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 この日はいつも以上に気を遣う。朝鏡の中の自分を睨みつけて、寝癖がついていないか、シーツや毛布の跡がついていないかを確認して、顔を綺麗に洗う。きちんと保湿クリームを塗ることも忘れずに、髪型を整えて部屋に戻る。シャツの皺はきちんとアイロンで伸ばして昨日からハンガーに掛けてある。一度霊体になって戻れば、服の皺も汚れも綺麗に落ちるのだけれど、それは何となく感じが出ないから今日と昨日ばかりはそれをせず、洗濯機に洗剤と一緒に入れて、乾燥機にかけて、わざわざアイロン台を持ち出してきてアイロンにかけるのだ。
 服を着る前に腰にコロンを一吹きする。バニラとムスクの甘さが混じり合った重めの香水は、彼女お気に入りの匂いだった。「いい匂いがする」と照れたように笑う顔は、いつもよりもちょっと可愛い。
 シャツにネクタイを締めて、ベストとジャケットを羽織る。籠手は――今日はいいか。今日は一年に一度の特別な日だからときちんと畏まっているのもいいかもしれないけれど、少し抜けているくらいの方が僕と彼女に似合いだ。
 最後に鏡で全身をチェックして何も問題がないかだけ確認する。おかしいところはどこにもない。シミや汚れがついているだなんてこともないし、目脂がついているとかいうこともない。うん、と一つ頷いて、にっと口角を釣り上げる。笑顔よし。彼女が「大好き」だといういつもの僕の笑顔だ。
 問題なしと判断して部屋を出る。向かうのは他でもない彼女の部屋だ。今頃きっと支度をして僕がくるのを待っている。僕は彼女の部屋を訪ねて、こう言うのだ。
「ハッピーニューイヤー、マスター!」