02

「はー!今日もお疲れさん、俺!」


うんと伸びをして今日の現場を出る。明日はオフやし酒でも飲んで帰ろかーなんて、ビル内のコンビニで買い物も済ませてある俺は天才なんとちゃう?タクシーつかまえてもええねんけど、歩ける距離なら無駄金使いたないしなぁなんて鼻歌交じりに歩いてると脇から急に人が現れた。


「うお!ビッ……クリしたぁ」
「あ、すんません」
「ええでええでー、けど気ぃつけやおっちゃん」
「おおきにー……」


なんや、随分としまりのないおっちゃんやなぁ。足取りもフラフラ、フラフラ、酔っ払いか?いやでも酒の匂いせんかったから寝不足とかやろか。おっちゃんが出てきた建物を見上げると『揉みほぐし』と大々的に看板が掲げられていた。……あのおっちゃん、マッサージされた後なんちゃう?このビル、他は事務所とかしか入っとらんし気持ち良くなって眠くなって、ってとこやろか。ナイス推理、俺。これで正解は事務所で二徹目、とかやったら笑えるわ。
窓を見る感じマッサージは三階で営業しとるようで、ビルの入口を覗けば階段の脇にコースメニューが貼られたコルクボードスタンドが立っていた。如何にも雑居ビルーっちゅー感じやな。中へと入りメニューを見てみると足つぼなんかもあるらしい。足つぼねぇ。番組の企画でやってもろた事あるけど、アレ痛いんよなぁ……。多少オーバーには反応したけども。そこはちゃんとテレビ用でやらんとあかんしな。て、その話は置いといて。
あの日はおじさん先生がグリグリグリグリ無理矢理力いっぱい簓さんの柔い足裏イジメ倒してくれとったけど、こういうとこでやってみたら全然痛くないんちゃうかな?そう思うや否や、狭い階段を上り始めていて自分の行動力の早さに笑えてくる。予約とかしてへんけど大丈夫やろか。まっ、入れんかったらその時は真っ直ぐ帰ってビール飲んでパパっと眠ればええか!三階に到着して、目の前の扉を開ければカランカランと軽快な音を立てた。


「いらっしゃいませー!」
「どうもー、今からって空いとったりします?」
「あ、はい大丈夫ですよ」


どうぞ、と受付のお姉さんが待合の席に案内してくれて、どうもーとへらりと笑って返す。足つぼと揉みほぐしのセット90分がええねんけど、と伝えればメンバーズカードを持ってるか聞かれ初めて利用するだなんだと話していて、トントン拍子でカルテを書いてるなうですが、はい、ここで問題です。
あのお姉さん、まさか俺に気付いてへん?いや一応身バレ対策でマスクはしとるけども。してるけども、それにしたって普通に対応しすぎとちゃうかな?書いてる時に、終わって帰るとこらしいお客さんとここの先生ぽい二人はチラチラこっち見とったから、マスク一つじゃ俺の芸能人オーラは隠せてへんって事やろ。ちゅー事はお姉さんがお笑い詳しくない感じなんかなぁ。書き終わったカルテを受け取ったお姉さんが軽く内容確認していると、さっきまでレジやってた先生がやっとくわ、と彼女からカルテを受け取って受付へと入っていく。それを見送ってからお姉さんが俺に向き直ると小さく首を傾げる。


「えっと、ぬる、で、様……?」
「え?フリガナふってへんかった?」
「あ、いえ!すみません、平仮名すら満足に読めなくて」
「あちゃーローマ字で書いとくべきやったなー」
「っ、すみませっ……ふふっ、ご案内しますね」


よっしゃ、笑いはとった。受付で先生も肩震わせてるのを確認して小さくガッツポーズする。仕切りカーテンで区切られてるベッドに案内されジャージを手渡される。着替えもあるなんて良心的やなぁ、なんていそいそと着替えて待ってるであろう先生に声を掛ける。失礼します、と入ってきたのは先程の受付のお姉さん。……うん?


「え、お姉さんがやってくれるん?」
「え?私が担当します、が、別の者のが宜しいでしょうか……?」
「あああちゃうねん!受付嬢やとばっかり!」
「こんな地味な受付嬢いないですよ」


そう笑うお姉さんはTシャツに黒のチノパンと確かにTheシンプルっちゅー格好で、それもそうかと納得する。てっきりさっきの先生が来ると思っとったん、メッチャ貫禄あったしな。名字ですよろしくお願いしますと微笑む彼女に、よろしゅう、と笑って足つぼからやるとの事で仰向けでベッドに寝転ぶ。若い姉ちゃんもおるんやなぁ、下手したら年下やない?そんな事をホットタオルで足を拭かれながら考えてると、他の部屋から楽しそうな会話が聞こえてくるのをぼんやりと聞く。意外に皆会話しとんねや、リラックスしに来てる訳とちゃうんか。内容までは分からんけどこん中寝るのは無理そうやし、これは眠そうやったおっちゃんホンマに二徹目だったな、


