たまに
すっごく嫌いになれる
夢主≠マスター



 捻くれていて可愛くない。
 それが周りから見た私の総評だ。行く先々で、もっと素直になればいいのにとそんな言葉を投げかけられてきた。それに対して「そんな簡単に素直になれるならもうとっくに素直で可愛い人になっている」と返したくなったことも、一度や二度ではない。たぶん、こういうところが可愛くないのだろうな、と自分でもそう思う。
 素直になるというのは、存外難しい。この偏屈は生まれついて持った性質の一つだ。三つ子の魂百までという言葉もある。昔から子供らしくない子供で、言葉の受け取り方も考え方もねじ曲がっていたのだから、それをどれだけ取り繕って素直ぶろうとしても難しいものがあるのは火を見るよりも明らかだった。
 しかし最近、ただ一人だけ私を可愛いと言う人が現れた。数週間前、藤丸立香の――カルデアの、途方もない人理修復の旅の仲間として新たに加わったばかりのサーヴァントこそがその人だった。ふわふわと柔らかな金髪に、少しくすんだネイビーグレーの双眸。華奢な体躯に腰から下げたコルトM1877。真名を聞くまでもなく、あぁあの人なのかなと考えつくような風貌の彼は、気さくに挨拶を交わしあれよあれよという間にカルデアの空気に馴染んで、時には小さな集団の中心で楽しげに話をしていることもあった。そんな彼――ビリーがどうして私に目をつけたのか、その理由は今もまだはっきりしていない。
 以前、私に構って何が面白いんですかと尋ねたら、
「うーん……強いて言うならそうやって強がってるあたりかな」
 とどこまで本気なのかわからない答えが返ってきたくらいだ。

 彼は生前から大層な人気者であったと聞く。どこへ行ってもあっという間に友人ができるタイプの人間。なんとなく華があって――彼の場合は愛嬌だろうか、とにかく人を惹きつける魅力だ――、でも気取っていなくて明るくて。お世辞にも華があるとは言いがたくまして明るいとも言えない私には、少し眩しいくらいの印象だった。多少憧れはするけど、素直に好きにはなれない。こうはなれないと分かっているが故の僻みだ。そういうところも、可愛くない。分かっている。

「君は可愛いと思うけどな」
「どこが可愛いんですか」

 カルデア内に設置された談話室で、私は今日もまた彼に絡まれて……いや、話しかけられていた。
 コーヒー片手に繰り広げられる私たちの会話は大体堂々巡りだ。彼が何か私を持ち上げるようなことを言って――容姿を褒めたり仕事ぶりをねぎらったりそれは様々だった――、私がつい突っぱねるようなことを言ってしまう。普通はそこで気分を害した顔になって――当たり前だ、これは私が悪い――どこかへ行ってしまったりするのだけれど、ビリーは不機嫌な顔になることもなく「また可愛くないこと言って」と言いながらその場に留まっている。そうすると私のほうはまた奇妙な不可思議な意地を張ってしまって「可愛くなくていい」だの「可愛くないことくらい知ってる」だの、これっぽっちの可愛げもないことを言ってしまうのだ。彼は大抵そこで小さく笑って、「やっぱり可愛いや」とほんの少し甘い顔をするのである。それをまた私が否定して、彼が被せて。その繰り返しになることがざらだった。
 今日もそういう風になるのだろう。何だって彼は私にかまうのだろう、ここにはもっと綺麗な女の子も可愛い女の子もいて、ずっと楽しく話せる魅力的な人がたくさんいるはずなのにと不思議に思いながら彼の返しを待っていると、ビリーは「そうだな」と小さく言って、ちらりと私を見やった。

「可愛くなくていいって言うくせに、可愛くないことで悩んでるし、言われ慣れてるって顔してるけど本当は全然慣れてないだろ。今なんか、なんでこいつは自分に話しかけるんだろうって顔してた」
「……それ可愛いんですか。ていうか分かってるのになんで話しかけてくるんです?」
「そんな顔するけど君は僕を無視したり拒んだりしないだろ。何だかんだで僕の話を聞いてくれるし、必要なら返事だってしてくれる」

 君は確かに捻くれてるしつっけんどんで可愛くないけど、と彼はそう言って淹れたばかりの熱いコーヒーを一口飲んだ。
「熱っ……」
「そりゃそんなに湯気出てるんですから熱いでしょ」
「ごもっとも」
「何か冷やすもの持ってきましょうか、」
 こう言って腰を浮かすと、ビリーはいいやと首を振って「そんなに大したものじゃないから。気持ちだけってやつ?」ありがとう、と端的に礼を述べ、
「……今だって僕を心配した。放っておくことだってできるのに」
 と薄く微笑んだ。冬の海のような色合いの瞳に柔らかな光がきらめいて、とろりとした温かさが奥底に宿る。
 彼はしばしば私を柔らかく、どこか甘い瞳で見つめることがあった。ビリーがそんな目をして私を見つめる意図は、よくわからない。聞いていいものかどうかわからなくて尋ねていなかったのだ。少しむずむずするけれど居心地が悪くなったり不愉快であったりする訳ではないから放っておいている、と言ったほうが正しいかもしれない。

「つっけんどんだけど全然冷たいって訳でもない。意外と考えてることも顔に出てるし――それが明るいものばかりって訳じゃないけど、捻くれてて素直じゃないって言う割には、素直だって思うよ」

 僕には君が、とても可愛い女の子に見える、と彼は一層笑みを深くして、またコーヒーを啜った。
「……それがビリーの口説き方ですか」
「ほら、またそんな風に言って」
 そう言われても上手い返し方などわからなかった。これほど可愛いと絶賛されたことは、人生に一度あるかないかだ。おそらくだが今までに一度もなかったように思う。あるいは生まれて間もない赤ん坊の頃だろうか。どちらにせよ、素直だと言われたことも可愛いと言われたこともない私には、彼の口が淀みなく紡いだお世辞だとしてもある意味ではひどく堪えた。気分は悪くない。一体何を考えているのだろうと穿って考えてしまうくらいで、けして不快ではないが、それでもだんだん居心地が悪くなってくる。なんとなく胸の底がむずむずとしてくるのだ。

「ちょっと照れてる?……可愛いね、名前さん」

 ふっと一際甘く――これは掛け値なしに甘かった――まるで恋人にでも見せるような顔で笑って、ビリーはこちらに腕を伸ばし、そして髪の一筋にさえ触れることなく曖昧に微笑んでそれを下ろした。許可なく触るようなことはしない、ということだろうか。意外と言うべきか否か、何やら紳士的な一面も持ち合わせているらしい。もし彼がもっと軽薄で、軽率に触れるような人物であったなら一体どうなっていたのだろうと考えて、慌てて浮かれた想像を振り払う。そんなことになるだなんて有り得なかった。私の性格からしても、私たちが置かれた状況からしても。

「照れてないし、可愛くもないです。話はおしまいですか?」

 じわ、とうなじの辺りに宿った熱に素知らぬふりをしながら放った声は今までの中でも極めて尖ったものだった。それこそ、ここまで刺々しくものを言われたら、もう二度と話しかけるまいと感じてしまいそうなくらいには。しかし彼はなんてことないように人好きのする笑みを浮かべ、うん、と頷く。
「やっぱり君は可愛いよ。僕なんかよりずっと素直だ」
 どこが彼より素直なのだろうと睨みつけるようにした私を、ビリーは一切咎めなかった。代わりにふ、と息だけで笑ってマグカップを片手に立ち上がり、
「下手な嘘だね。顔が真っ赤になってるぜ」
 とひらりと手を振って、それきりだった。




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