春うらら



 エイプリルフールも過ぎ去って、いつもならそろそろ暖かな陽気に恵まれても良い気がするのに。まだまだ着込んだ上に上着を重ねないと外を歩けない寒さが続いている。散らずに残っている桜が、逆にこの寒さで花が落ちてしまいそうだとも思う。花冷え、なんて綺麗な名前がついていることはついこの間知ったばかりだ。
 丈が少し長いグレーのコートに身を包みながら、真昼間の街を歩く。本当なら会社に行っているはずのこの時間だが、創立記念日で早速休業しているのだから仕方ない。前から行き損ねていた歯医者の検診に顔を出して、街並みに視線を向けながらゆっくりと帰路に就く。
 
 途中、やたらと元気な声が届いて、思わずそちらに目を向ける。どうやら地元の小学校らしくて、昼休み中の子供たちがにぎやかに校庭を走り回っているのが塀越しのこちらにも伝わってきた。一拍遅れて、私服だからか、という微妙なひっかかりの正体にも気が付いた。

 ――そういえば、あの人が居た小学校、もといプライマリースクールでは制服はあったのだろうか。帰ってきたら聞いてみようか、とまで考えてはたと思考回路が止まった。

「14年…?」

 思わず口に出せば、その数字は更に重みを増した気がした。14年。俺があの人のテニスを見て、釘付けになってテニスを始めて。中学も高校も大学も、そして社会人になっても。いつの日か切れるだろうと思っていた縁はどうやら気付かないうちに解けないほどに絡み合っていた。それに気付いた時には最早色んなことが手遅れで、今では同じマンションの一室に住むような関係に落ち着いている。
 
 そんな自分たちの始まりの年から、既に14年の月日が経っている、らしい。自分の年齢−12歳をするならば。もっと正確に言うなら−11歳であるし、そうすればぽっきり15年である。気付いたら人生の半分以上を一緒に過ごしているようだ。

「おっ、と」

 そんな風に意識を飛ばしていたらコートのポケットに入れていたスマホがぶるぶると震えて、突然の着信を知らせた。左耳に当てて、はい、と声を出せば、若?と聞きなれた声が向こう側から聞こえてきた。タイムリーに、先ほどから自分の思考の渦中に居る人。

「仕事してくださいよ」
「さすがに昼休憩だ、大目に見ろよ」
「…それで?どうかしたんですか?」
「ん、いや、…なんとなく、声が聞きたくなった」

 それじゃダメか?なんて、少しだけ寂しげな声色で聞いてくるからこの人はずるい。そんな態度をとられて俺が強く出れるわけもないことをきっと熟知しているだろうに。
 突発的な考えだった。ひどく短絡的で、でも自分には一等素晴らしい考えに思えたのだから致し方ない。

「…俺は会いたくなりました」
「…わかし」

 電話口の向こうでヒュッと息をのんだ音が聞こえた。呼ばれ慣れているはずの自分の名前に、なんだか艶やかなトーンが混ざっているのはきっと気のせいではないだろう。
 しかしまあ、これくらいは大目に見てほしい。なんだって俺は14年間あなたに振り回されっぱなしだったことに今しがた気が付いたのだ。少しくらい俺のほうが振り回したってバチは当たらないはずなのだ。

「あ、ヘリ飛ばさないで下さいよ、うちにはヘリポート無いんですから」

 それじゃあ、と言い添えて電話を切った。再度画面をオフにしたスマホをコートのポケットに忍び込ませて、家までの帰り道を歩き進める。誰に忠告されなくても、自分の顔が抑えきれないほどに緩んでいるのは分かっているから、今日が人通りの少ない平日で本当に良かったと胸を撫で下ろしたのだ。