「ったー!ちょ、痛、いったぁ!」
「あ、すみません、これ止めますね」
「え?今何したん?技かけた??」
「技はかけてないですけど、今痛かったのってどの指ですかね?」
「全部やけど、親指がいっちゃん痛かった!」
「そうすると首が大分お疲れですね」


この辺りなんですけど、と親指をグリグリと押していく名字さんを体を少し起こして見つめる。そこめっちゃ痛い。顔にかけられてたタオルを握り締めて名字さんを見てたら、こっち見た彼女が苦笑いした。
その後も痛気持ちいいくらいで押してたかと思うと突然滅茶苦茶痛いとこをピンポイントで押してはどこが悪いとか説明してる名字さん、超良い笑顔でした、まる。彼女ドSなん?いや確かに気持ちえぇねんけど。企画でやった時と違て痛みも残っとらんし。足つぼが終わり、ホットタオルで再び足を拭いてから手を洗って戻ってきた彼女に言われるがまま次はうつ伏せになる。


「名字さん絶対ドSやん……」
「いやいやそんな事ないですよ。白膠木様、お身体でお疲れの箇所はどちらですか?」
「キャッチボールて知っとる?ええー足と腰……?足つぼ的には首もアカンやろ?」
「会話のキャッチボールはそこそこ上手いと自負してますよ」
「自己判断なんかい!」
「そうですねぇ……ちなみに痛がってたのと固かったのは首と腰と肝臓ですかね」
「スルースキル高すぎん?ちゅーか肝臓!今日も飲もうと思てビール買うてきてん、鞄に入ってんねんけども!」
「流石です?」
「仕事頑張ったご褒美やねん勘弁してやー!」
「ふふっお疲れ様でーす」
「そいや、名字さん標準語やけどなんでなん?」
「あぁ、最近コッチに越してきたんですよ」


和気あいあいと話をしながらも背中から肩甲骨、首、と揉む手は止めないところは流石プロ。加減も塩梅、話も出来る、これはもしかしなくとも当たりやな。フラフラのおっちゃんありがとう。背中を叩いたと思うともう一度仰向けで、と声を掛けられ起き上がる。そろそろ終わりなんかな。えらい早ない?二時間のコースでもええくらいだったわ。腕や手の平を揉みながら、白膠木様、と名字さんが呼ぶので返事をすると、無言が返ってきた。…………いやなんでやねん!


「名字さーん、電池切れてもうたー?」
「残念、ぜんまい巻き直しの方なんですよ私」
「そっちかー!……ってちゃうちゃう、どないしたん?」
「あ、いや…………白膠木様、もしかしてテレビとかお笑い番組とか出てます……?」
「え、今なん?」
「いや、見た事あるなーとは思ってたんですけど、芸能人にこんなとこで会うとか思ってないし、テレビに出てる人とか、その……名前を、覚えるつもりで見てないので」
「白膠木簓ですぅ、今日は覚えてってなぁ」
「はーいもう忘れませーん」


嫌味っぽく返せば名字さんから面倒くさそうに返ってきて、堪え切れんかった彼女が笑うのにつられて俺も笑う。お疲れ様でした、と目隠しのタオルを取られ、よっと起き上がる。何やろ、体が軽い気ぃする。軽い首周りのストレッチをしてから背中をパタパタと叩いて、受付でお待ちしてますね、と名字さんが出ていった後に着替えついでに伸びをする。うん、やっぱり仕事終わりに伸びした時となんかちゃうな。何より立ち上がって思ったけど足が軽い。遂に俺羽生えたな。翼を授かってしもた。腕を回しながらカーテンを開けて受付に向かえば、名字さんが笑顔でもっかい、お疲れ様でした、と声を掛けてくれた。


「なぁなぁ名字さん、此処指名とか出来るん?」
「え、はい出来ます、けど、誰を指名するんです……?」
「せやなぁ、今日来る時に会ったー、って、名字さんにしかやってもらってへんわ!」
「え、わ、ありがとうございます……!えと、指名料かかりますけど大丈夫ですか?」
「え、なんぼ取るん?1000円くらい?」
「300円ですね」
「安っ!!もっと取ってええって!自信もってこの際1500に上げてこや!」
「さっきより上がってません??300円で充分ですよ!」


良かったらどうぞ、と話しながら手書きで、名字と指名料300円と書かれたカードを手渡される。手書きの名刺とか初めてもろた。カードを財布に仕舞いながら会計もすませて、おおきに、と手を振れば名字さんがありがとうございました、と笑顔でお辞儀を返してくれた。店を出て階段を下りきった所で手書きの名刺を取り出す。よく見ると裏に何曜日の何時から出勤なのかが書いてあった、いつの間に書いたんやろ。
────次の休みか早上がりの日、家着いたら確認するか。にいっと口元を緩ませて、足取り軽く帰路に着いた。




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