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暑い夏の日だった。
楕円に切り取れた晴天から、薄い雲が形を変えて通り過ぎていくのをずっと眺めていた。
小鳥の囀り、生徒たちの足音や笑い声が遠くで聞こえる。
上に向けていた視線をゆっくりと正面に向けると、踏鋤を抱いて眠る綾部が映る。
彼との時間は私にとって唯一安らげる特別なものだった。
何にも干渉されず、ここだけが忘れ去られたかのように外界と隔離された空間。
いつもは煩わしく感じる湿った土の匂いでさえも、心地よく感じた。
ーーーーー………
肌を刺すような日差しはすっかりと身を窶し、そよぐ風が夏草を揺らす。
鬱蒼と茂る雑木は影を落としたように黒く、時折差す月明かりに本来の姿を現す。私の心境とは裏腹にこの地はいつもの如く静謐であった。
地面を蹴ると薄茶の土が舞い鼻腔を掠めた。
あの洞とは縁遠い埃っぽい匂いに眉を顰める。
起きながらにして遠い昔の夢を見ていた気がする。これが俗に言う、走馬灯というものだろうか。
最後に思い出した光景が、まさか彼の掘った穴の中だなんて、と小さく息を吐くと肺が痛んだ。
思わず左手で胸を抑える。忍装束越しにぬるりと不快な感触。呼吸の感覚も短く浅くなっていく。先程与えられた傷は、どうやら肺に達しているようだ。
今すぐにでも足を止めれば、膝から崩れ落ちるだろう。
もう長くは持ちこたえられそうもない。
鈍くなっていく感覚を研ぎ澄まし、後方から追ってくる気配を探る。
……3人、しっかりついてきている。
不思議と恐怖はない。ただ不安なのは、自分の血で焙烙火矢が使い物になっていないかということだけだった。
走る速度を徐々に落とし、敵との距離を縮める。相手は機を捉えたとでも言わんばかりに、地面を蹴る音が響いた。
私は目先にある大木に左肩を寄せると、そのまま背中を預けた。ずるずると吸い込まれるように身体が地面へと落ちていく。
痺れる指先を襟元に伸ばすと、冷たい陶器の感触に安堵する。どうやらまだ使えそうだ。前方の敵が密かに眉を動かしたのがわかった。
今更気づいたところで、もう遅い。
この量の焙烙火矢から逃れられるはずがない。もし運良く致命傷を与えられないとして、飛び散った破片が刺されば仕込んだ毒でこの森を出られずに命を落とすだろう。
忍らしくない派手な最後に仙蔵は怒るだろうか。こんなことに焙烙火矢を使うなんて、と。
だが、これは私の唯一の我儘だ。
醜い死に顔を誰にも見せず、痕跡も残さず、最初から存在していなかったかのように去る──それだけだ。
動線に火を付けると、空を仰いだ。
東の空が白んできている。あと数刻で学園の鐘が鳴るだろう。
そこではいつものように生徒たちが校舎を駆け、無垢に笑う。白い画用紙に初めて見つけた色を溢すように、空を翔ける練習をする小鳥のように、未来の可能性を広げていく。
彼は、綾部は、今日も懲りずに穴を掘り続けるのだろうか。
" やっぱりあなた忍者に向いてないんじゃないですか? "
彼の艶のある、だがどこか面倒くさそうな声が聞こえたような気がして、私はゆっくりと瞳を閉じた。
あの夏の後悔と君の残像
250223