を掛ける跡部くんが舌打ちをした。


「おい開けろ!……っクソ!樺地!」
「ウス……!」


扉を何度か叩いてから痺れを切らした彼が樺地くんの名を呼ぶ。それに答えるように樺地くんは数歩後ろに下がって、扉を壊す気なのか僅かに前傾姿勢になって構える。確かに樺地くんなら一発でやれる気がする、何となくだけど。でも中にいる銀さんと多分いるだろう一氏くん危ないんじゃない?そう思って止めようとした所で、カチリと扉の開く音がして樺地くんの動きがピタリと止まる。と同時に、跡部くんが勢い良く扉を開けた。反射神経凄い、じゃなくて。
跡部くんと樺地くんの後ろから中を覗けば、ベッドに寝ていたはずの理名ちゃんが床にしゃがみ込んでいた。虚ろな目で私達の方を見上げると、力無くハハッと笑った。目が覚めてるって事は、呪詛返し成功したんだよね。ほんとにほんとに良かった。ほっと胸を撫で下ろす私に、入口の近くに立っていた銀さんが軽く肩を叩いて微笑んだ。


「おい、何があった」
「知るか、こっちは今起きたんだよ……」


真っ先に理名ちゃんに駆け寄って声を掛ける跡部くんに、予想を裏切らないと言っていいくらい(なんて知り合ったばかりの私が言うのも変だけど)不機嫌そうに理名ちゃんが答える。俯いて首元を押さえてるからもしかしたら気持ち悪いのかもしれない。しれないけど、跡部くん本当にすっごく心配してたからもうちょっとだけ優しくしてあげて……!思わず拳を握り締めて二人の様子を見ていたら、跡部くんが此方を振り返る。


「石田」
「渡瀬はんは、取り敢えず大丈夫や」
「そうか……なら、いい」


ああ、本当に本当に心配だったんだなぁ跡部くん、なんて思いながら私も理名ちゃんの傍に近寄る。普段なら多分理名ちゃんの返事にもうちょい突っかかってるよね、多分だけど。頭を抱えて大きく息を吐く理名ちゃんの背中をさすって、大丈夫?と声を掛ければ、小さく頷いてくれた。顔色は良くないけど何も憑いてないし、何よりスッキリした顔してる、気がする。僅かに顔を上げた彼女の横顔を見ながら、背中をさすり続ける。

(……理名ちゃん、何かを探してる?)

今この部屋にいる人に視線だけ送っていて、ゆっくりとだけれど保健室の様子を探っているようで。え、もしかしてまだ何かいるのかな。でも銀さんは大丈夫って言ってたし、じゃあ何を探してるんだろう?ぼんやり考えていたら、急に理名ちゃんが床に手を付けて勢い良く立ち上がる。


「うわ、わっ」


のと同時にフラつく理名ちゃんにビックリして反射的に立ち上がり彼女の腕を掴むと、慌てて駆け寄ってきた白石が反対側を支えて息を吐いた。


「横になって寝てた方がええんちゃう?」
「いや、コートの方、いく」
「いやいやいや、自分倒れたんやで?無理したらあかんて!」


本当にそれ。休んでた方が絶対にいいって。白石の言葉に勢い良く頷いていたら、理名ちゃんが目を伏せてから、どうせ、と口を開く。


「跡部が車回してくれんでしょ?だったら、帰る前に皆に大丈夫、って自分で伝えたい」


そう言って跡部くんを見る彼女に、跡部くんはというとそれはそれは綺麗な舌打ちで返事していた。うん、ガラ悪い。じゃなくて。
理名ちゃんを見れば目が合って、少し合ってから白石の方も見た彼女が申し訳無さそうに眉を下げるので、私も白石も戸惑ってしまう。無理してほしくは無いけど、理名ちゃんの気持ちも今までの感じから分かるから無理矢理止めたくはないし。真っ直ぐ扉へと歩いてく理名ちゃんを支えながら、オロオロと跡部くんや白石を見れば携帯を取り出した跡部くんが深く息を吸う。


