少女の髪を風が悪戯に散らす。彼女はなれた手つきで顔にかかる一房を耳に掛け、目前の墓碑の溝をなぞった。袖から見える、枝のように細く、だが靱やかな腕は包帯やガーゼで覆われ痛々しい。真摯に墓碑を見つめる瞳に、ラビは目を離せなかった。

" エドガー・ロビンソン ここに眠る "

彼女が自分の怪我も蔑ろにしてでも行きたかった場所はここかと、ラビは納得した。同時に自分があの時見つけていなかったらどうなったことか、と顔を青くする。この為に用意したのか、花束というよりはブーケのようなそれを供える様は閑静として痛々しく、伏せがちの瞳は憂いを帯びていた。これがあの夜、自分の記憶に刻まれるまでの少女だろうか。それにしては小さく、震える肩は頼りなかった。だが、時おり覗く彼女の瞳は海を映したようにどこまでも深く、深淵に何かを隠すように計り知れない。その瞳と纏う独特の雰囲気が、何よりあの夜の彼女だと証明していた。

「予定より花が早く届いてしまって、枯れる前にと思って…一人でも行けるかと思ったんだけど無理だったみたい。迷惑を掛けてしまって、ごめんなさい」

「そんなことないさ」

ラビの気さくな態度に彼女は結んだ口元をほどく。エドガー、その名前はあの一週間前の夜、彼女が飽くまで呼んでいたものに一致する。

「私、レティ。あなたは?」

「俺はラビ。先週入団したての新人エクソシストでブックマン見習いさ!ブックマンJr.って呼ぶやつもいる」

ラビの言葉に彼女は少し考える素振りをすると、思い出したように口を開く。

「…あの時、救助に来てくれたエクソシスト?」

「…そう、さね、俺らがもっと早く来ていれば…」

そう言い淀んだラビにレティが首を横に振る。

「そんなことない。エドガーを連れて帰ってくれてありがとう」

レティが悲しげに微笑む。
彼にはたった一人の肉親である妹がいたらしい。だから、彼女たちのことを本当の兄弟のように可愛がってくれた。一緒に過ごした時間は決して長くはなかったけれど、いつもまったく…と愚痴を溢しながらも面倒を見てくれたのだという。ぽつりぽつりと語る彼女の横顔を見ながら、ラビはあの夜を思い出していた。エドガー、エドガーと傷の痛みや死への恐怖を拭い去るかの如く安らかな声音。死に逝く瞬間、男は何と思っただろうか。自分の名前を呼ばれながら、他人の体温を傍らに逝くということはどういう気持ちなのだろうか。この時ばかりは自分の名を呪った。あの男の最後が彼は羨ましかった。もし、この場所で最後を向かえたならば、誰が自分の側にいて、彼女のように誰が呼んでくれようか、本当の名を、誰が。ラビは少女の横に習ってしゃがみ、墓碑に手を合わせる。彼の行為に 彼女は眉を下げて微笑み、ありがとうと小さく呟いた。

「今日は冷えるさ、そろそろ中に戻ろう」

「…うん。もう少ししてから戻るから、ラビは先に中に入ってて」

墓碑を愛おしげに撫でるレティに、今度は無理に連れて戻ろうとは思わなかった。怪我人なんだから、早めに戻るさ、とだけ言い残し、1人踵を返す。振り返ると、彼女の肩は小さく震えていて、墓碑に向かって語りかけているようで、泣いているように見えた。


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