まだ夜も明けぬ頃、黒の教団エクソシスト元帥兼導師であるクロス・マリアンは一人頭を抱えていた。起き上がった反動であまり上質ではないだろうベッドが悲鳴を上げ、隣で寝ている女が身動ぎをする。先日飲み屋で知り合った金髪の中々の上玉である。だが、彼の脳内に存在するのは昨晩愛を呟きあったこの女ではなかった。頭を抱える程の悩みの種は、彼の愛弟子であるレティにある。彼は脱ぎ捨てたコートのポケットから煙草を取りだし火を付ける。あれは記憶に新しい、つい昨日の彼女の発言から始まった。

「14番目とは何のことですか」

その時のクロスは一瞬、耳を疑った。こいつ、今何と言った?目の前の少女を見遣る。まだ幼さの残る容姿、だが瞳には一切迷いがなく強い意思が宿っていた。久しぶりに顔をまじまじと見た気がする、と彼は現状とは的外れなことを思った。出会った頃の彼女はまるで大きな体で生まれてきた赤子のようだった。光を反射して煌めく瞳は、何の感情も映さず、じっとクロスを見つめている。彼はその容姿を見て、こいつは将来絶世の美女になるに違いない、と呑気な事を考えていたとか。実際その予想は当たったのだが。動揺を隠すためかはたまた現実逃避のつもりか昔を懐古している自分に嫌気が差す。 そして直ぐ様思慮した。いつから気付いていた?こいつを連れ添ってから、一度もそれらの情報は口にしていないはず。いや、待てよ。と彼は思い当たる節があるのか口元を手で隠した。確か、マザーにアレンを匿ってもらってから数週間後のある会話の内容を思い出す。当時、 レティには薬草を採ってこいと言って家から追い出したはずだったのだが、どういう訳か聞き耳を立てていたらしい。 クロスはこの時ばかりは自分の失態に舌打ちをした。

「最初からいい答えが聞けるとは思ってません、ただあまりにも胸騒ぎがして」

「...気のせいだろ」

レティの真剣な表情を視界の隅に捉え、この場をどうやって切り抜けるか、クロスは念慮していた。彼女相手に適当に誤魔化せるとは思っておらず、年の割に頭が切れることはこの数年間一番近くにいた自分が重々承知している。下手な嘘は逆に不信感を産む。それに加え、アレンが絡むとなるとさらに厄介であるということも。

互いに孤児ということが幸いしたのか、元々の性格なのかレティはアレンを実の肉親のように可愛がった。アレンが塞ぎこんでいる時は自ら側にいてやっていたし、食事だって用意してあげていた。眠れないと震えるときは一緒に寝てやったこともあったらしい。アレンも彼女に随分となつき、一時期はおまえらできてんのかと勘違いする程離れなかった。 面倒を見てくれたレティには感謝している。だが、それとこれは別の話だ。

「お前には関係ねぇことだ、ガキは糞してさっさと寝ろ」

野良にするように手で払うと、むっとした表情になるも食い下がる気配はない。彼女も、もう最後の手段といったところだろう。こそこそと何やら調査していたのは知っていた。だがクロスも易々と情報を渡してやる義理もない。それにいくら探ったとしても尻尾も掴めないと分かっていた。

「アレンを、どうこうしようとは、考えてないですよね?」

彼女の瞳に写るのは不安の色。疑問というより懇願に近い。そして気付く。彼女が一番知りたいのは14番目のことではない、アレンの運命だということに。また同時に後悔した。ああ、厄介なやつを弟子にしちまったと。

クロスは短くなった煙草を灰皿に押し潰すと、コートを拾いその場を後にした。


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