「貴方はたったひとりの大切なお方です」
ふかふかのベッドはすごく温かくて、
こんなふうにアヤナミ様の腕の中で眠ることに3年もの月日は躊躇いをなくしてくれた。
ただ抱きしめて、抱きしめられて眠るだけ。
ブラックホークの皆に話すと「ありえない!」って笑われた。
「あのアヤナミ様が?!」って。
「そうですよ。」って答えたら、「大切にされているんですね。」って微笑まれてしまった。
はい、すごく大切にしてくださいます。
こうして温もりをくださるんです。
でも、いっそのことすべて奪ってくれればと思うこともあるの。
でも、アヤナミ様は私に口付けをしてもくれない。
所詮は、奴隷と主人なのだと言われているようで…
切ない。
人は欲望に貪欲なのね。
小さくため息を吐いてアヤナミ様の腕に触れた。
「アヤナミ様、おはようございます。朝ですよ。」
「…」
アヤナミ様の眉間に一瞬だけ皺が寄った。
「眠ってはダメですよ!おきてください!」
というか起きてもらわねば困る。
腰に巻きついているアヤナミ様の腕から抜け出そうとしても、しっかりと抱きしめられなおされてさらに起きることができないのが私の状況だ。
バタバタと仕度をするのが好きではないので早めに起きたいのだが…
「アヤナミ様本当に起きてください…」
「……」
この状態だ。
いつになったら仕度がはじめられるのかわかったものではない。
「アヤナミ様、今日は討伐へ行かれる日でしたよね。遅れるわけには行かないではないですか。」
「…あぁ。」
朝特有の掠れた声がやっと聞こえた。
「コーヒーにしますか?紅茶にしますか?」
「…コーヒーで頼む。」
「はい。」
緩められた腕からスルリと抜けてコーヒーを淹れに行く。
その間にアヤナミ様がシャワーを浴びるのは毎日決まってのこと。
朝はお互いに時間がないからコーヒーメーカーだ。
挽かれたコーヒー豆を入れて水を入れてスイッチを押す。
コーヒーメーカーが頑張っている間にベッドを綺麗に直し、アヤナミ様の軍服をソファの上に置き、私は私の軍服を持ってちょうど出てきたバスローブ一枚のアヤナミ様と入れ替わるようにシャワー室に入った。
熱めのお湯を全身に浴びる。
じんわりとその熱が私の肌になじんできた頃、シャワーを止めて軍服に着替えた。
髪を乾かして部屋に戻るとコポコポとコーヒーの香ばしい香りが部屋に立ち込めていた。
できあがっていたコーヒーを二つのカップに注ぎ入れ、すでにイスに座っているアヤナミ様の目の前に置き、私は目の前のイスに座った。
「お待たせしました。」
コーヒーを味わい、とりあえずひと段落したと肩をおろす。
「今日はお一人で任務へ?」
「いや、ヒュウガとコナツを連れて行く。」
「……私も連れて行ってくださいませんか?」
私がそういうとわかっていたのか、アヤナミ様はすぐさま「駄目だ」と首を横にふった。
「お前は私を庇うクセがあるからな。」
「……」
私は貴方に幸せをもらったんです。
傷を負うことくらい私にさせてください。
今なら死んでしまうことだって厭わないんです。
貴方を庇って死ねるなら、それで…
「お願いです、連れて行ってください。」
「前に一度お前を連れて行って後悔したからな。私を庇って死に掛けたなんて今でも笑えたものではない。」
「だって…アヤナミ様に怪我をして帰ってきてほしくないんです。もし連れて行かないのでしたら無理やりにでも…」
「……逆らうつもりか?」
その突き放した言い方に少しだけ膨れ面になる。
「連れて行きたくないなら『来るな』と命令したらいいでしょう?」
自分でも生意気だと思う。
拾われた者の分際で、と。
それでも言ってしまったのはアヤナミ様が私に優しいとどこかで自負しているから。
結局は甘えである。
「では『命令』だと言ったら?」