「樺地、迎えを手配しろ。俺は監督に状況の説明をしてくる」


その言葉に入口にいた樺地くんがいつものウスで答えて直ぐに保健室を出ていくと、理名ちゃんが慌てた声を上げて直ぐに跡部くんの方を向く。


「ちょっ、それじゃ誰が私をテニスコートまで運ぶんだよ」
「テメェが勝手に行くって言ったんだろうが、動けねぇなら此処で大人しく寝てればいい。そうだろ?アーン」


目を細めて口角を僅かに上げて笑う跡部くんに、理名ちゃんがそれはそれはとっても綺麗な舌打ちを返した。だからガラ悪いよ。いやもうここまでくるといつも通り(?)になったから良かったの、かな?銀さんと白石を見れば、二人とも困ったように笑っていて、この場に他の氷帝の人がいたら対処法とか分かるのかな、なんて考えて私も苦笑する。理名ちゃんはというと売り言葉に買い言葉なのか、眉間に皺を寄せながらフラフラと外に行こうとしていて、見かねた白石が声を上げた。


「あー、せやったら俺が連れてくから!なっ?」


そう言ってこの男がやったのは、理名ちゃんの目の前にしゃがみ込んで腰の横に手を落とし、はいそうですアレです、おんぶの体勢です。明らかに戸惑う理名ちゃんに、はい、と促す白石。まだお姫様抱っことかじゃなくて良かったけども会ってまだ一日目の女子にそう簡単にやるんじゃないお前。理名ちゃんじゃなかったら普通に惚れられてるぞ。あ、分かんない理名ちゃんも惚れちゃうのかなこういうの。
そんな事を考えてる間におずおずと白石の背中に理名ちゃんが乗っていて、その向こうで跡部くんが物凄い深い溜息を吐くのが見えた。ドンマイ白石、ここの選択肢は多分『跡部くんに同意して理名ちゃんをベッドに寝かせる』が正しかったんだと思う。


「ほな、ワシは此処の様子を見てからコート戻るさかい。九十九はん、手伝ってもろてもええか?」
「え?あ、う、うん!」


アホだなーなんて見てたら、不意に銀さんに話し掛けられて思わず頷く。手伝いってなんだろう、本当に私に出来る事かな。私で大丈夫?の意味も込めて首を傾げるが、銀さんは優しく微笑むだけで答えてくれないので意図は伝わっていない気がする。でも銀さんの微笑みは安心する。よいせ、と理名ちゃんを背負い直した白石が、ほな、と私達に向き直る。


「二人とも終わったらテニスコートに戻ってくるんやで?跡部くん行こか」
「あぁ……」


頭を抑えながら返事を返す跡部くんに、何か……白石がごめんね、本当に。普段空気読めない奴じゃないんだけどな。今だけ謙也が乗り移ってるのかもしれない。
そんな三人の背中を見つめていたら、理名ちゃんがこっちを振り返ってるように見えた。何だろう、やっぱり何か探してたのかな?ううん、と再び首を傾げれば、九十九はん、と銀さんに呼ばれて顔を上げる。


「渡瀬はんが寝てたベッドや」
「え?」
「儂は形代に名前を書いた人達の様子を見てくるさかい、後はよろしゅう」
「え、ちょっ銀さん!?」


ほな、と戸惑う私を置いて銀さんは部屋を出ていってしまった。
それにしても理名ちゃんが寝てたベッド、って。ちらりと振り返れば、彼女が寝ていたベッドは何故かカーテンが引かれたままになっていて、まさかと思ってそっと近付いてゆっくりとカーテンを開ければ、そこには今回一番頑張ってくれた人の姿。ベッドの上に仰向けで倒れ込んでいる姿に一瞬血の気が引くが、僅かな寝息が聞こえてほっと息を吐く。起こしてしまわないように静かに隣のベッドから布団を持ってきてかけてあげた。
……こんなになるくらい、頑張ってくれたんだ。
そっと一氏くんに顔を近付けて、出かけた言葉を飲み込んで。


「―――ありがとう、お疲れ様」


息が掛かるかどうかの距離で、寝ている彼に届くかどうかの声で。
“ごめん”と言えば、きっと一氏くんは怒るから。
起きたら改めて伝えよう。ベッドから離れてカーテンを閉める時にもう一度一氏くんを見て、おやすみ、と呟いて私も保健室を後にした。


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