跡部景吾を神聖視する日吉若



日吉若という人間は少しズレている。


カフェテリアで昼食を取っていたら、ちょうど入口を通ってきた鳳と日吉と目が合う。こちらを見てすぐさま駆け寄ろうとする鳳と、そんな鳳にやれやれといった風体で付き合う日吉の姿は部活中でもよく見かける光景で、その事が微笑ましかったりした。
元気よく俺に挨拶をしてから、隣に座っていた宍戸に話しかける鳳も、これまたよく見かけるようになった光景だ。そこから数歩遅れて日吉が俺たちのテーブルに来て。俺の手元を目が離せない、とでも言いたげに観察した後に不思議そうな声色で続けた。

「跡部さんも、ご飯食べるんですね」
「...腹が減ったからな」

日吉の言葉の意図がよく分からなくて、返答に詰まった。当の日吉は、といえばすっかり興味を無くしたみたいに俺から目線を外すからやっぱり掴み所ないやつだと思った。





日吉若という人間は少しズレている。
しかしそれは恐らく、俺の前でだけだ。


「跡部さん、膝から血が」
「チッ、体勢が悪かったか」

日吉との長めのラリーの締めくくりにネット越しに握手を交わせば、控えめの声でそう話しかけられる。
おそらく先程滑り込む形で日吉のボールを拾った時に勢いよく擦ったのだろう。
意識してしまえば流れる赤に痛みを覚え顔を顰める。このままでは集中力をそがれてしまうと、ひとまず目的地を保健室に定めた。

「...ラケット、お預かりしますよ」
「悪いな」

カコンと音を立てて、日吉の手に二本のラケットが収まる。熱い視線を感じて目を向ければ、熱心に俺の膝へと日吉の目線が向いていた。どうした、と尋ねれば、なんてことないような、平坦な声色で言葉を紡ぐ。

「跡部さんの血って赤いんですね」
「...宇宙人じゃねぇからな」

こいつの趣味を思い出して弁明すれば、知ってますけど、と可愛くない答えが返ってくる。言いたいことは言ったとばかりに、くるりと背中を向けて去っていく日吉を見送って、しばらくしてようやく保健室へと足を向けた。





日吉若はズレている。それも、かなり。

「日吉?」

話がある、と言われて、今は俺と日吉だけが部活が終わった人気のない部室にいる。ソファーに腰掛けながら、机を挟んで向こうの椅子に座り込んでいる日吉に声をかける。
一向に話を切り出す様子がないから、余程言いにくい内容なのかと思えば、悪戯に話を促すのも良くない。かける言葉を言いあぐねていると、無言で日吉が椅子から立ち上がりこちらへと歩いてきた。
そのまま肩を押して、あまりにも突然だったから俺は抵抗もできず、ポスンと間抜けな音を立ててソファーの上に、まるで押し倒されるような体勢になった。

「ひよ、──んっ!ぐ...っ!」

指が首に這わされて、そのまま力が込められる。気道を塞ぐその行為に、必死で抵抗するものの体格差もあまりない上に体勢自体が圧倒的に不利で、脳がクラクラとし始める。
生理的な涙で視界も曇って、日吉の表情は伺えない。まさか後輩にこんな形で殺されそうになるなんて思ってもみなかった。
覚悟は決まった。日吉は今俺の腹の上に乗っているだけで足は自由だ。だから思いっきり足を振り上げて、その反動で上体を起こす。バランスを崩した日吉は俺の上からそのまま床に落ちて、その隙に俺が日吉の上にのりあげる。形勢逆転だ。

「日吉ィ...、テメエ一体なんの真似だ」

低く唸るような喉奥からの声に、日吉自身は怯えた様子もなく、瞳には、何故だか、困惑の色が色濃く漂っていた。

「跡部さんは首を絞めたら死ぬんですか」
「当たり前だろうが、俺はサイボーグじゃねぇんだよ」

まるで迷子の少年のように、きょろきょろと瞳を左右に動かすから、俺の方まで混乱してきた。どういうことだ。こいつは一体何が言いたいんだ。

「...跡部さんは、もしかして、タダの人間なんですか」

澄んだ瞳から、こいつが本心で言ったのだと言うことが分かった。頭を抱えて、日吉にバシっとデコピンをお見舞する。
こいつは俺の事をなんだと思っていたんだろうか。人外だと思われていたなんて考えつくわけもない。

「残念かもしれねぇが、俺とお前の構成成分ほぼ一緒だぞ」

俺の言葉に軽く絶望すら覗かせる日吉に、こちらは泣きたいような気持ちになった。