そんな感じで



大学生跡日


(あー、最悪だ)

にこやかな笑みを浮かべる女性陣と、少し気まずそうな顔をしながらも鼻の下を伸ばす同期をみやりながら、胸中でそうごちた。



サークルの飲み会だと誘われ、特に疑うこともなくついていった先には、野郎ばかりのサークルで使うには小綺麗すぎる小料理店。その時点で確かに嫌な予感はして、杞憂だったら良いな、と思いながらドアを開け、既に予約していたとかいう個室に案内される。
何故だか片側だけに座り、そしてそわそわとし出す同期達。入口で立ち止まっていると、それは許さないとばかりに手に持っていたコートを取り上げられ、入口から一番入口に近い場所へと座らされた。
まるでそれを見計らっていたかのようなタイミングで個室の扉が開き、ゾロゾロと列をなして入ってくる女性陣。こちらと同数。チラホラ語学の授業で見かけた顔もあって、この会の目的をなんとなく察する。

「俺、合コンは行かねえ、って言ってたよなあ」

さすがに空気をぶち壊すのは気が引けて、隣のヤツにしか聞こえない大きさで低くうなる。

「お前が来るなら行く、って言われちゃったんだよ」
「知るか」

人からの視線には目ざとい方だ。こちらに向かって熱心に視線を向けてくる中央に座ったセミロングの子が言い出しっぺだろうか。
まずいことになった、と未だに何の通知も示さないスマホを握り直しながら、そう思った。



会自体はつつがなく進行した。個々人で随分と盛り上がっているようで、そんな姿を横目に見ながら、自分の目の前を陣取り先ほどから話を振ってくる彼女をどうあしらうかに注力していた。

「日吉くん好きなものとかある〜?」
「…ぬれせんべい」
「えー!渋いね!でも美味しいよね〜、甘いものと一緒に食べると止まらなくなっちゃうよね」
「そうだな」

単語でしか返答しない自分に対して、よくもこんなに根気強く、かつ愛想よく付き合えるものだと感心しながら、手元のグラスを煽る。
酒は強いほうだ。しかし今は半ばやけ酒のように飲み進めているから、いつもより早く酔いが回ってきている気がする。追加の料理を運んできた店員さんに、ついでに水を頼んだ。

「日吉くんって意外と筋肉あるんだね〜、腕とかすごーい」
「テニスやってたからな」
「えー!すごい!かっこいいね!」
「はあ…、そうか」

そこまで話が進んだところで、いつの間にか彼女がテーブルのこちら側に回り込んできたことに気が付いた。太ももに手を置かれ、上目遣いを向けてくる彼女の言わんとしていることが分からないわけじゃない。そこまで鈍感じゃない。
けれど応えるわけにはいかないから、どうすれば傷付けずお断り出来るだろうか、と酒で回転の悪くなった頭でそれでも懸命に考える。もういっそのこと正直に言ってしまうのが良い気がしてきた。というかなぜ今までその考えを持たなかったのか、ここに来て不思議に感じた。

「悪いが、俺は…」
「若」

彼女に視線を向け言葉を切り出そうとした矢先。
ばんっ、と個室のドアが開く音がして、頭上から聞きなじみのありすぎる声が降ってきた。

「あ、跡部さ…」

女子の黄色い声が背中越しに大ボリュームであがった。
グレーのチェスターコートにテラコッタのトップス。黒スキニーに包まれた嫌みなくらい長い足を踏み出して、一歩でこちらへと向かってくる。
俺の目の前に座っていた女子をそこそこの荒さで押しのけて、腕をひっつかまれてそのまま立たされた。壁にかかっていたコートと、床に置いていたリュックを掴んで、無言の視線で一段下のところに脱いでいた靴をさっさと履き替える。その間に跡部さんの財布から数枚の諭吉が引き抜かれて、机の上に置かれる。

「え、あの、日吉…?」

あいつ、勇者か。
そのまま退室しようとしていた俺たちを呼び止めるように声がかかって、俺が返事をするよりも先に跡部さんが口を開いた。

「嫌がるやつを無理やりこんな場所に連れ出すんじゃねーよ、そんなんじゃモテないぜ」

言いたいことだけ言い残した跡部さんに後ろからせっつかれるがまま個室を出た。そのまま外に出れば、これまた見慣れた跡部さんの愛車が目の前の駐車場に止まっていて、言葉を交わす間もなく助手席の方に乗り込んだ。

「…今日はサークルの飲み会じゃなかったのかよ」
「そう聞かされて、行ったら合コンだったんですよ」
「ふーん」
「…迎えに来てくれて、ありがとうございます」

ゆるりと発進した車が、すっかり暗くなった町を走り出す。ハンドルを切る跡部さんの横顔に思わず見惚れそうになりながら、ぶんぶんと頭を振って前を向いた。

「まあ、あんな捌け方したらもう呼ばれないだろうけどよ」
「そうですね、…何から何まですいません」
「…でも、ずいぶんと仲よさげに話してたじゃねーの」

驚いて横を見れば、すねたみたいに少し唇を尖らせている跡部さんが居て、珍しいものを見たと、思わず吹き出してしまった。そのことにいら立ちを隠すこともなく、跡部さんの眉間に皺が寄るのが分かる。

「嫉妬しましたか?」
「見りゃ分かるだろ」
「あれは迫られてただけですよ、…やっぱり、跡部さんの隣が一番落ち着きます」
「…そうかよ」

空気がホワンと軽くなって、横を見れば穏やかな顔で前を向く跡部さんが居た。嫌な合コンに付き合わされたリターンがあったかも、と密かに思いながら、見慣れた車窓ごしの光景にこの車の向かう先が分かった気がした。