窓を開ければ清々しい空気が部屋を駆け抜け、ここの主であったレティは今更ながら部屋が埃臭かったことに気付く。振り返れば、簡易ベッドと備え付けのタンスが寂しげに佇んでいるように見えた。思い入れがあるほど長く滞在していなかったが、過ごした面影が消えた部屋には少し郷愁を覚える。さてと、とキャリーケースを引っ張るとレティはこの部屋を後にした。目指すはそう離れていない二つ先の部屋である。恐らくはまだ主は不在であろうと踏んだ彼女はノックも御座なりにドアノブに手を掛けた。
部屋を見渡すと空のウォッカやフラスコ、何らかの文献などが散乱していた。綺麗に整頓されたベッドは主が長らく帰ってきていないことを語っている。ああ、変わらないなとレティは小さく笑みを溢した。きっともう立ち入ることもないだろう、我が師匠の書斎。何度となく机の引き出しやファイルを漁ったが、ここには彼女の一番欲するものはなかった。だから彼に思い切って聞いたのだ。
彼女がここを出ていかなければならない理由は、数日前、久々に帰ってきたクロスに「お前もう本部に帰れ」とお払い箱にされたからである。大方、この前のアレンの件が関係しているのは瞬時に察知したし、同時にどうしても嗅ぎつけられたくない案件なのだな、と理解した。結果として、遠かれ近かれ追い出されるだろうと思っていたのだが、こんなに早いとは。聞けば、教団には既に手紙を送っており、今すぐ頼みたい案件があるとか。そんなに私は邪魔か、と深く溜息を吐いた。
「…バカ師匠」
挨拶できないならせめてと書いた手紙を資料の散乱した机に置く。もう二度とここには戻ってくることはないだろう。
◇◇◇
「レティ!」
キャリーケースを片手に階段を降りきった頃だった。上から聞こえた自分を呼ぶ声にしまったと顔を顰める。彼だけには秘密裏に出ていくつもりでいたのだ。
「...アレン」
振り返ると肩で息をする彼がいた。彼は息も整えぬままに捲し立てる。
「どこに行くんですか?部屋も綺麗に片付けて、そんな荷物を持って、」
まさか、と続ける彼にアレンともう一度宥める。いつかはこうなることはわかっていたのだ。覚悟は決めていたつもりだったが、本人を目の前にするとどうも戸惑ってしまう。どうやら、アレンという少年にはとことん甘いらしいとレティは笑い半分困り果てた。
「師匠に追い出されちゃった」
その言葉に顔を伏せてしまうアレン。彼女はこれに弱いのだ。最後に折れるのはいつも彼女の方であった。でも、と続ける彼にその先は言わせまいと彼女は人差し指に指していたリングを彼の手に握らせる。
「!これ、は…」
彼女は焦ったように顔を上げたのを確認して、彼の額に唇を寄せた。
「おまじない」
先ほどの暗い表情から、打って変わって困惑する様に小さく笑う。
「アレンのこと、教団で先に待ってるね」
だから、さよならじゃないよ、と優しく微笑む彼女に彼は小さく口を噤んだ。
それから彼女は一度も振り返らずに、三年間彼と共にした家を後にした。
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部屋を見渡すと空のウォッカやフラスコ、何らかの文献などが散乱していた。綺麗に整頓されたベッドは主が長らく帰ってきていないことを語っている。ああ、変わらないなとレティは小さく笑みを溢した。きっともう立ち入ることもないだろう、我が師匠の書斎。何度となく机の引き出しやファイルを漁ったが、ここには彼女の一番欲するものはなかった。だから彼に思い切って聞いたのだ。
彼女がここを出ていかなければならない理由は、数日前、久々に帰ってきたクロスに「お前もう本部に帰れ」とお払い箱にされたからである。大方、この前のアレンの件が関係しているのは瞬時に察知したし、同時にどうしても嗅ぎつけられたくない案件なのだな、と理解した。結果として、遠かれ近かれ追い出されるだろうと思っていたのだが、こんなに早いとは。聞けば、教団には既に手紙を送っており、今すぐ頼みたい案件があるとか。そんなに私は邪魔か、と深く溜息を吐いた。
「…バカ師匠」
挨拶できないならせめてと書いた手紙を資料の散乱した机に置く。もう二度とここには戻ってくることはないだろう。
◇◇◇
「レティ!」
キャリーケースを片手に階段を降りきった頃だった。上から聞こえた自分を呼ぶ声にしまったと顔を顰める。彼だけには秘密裏に出ていくつもりでいたのだ。
「...アレン」
振り返ると肩で息をする彼がいた。彼は息も整えぬままに捲し立てる。
「どこに行くんですか?部屋も綺麗に片付けて、そんな荷物を持って、」
まさか、と続ける彼にアレンともう一度宥める。いつかはこうなることはわかっていたのだ。覚悟は決めていたつもりだったが、本人を目の前にするとどうも戸惑ってしまう。どうやら、アレンという少年にはとことん甘いらしいとレティは笑い半分困り果てた。
「師匠に追い出されちゃった」
その言葉に顔を伏せてしまうアレン。彼女はこれに弱いのだ。最後に折れるのはいつも彼女の方であった。でも、と続ける彼にその先は言わせまいと彼女は人差し指に指していたリングを彼の手に握らせる。
「!これ、は…」
彼女は焦ったように顔を上げたのを確認して、彼の額に唇を寄せた。
「おまじない」
先ほどの暗い表情から、打って変わって困惑する様に小さく笑う。
「アレンのこと、教団で先に待ってるね」
だから、さよならじゃないよ、と優しく微笑む彼女に彼は小さく口を噤んだ。
それから彼女は一度も振り返らずに、三年間彼と共にした家を後にした。
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