ランプも消して、月明かりをカーテンで隠して、ベッドに身を沈めた。すると暫くして、申し訳なさそうに叩かれるノックと、罰が悪そうな声が聞こえる。

「…レティ」

「…眠れないの?」

その質問に押し黙ってしまう影。しょうがないなぁと呟くと、ベッドのシーツを少し捲る。

「おいで」

直ぐに嬉しそうな声と近付く足音。おずおずとベッドに片足を入れる彼。回を重ねても遠慮がちな様子にちょっとした加虐心が湧いた。シーツの端を掴んで広げ、避けられない速度で彼を包み込む。わっと声を上げる彼に構わず、密着するように向き合う形で引き寄せると、突然のことに驚愕したのか体を硬直させてしまった。それがなんだか可愛い。数分してもぞもぞと動き出す塊。

「…レティ、これはちょっと、なんていうか、すごく恥ずかしい、です…」

途切れ途切れに耳の横で響く声に、尚更彼を近くに感じる。きっと明かりを付けたなら、真っ赤な林檎みたいな顔が見れるのだろう、と笑わずにはいられなかった。ああ、なんて愛しい。きっともう少ししたら、規則正しい寝息が聞こえる。彼女はこの時間が一番好きだった。微睡む意識の中、同じ石鹸の匂いと他者の体温を感じて眠る。時折、彼が寝返りをうったりなんかして、そして朝がやってきて、おはようと笑う。なんて幸福な時なのだろう。いつか叶わなくなってしまう時まで、どうか、もう少しこのまま…

「おやすみ、」

アレン…


むせびないた記憶よ





「…、 レティ、 レティ 」

名前を呼ぶ声と揺さぶられる感覚で目を冷ます。寝起きで掠れているであろう声で、また来たのと口を開きかけたがすぐに詰むんだ。彼がここにいるはずがない。では、と覚醒しきれていない頭で考えると答えは自ずと出てきた。この教団で夜中に部屋に訪れる人物に心当たりがある。

「ねぇ、見つからないように早起きして帰るから、一緒に寝てもいい?」

彼女が反応を示さないのを見かねてか、もう一度声を掛ける。彼女は何も言わない代わりに、そっとシーツを捲った。すると、直ぐ潜り込み抱きついてくる様に、ああ、違うなと思いながらも彼に重ねてしまう自分に気付く。そしてこの似た感覚を先ほどまで味わっていたような錯覚に陥った。どこか、遠い昔の懐かしい夢を見た気がする。

「…ルイス、怖い夢でも見たの?」

彼女の優しい声にもぞもぞと身を丸める。伝えようとするが、戸惑い、口を閉じる。それを何度か繰り返した後、意を決したように彼女に告げた。

「…エドガーが何度も僕の前で死ぬ」

あの惨劇を思い出したのか、小刻みに震える体を彼は自分の腕で抱き締める。響く銃声、耳を劈く悲鳴、耳を塞いでも隙間から入り込む死んで逝くものものの音。噎せるほど充満する鉄の匂い。頬に流れる温かな血、抉られ露出して湿る冷たい土、散りゆく血肉、白が剥き出しの瞳、転がる頭部、腕または脚、人間であった肉の塊。どこを見ても逃げ場などない、死が間近にある場所。その最中、ルイスはエドガーが倒れるのを一番身近で見てしまった。腹部から溢れる血を涙でぐちゃぐちゃな視界で確認して、両手で抑えるが止まらない。なんで、なんでとそれしか繰り返さない彼にエドガーは、怪我はないかと言ったきり弱っていったという。ルイスはずっと忘れられないのだ。目を瞑れば、何度も彼が繰り返す。怪我はないか、と。

「僕も、いつかああなるの?」

すがる腕、肩に顔を埋める彼。泣いているのか、肩から鎖骨に生暖かな雫が流れ落ちるのを感じた。彼女は彼の頭を何度も撫でてやる。すると、少しして嗚呼が聞こえてきた。

「大丈夫、そんなことさせない」

鼻を啜る彼は今年十歳になったばかりだ。エクソシストといっても、まだ幼い。どうして、こんな戦場に赴かなければいけないのだろう。彼女にすがる姿は家を恋しがり、母親を求める、どこにでもいる普通の男の子だった。


next