「あんのパンダジジィ!」

ラビは人目を気にせず悪態を吐いた。積み上げられた本の山にげんなりと首を落としたのは記憶に新しい。黒の教団本部に入団して一週間、与えられた自室でのことである。そろそろ荷ほどきをとブックマンと二人係りで取り掛かったまではよかったのだが、年寄りに重労働はなんたらと言いがかりをつけて一時間と続かなかった。発破をかけるラビ叶わずブックマンはリタイアを宣言した。さらには隣で茶を啜る始末である。これではやる気も削がれると、一言文句を言って散歩に出ることにした。

食堂、談話室、医務室と記憶した通路を確認しながら歩く。さすが教団本部といったところだろうか。広い敷地にこの人数、申し分ない。文句を付けるならエクソシストが少ないことと、自室が少し狭いことだろうか。まあ、後者はあんなに本を積んだ自分が悪いのだが。

昼寝でもしようとラビは中庭に出る。朝から自室に籠りっぱなしだったためか異常に風が気持ちよく感じた。試しに屈伸してみると関節が悲鳴を上げる。ああ、やっと羽を伸ばせると彼は空を仰いだ。黄と緑の葉がひらひらと舞う。もう夏も終わりかと彼は少し残念に思った。

「ん?」

芝生に寝転ぼうとした時である。ラビは建物の陰に消えた銀色の長い髪を見た。女?この男臭い教団では珍しい。もしかしたらここのナースだろうか。しかしそれにしては不自然な気がした。暇潰しにと後を追ってみると、目当ての人物はすぐに見つかった。壁に左手を付き、座り込んでいる。肩は上下に大きく揺れ、時たま聞こえる息遣いは苦しそうだ。怪我人だと直ぐ様駆け寄る。

「おい!大丈夫か!?」

肩を支えてやると、徐にこちらに視線が向く。目が合った瞬間、ラビははっとした。彼女には見覚えがあった。忘れるはずがない。初任務、瀕死の男に最後まで寄り添っていた少女であった。 青白いとはこれを言うのではないかというほど白い肌。元々肌が白いせいか頭に巻かれた包帯や頬のガーゼと変わらない色に見えた。また、壁を触れていない反対の手は腹部に添えられていることから、頭の傷よりも重症だろうと推測する。

「早く医務室に行くさ!俺が連れてってやるから」

取り敢えず体重を預けるよう言い、抱き抱える準備をするが彼女は首を振った。そして苦しそうに大丈夫だ、と告げる。ラビは一瞬戸惑うが、それでも引き下がらない。たった一週間しか経っていない傷創、塞がっていないに決まっている。最低一ヶ月は安静ではないのだろうか。だが、彼女も頑固だった。

「少し休めば、動けるから、」

「そんなこと言うなら、無理矢理にでも連れてくさ!」

半分脅しであった。彼女は少し困惑の色を瞳に宿すと視線を彼から足元に移した。ラビも習って瞳をそちらに向ける。そこには控えめに転がった花束があった。


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