「お側にいられるだけでいいはずでした」
後ろには私の主人。
目の前には私が殺すべき人間。
殺さなければ、
殺そうとしなければ、
殺されるのは
私。
「ごめんなさい…。憎んでも恨んでもいいから…」
死んでください。
小さく呟いた声が崩れゆく彼に届いたのかは定かではない。
明確なのは目の前にいた彼はもう息をしていないということと、主人の高笑いが耳障りなこと、ただそれだけだった。
何のために殺さなくてはならなかったのかなんてわからない。
知る権利もなければ知る必要もないのだ。
『一番使える戦闘用奴隷』としての待遇。
決して『人』として扱われているわけではなかったけれど、他の『使えない戦闘用奴隷』より幾分かマシな扱い。
あの頃の私は今にも逃げ出したいそんな状況の中、人を殺していた。
でも
そんな日々に終わりの鐘を鳴らした者がいた。
私が殺した男の死体を見下ろしていると、後ろにいた主人は息を呑み、私の名前を疾呼した。
何の用かと振り向いた時にはすでに遅く、主人は軍服を着た男に刀で心臓を貫かれていた。
冷たい地面に倒れた主人は白目を向いて死んでいる。
目の前の銀色の髪の男に視線をやると、その冷たい眼差しは私を静かに見つめていた。
驚愕した。
いくつもの実践を積んできた私に気配一つ気づかせないほどの実力の持ち主に。
そしてその私を貫くほどの冷たい視線に。
実践慣れしているはずの私はその威圧に指一本動かせない。
殺すか殺されるかの世界だ。私は確実に殺される、と息を呑んだ。
「少し遅かったか…。」
私が殺した男を一瞥すると、また私に目を向けた。
「聞き出したいことがまだあったが…口封じに殺されるとはな。……お前が殺したのか。」
ノドが張り付いて声をだそうにもだせない。
銀色の髪の男は私の前まで距離を縮めてきた。
「お前が殺したのかと聞いている。」
「……は、い…。わ、たしが…殺しました。」
殺されるかも知れないという恐怖の中、どうにか声を絞り出せた。
「……お前の主人は私が殺した。主人がいなくなった今お前は自由だ。」
「…!」
「だが身よりも何もないお前が飢え死にすることなど目に見えている。」
自由という二文字に喜びを感じたのも束の間だった。
『飢え死に』という言葉は私に重くのしかかる。
「…私はお前を利用する。それでもいいと思うのならば、私についてくればいい。」
何を言っているのだろうかと、教養のない私には一瞬この人が何を言っているのかわからなかった。
私を引き取るとでもいうのだろうか。
軍人であるこの男が、戦闘用奴隷の私を??
しばらく黙ってその手を眺めていたが、彼は痺れを切らしたのかその手を引いてしまった。
踵を返した彼の背中を見つめた。
自由は欲しい。
けれど、死ぬなんてまっぴらだと思う。
人を殺すことによってでしか生を得られない私の言うセリフではないだろう。
だけれど、殺されそうになるときの、死にそうになるときのあの恐怖感より、彼の手を取ったほうがマシだと思った。
そう思ったのと同時だったか、いや、それとももっと早かったのか、私の体は無意識のうちに彼の服を掴んだ。
呼び止める名前なんて知らない。
奴隷が主人の服に触るなんて許しはされないことだったけれど、子供のように服を掴んでしまっていたのだ。
「なるほど、理解と判断能力は遅いようだが馬鹿ではないということか。」
私は自由を自分の手で逃がした。
生きるためなら、自由なんていらないと…
「お前の未来は私がもらう。」
「…はい。」
静寂の中、静かに響いた言葉に私は静かに身を委ねた。
「ひゃぁ?!ク、クロユリ中佐!そんなところで寝ないでください!!落ちますよ!!」
窓に寄りかかって眠ろうとするクロユリ中佐に駆け寄る。
だが、クロユリ中佐はここが一番陽が当たって気持ちいいんだもん。と口を尖らせた。
「ダメですよ!落ちたらシャレになりません!」
「え〜その時は名前が助けてよ。」
「そんな反射神経は持ち合わせていませんので!」
もうっ!と腰に手を当ててクロユリ中佐をイスに座らせれば、アヤナミ様のほうからクスクスと笑い声が聞こえた。
もちろん、アヤナミ様がそんな風に笑うわけがなくて、
「ヒュウガ少佐、何で笑ってるんですか?!少佐もお仕事してください!あぁ、もうコナツさんが死にかけてます!」
「い〜ねぇ〜あだ名たん♪」
「何がいいんですか!」
「表情が豊かになったよね☆」
3年前と比べて♪と笑う少佐。
「…そう、ですね…」
私が銀色の髪の彼、アヤナミ様に拾われてから3年ほどの月日が経った。
拾われたあの日からたった1年で教養をつけさせられ、文字を書くこともできなかった私が、こうしてブラックホークのお手伝いに来れるようにまでなったのもすべてアヤナミ様のおかげだ。
もちろん、17年もの空白の教養を教え込むのも覚えるのも簡単ではなかった。
何度あのムチを目の前に出されて脅されたことか…
17年間の奴隷生活、そして、3年目の『人』としての生活。
全てアヤナミ様がくれた。
服も、生も、人として生きていいのだと…行動で示してくれた。
「アヤナミ様、少し休憩とられませんか?先ほどから眉間に皺がよってますよ??私、コーヒー淹れてきますね。」
「あぁ頼む、名前。」
「…はい。」
最初は、
…最初はお側にいられるだけでいいはずでした。
でも、そんなふうに名前を呼ばれるたび、私に別の形で自由をくれるたびに、
この想いは大きくなるばかりで、
たまに、どうしようもなく苦しくなってしまうのです。
- 1 -
back next
index