本当に『命令』されてしまうのだろうか。
寂しいような、悲しいような、そんな顔をしてしまっていたのだろう、俯いた私の頭にアヤナミ様の手がそっと触れた。
「そんな顔をするな。」
「ではせめて次回は連れて行ってくださいね。」
「…。」
守れない約束はしない。とばかりに、アヤナミ様は否定も肯定もしなかったのだった。
カツカツとボールペンの先を無駄に書類にぶつける。
落ちつかない…。
アヤナミ様は本当に私を置いて任地へ赴いてしまった。
『だぁいじょうぶ☆アヤたんは〜、オレがきっちり守ってあげるから、さ♪』だなんてヒュウガ少佐は言っていたけれど…
別に信用していないわけではない。
でも落ち着かないのだ。
「書類はあまり進んでいないようですね。」
ニッコリとカツラギ大佐に微笑まれてしまった。
申し訳ないです。とばかりにうなだれる。
「もうそろそろ戻って来られると思いますが…」
二人して時計を見る。
アヤナミ様たちが任地へ赴いてから10時間近くが経つ。
「心配ですか?」
「…心配です。」
正直に答える。
本当のことだもの。
「素直なことは素敵です。」
だって嘘をつく必要がどこにあるのだろうか。
「人は素直になることができない部分がありますからね。行動にはだせても、言葉には出せない人が大勢います。でも名前さんは違うんですね。」
…いえ。
いえ、カツラギ大佐。
私もその大勢の中の一人です。
私は言えないでいるんです。
アヤナミ様をお慕いしていると。
だから私は素直じゃないんです。
そっと首を横に振ろうとした時、執務室の扉が開いた。
アヤナミ様の姿が見え、喜びに思わず腰を上げた。が、一瞬にして私の顔は青ざめた。
「アヤナミ様!!」
アヤナミ様の左腕から血が流れていた。
急いでアヤナミ様をイスに座らせる。
「どうしたんですか、この傷!」
「ごめんねぇあだ名たん、オレちゃんとアヤたんのこと守ったつもりだったんだけど…」
「少佐!嘘はやめてください!!敵を殺すことに夢中になりすぎて一人でどっか行ってたじゃないですか!」
「コナツ〜、そこはさぁ、黙っておこうよ。」
「名前さんに悪いじゃないですか。…名前さん、ごめんなさい、ボクの不注意でアヤナミ様がボクを庇って怪我を…」
「いえ、大丈夫ですよ。」
「名前、部屋へ戻るぞ。」
「はい。」
二人ベッドに座り、私はアヤナミ様の左腕に包帯を巻いていた。
「アヤナミ様。確か自分で治癒できましたよね?」
「傷が深すぎて途中までしか治癒できなかった。」
どれほど深い傷を負ったんですか、と冷たい目線を送る。
「どうしてこんな無茶をなさるのですか!」
「ついて来なくてよかったと思っただろう?」
「反対です!やはり無理やりにでもついていくべきでした!」
「そしたらこの傷はお前が負っていた。」
「あたりまえです!」
キュッと包帯を締めた。
「できましたよ。」
「すまない。」
「…そうお思いなら連れて行くと言って下さい。」
コテン。とアヤナミ様の胸板におでこをくっつけた。
「それはきけない望みだ。」
そっと怪我をしていない右腕で抱きしめられる。
「アヤナミ様、私にとって貴方はたったひとりの大切なお方です。だから…無理だけは…」
「無理などしていない。」
「いなくなられたら、私は、私は…」
潤んだ瞳を見られまいと目を瞑る。
だが、声が震えて結局は「泣くな」と背中を撫でられてしまった。
「アヤ、ナミ…さま…っ。」
貴方を失えば、私はきっと貴方の後を追うでしょう。
貴方は私にとってかけがえのない人なのです。
私の全てなのです。
だから、
どうか…
どうか…
ずっと側にいてください。
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