木乃伊取りが木乃伊になる
「やぎゅ、好きじゃ」
目をみてまっすぐに言った。
厚めのレンズのその向こうで、わずかに見える柳生の瞳がこれでもかというぐらいに見開かれたのが分かった。その後、ようやく俺の言葉の意味が日本語として呑み込めてきたのだろう。じわじわと首から赤に染まっていく柳生の姿を見て詐欺師は優雅に口元を歪めた。
「…なーんてな、嘘じゃ。信じてしまったかのお?」
語尾をあげながらあくまでも冗談で言ったことが伝わるように。きっと柳生もすぐに”つまらない冗談はやめたまえ”と随分と冷酷な視線をこちらへと向けてくるだろう。そう期待して、けれど一向に柳生の声がしなくて。どうしたのかといつの間にか下を向いていた柳生の顔を覗き込んだ。
「…っ!」
思わず息をのんだ。だって、柳生の――彼の泣き顔だなんて初めてみたのだ。やばい、泣かせてしまった、なんとかしなくては。気持ちばかりは焦ったけどもちゃんとした解決法なんてすぐには自分で分からなくて。そうやってあたふたしているうちに、柳生の方から小さく声が上がった。あまりにもか細くて聞こえないもんだから、耳を彼の口元ギリギリに近づけた。
「仁王くん、好きです」
はじかれるように顔をあげて、柳生の鳶色の瞳と目線がかちあう。
世界が止まったかと思った。
目は口ほどに物を言う。彼の瞳を見れば今の言葉に嘘など微塵も含まれていないことも、どれだけ真剣にその思いを大切にしていたのかも、そしてさっきの俺の言葉がどれほど深く柳生を傷付けたのかも痛いほど伝わってきた。
「嘘じゃ、」
思わず柳生の腕をつかんでそう告げた。
「なにがです」
「嘘じゃ、なんて嘘じゃ」
「は、一体なんのこと…「俺もお前さんのことが好きじゃき!そんな辛そうな顔せんでくれ!」…っ」
伝えないといつかこの思いがあふれてしまいそうで、でも受け入れてもらえるとも思っていないから、冗談めかして言うことでこの思いを昇華できると思った。そんなみじめな言い訳を募った。自分の身勝手で柳生を傷つけてしまうなんて思わなかったのだ、好きといっても友達としてだとか、なんだって言い訳が立つと思っていたのだ。
「...もう一回」
「なんじゃ」
「もう一回、ちゃんと好きって言ってください」
そうしたら信じます、とまたもや顔を伏せてしまった柳生から小さな声が零れる。ああ、それでこの思いがきちんとお前さんに伝わるのなら、いくらでも。
手のひらを柳生の肩において、そっと顔を覗き込む。厚い眼鏡のレンズで相変わらず視線が捉えにくいけれども、恐らく目線を合わせてしっかりと口にした。
「柳生さんが好きじゃ、俺と付き合うて。幸せにするきに」
柳生が眼鏡をはずして制服の袖で乱暴に目元をぬぐった。少し腫れぼったくなってしまった目元が痛々しかったけれど、そのすべてを吹き飛ばすように確かに柳生が笑ってくれたのが嬉しかった。
「もう騙さないでくださいよ、ペテン師さん」
「ああ、約束じゃき」
腕を引っ張られて、なんの予期もしていなかったがためにそのまま柳生のほうへ体が傾く。ちゅっ、と音でもしそうな軽やかな感触が唇を襲った。疑いようもなく柳生の唇である。まったく、告白して成功して、そしたらいきなりファーストキスを奪われるなんて。通り名に似合わない手の早さである。ああ、これではどちらがペテン師か分からないではないか。随分と満足げな紳士殿に、はてさてどうやって仕返してやろうかと、ぺろりと唇を舐めた。