火照る爪先
オニランドイベント後


 ――色とりどりの煌めきがレザーに反射して闇夜に溶け入りそうな彼の姿を、これ以上ないほど克明に映し出していた。


 何度思い返してみてもため息が出てしまう、と目を伏せる。
 色鮮やかなパレードのイルミネーション。いかにも楽しげで、賑やかで、つい心を踊らせてしまうような愉快な電子音が並ぶミュージック。それを少し離れたところから遠鳴りに聞きながら、私たちは鬼王朱裸との決戦に臨んでいた。ビリーはこのパーティーのメインアタッカーであり、いざ目の前に聳え立つ鬼の巨躯を見ても「なかなかやり甲斐のありそうなやつじゃないか」と瞳を輝かせていて――私はこの楽しそうな目を見るのがとにかく好きだった――、いざ決戦の火蓋が切られても双眸を爛々とさせたまま、例の、彼にしか出来ない早撃ちで以て鬼王の土手っ腹とその心臓とに弾丸を撃ち込んでくれたのだけれど。
 それがとにかく、綺麗だったのだ。
 そんなことを戦闘中に考えるべきではないと、その時は必死に振り払った思考がオニランドから帰った今になって蘇ってくる。軽快なパレードの音楽には決して似つかわしくはない銃声の響く戦場に在って、彼の姿は心の底から綺麗だ、精悍だと感じた。感じてしまった。

 ビリーが身にまとう黒いレザーに、近づいてきたパレードの電飾が映り込んでうっすらと色が映る。LEDを反射した籠手がきらきらと明滅して、その輪郭を仄暗い闇の中にはっきり現して。極め付けには、「見ていてくれたかい」と振り返った彼の、ブルーグレーの内にさえ、その煌めきは入り込んでいたのである。
 美しく、同時にひどく格好が良い。並べ立てると実に陳腐で単純な言葉になってしまうのが惜しいが、それでも今の私には――彼の持つ新しい魅力に当てられてしまった私には、精一杯の表現だ。ぽうっと見惚れて反応の遅れた私に、ビリーは少し怪訝そうに顔をしかめて「おーい、起きてるかい?マスター?」と目の前で手を振った。そこでようやくはっとして、「あ、ごめん、めっちゃ見てたよ、」ありがとう、お疲れ様、と声を発して、でもやはり見惚れていたなどというのはあまりに不謹慎で、何より気恥ずかしかったから、それ以上は何も言わずにおいた。

 けれどやっぱり口を滑らせてしまった方が楽だったかしらと、何度も繰り返しあの時の光景を思い出してはため息を吐いてしまう。こうも頭の中にはっきりと刻み込まれてそこから離れられないのには、彼を「綺麗だ」などと思うのが初めてであったというのも理由の一つであるように思われた。
 ビリーはどちらかというと可愛らしい少年とか――こんなことを言うのは何だけれど――親しみやすい同級生といった雰囲気で、もちろん鋭利で悪辣なまでの格好良さを見せることもあるけれど、やはり「綺麗」とは少し違っていた。だからきっとそのせいで何度も反芻しては、やっぱり綺麗だった、格好良かったと目を伏せてしまうのだろうけど――……
「瞑想かい?」
「うわ⁉」
 がたん、と咄嗟に椅子を引いてしまった。「そんなに驚かなくたって良いじゃないか」とからから笑いながら、思考への闖入者たるビリーは隣に腰を下ろして、「何を考えていたの?」と頬杖をついた。少し悪戯好きそうなにんまりした笑顔が随分さまになっている。ビリーのことを考えていましたなどと話すのは、とてもじゃないが照れ臭くてできそうにないのだけれど、この分だともしかしたら薄々勘付かれているかもしれない。彼の勘の鋭さ――あるいは観察眼――は決して伊達ではないのだ。

「何を、と言いますと、そんな大したことじゃないんだけど、」
「ふぅん……?なんだか惚けてるみたいだったから、どんな素敵なことを考えてるのかなってちょっと気になったんだけど、そっか、大したことじゃないんだ」
 へえ、ともの言いたげな相槌を打つ彼に「惚けて……?」と呟いてしまう。
「うん。なんだか夢でも見てるみたいだったぜ、さっきの君」
 あんな顔初めて見たからちょっと驚いちゃった、と口にして彼は薄い笑みを浮かべた。
 惚けているだとか夢を見ているようだったとかそんな風に言われると、何やらより一層羞恥が加速するようだった。マシュやダ・ヴィンチちゃんに言われるより、ずっと奥深いところまで突き刺さる。何しろ彼は、その『瞑想』の核となっている人物だ。そんな人から心ここに在らずといった風だったなどと言われてしまうのは、……ちょっと耐えられない。
 じわ、とうなじのあたりに熱が宿る。何となくビリーの顔を見ているのが照れ臭くなってそうっと視線を逸らした。何と答えたら良いのだろう。素直に、馬鹿正直に、「ビリーのこと考えてた」と白状するには些か勇気が足りない。ちょっと豪華で美味しいスイーツに思いを巡らせていたことにしてしまおうかしら、――食い意地が張っていると思われてしまうかもしれないけれど――……
「好きなやつでもできたのかと思った」
 好きなやつ。
 と、唐突に降ってきたその言葉を心の中で繰り返した瞬間、ぶわりと全身が火照ったように熱を持って、思わず「そんなんじゃないよ!」と声をあげてしまった。ビリーのことは無論好きだけど、それはいわば友愛であって決して――否、おそらく、恋などではないのだ。きっとそうなのだ。突然発してしまった大声にこちらを振り向いた彼が「どうしたのマスター、顔があか、……えっ本当に?」と驚く声が遠鳴りのように聞こえて。
「……本当にそんなんじゃないよ」
 と発したせりふは、我ながらどうかと思うほど情けなく震えていた。




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