/ / /

※ビリーくんがお化粧しています



 ビリーが化粧していることに気づいたのは、彼と付き合うようになった後だった。彼の部屋に泊まりがけになった日、間接照明に照らされた彼の目元が、何となく普段と違っているように見えて不思議だなと思った翌朝のことである。ビリーは私より遅くに寝たはずなのに、睡眠を必要としないサーヴァントの身体故か、あるいは元来ショートスリーパーなのか、私が起きるより早くに目覚めて、シャワーを浴びて、身支度を整えていた。
 私が起きた時、ビリーは黒い鏡台の前で前髪を細く小さなピンで分けて何やらごそごそと手を動かしていた。彼の右手には、私にはよく見慣れた形の、小さなケースが握られていて、それが何であるか理解した瞬間、元より身なりに気を遣う伊達男だった彼の、「整った身だしなみ」というものが如何程のものであるかと驚嘆の声をあげてしまった。それはビリーの耳にも届き、彼はびくりと肩を震わせて「やあ、起きてたの。おはよう」と私を振り返ったのだけれど、その瞼がうっすらと——本当にうっすらとピーチに色づいているのを見て、いよいよそれを確信した。おはよう、と私も返して身体にシーツを巻きつけながら、鏡台の前の彼の元へ向かう。

「ビリー、化粧してたんだ」
「え?あぁ、うん、ちょっとね」
「昔から?」

 そう尋ねると彼は一瞬キョトンと目を丸くして、次いで耐えきれなかったというように吹き出した。「まさか!」とからから笑う彼に、じゃあいつからと問いを重ねると「カルデアに来てからだよ」と返答があって。
「こうした方が顔色が良く見えるんじゃないかと思ってね。何もしないよりはいいかなって」
「へえ、……」
「自分の男が化粧してるってのは嫌かい?」
「ううん」
 嫌じゃないよ、と返して薬指にアイシャドウを取る彼を眺める。
 驚いたけれど、彼の化粧を嫌だとは思わなかった。女々しい、というような感情もない。ただ彼は化粧をしているようには思われなかったし——実際、彼が瞼に乗せたシャドウは薄付きで少量だ——、何となくメイクをしているのが意外だっただけだ。
 ビリーはそっと指を瞼に滑らせて軽く目尻を囲うように色を乗せ、曙色だけ残量を減らしたアイシャドウをぱちんと閉じた。そうして見慣れたメンソレータムのリップクリームをくちびるにひと塗りして私を振り向き、「嫌じゃないならよかった」と笑って、今度は引き出しの中から整髪料を取り出して軽く髪を整えたのちに立ち上がった。
「僕の支度は済んだから、今度は君の番。まずはシャワーを浴びておいでよ」
 着替えは僕が持っていって置いておくからと柔く微笑んだ彼に絆されて、うんと頷いてシャワールームに向けて踵を返す。「頼んだら髪乾かしてくれる?」と問うた私に、後ろで「それはもちろん」と朗らかな返答が舞っていた。




title:icca