猫の声
「う゛…」
私は約2週間ぶりの太陽に目が眩んだ。
風はほんのり温かく、太陽はサンサンと眩しい。
こんな天気のいい日に篭っている私を、同じ職場の友人が外へと放り出したのは10分前。
右手には包帯やら薬品やらがたくさん詰まった紙袋。
これを西の棟の医務室に届けてきて。と追い出されたのだ。
私は主に毎日引きこもって、東の棟で新薬の開発などに携わっているわけなのだが……。
どうやら引きこもりすぎたようだ。
太陽とはこれほどまでに破壊的であっただろうか、とうな垂れる。
肌が光合成している気がする…。
あくまで気がするだけなのだけれど。
正反対である西の棟まで行くには中庭を突っ切っていった方が早いと、中庭に足を踏み入れた。
すると、何処からか『にゃぁ』という泣き声が聞こえた。
「…猫?」
この泣き声から推測するとどうやら猫だ。
特に猫好きというわけでもないけれど、必死に鳴いているような気がして、素通りする気にもなれず、私は猫の声がするほうにつま先を向けた。
ガサガサと茂みを除けならが探すと、大きな木の上にいるのをやっと発見した。
降りれなくなったのだろうか。
手を差し伸べて降りるように促すけれど全く降りてくる気配は無い。
むしろ警戒心むき出しにされているような気がする。
気をよじ登ろうにも、私にはそんな長けた運動神経などない。
ならば筋肉よりは動かすことができる脳を動かすことにした。
棒で突こうにも猫が怪我をしたら可哀想だし、誰か助けを呼びにいく間に猫が木から落ちては元も子もない。
ならば私が出来ることは一つだけ。
こうして声をかけながら、猫の着地地点であろう真下で腕を広げて、落ちてきた時のために待っているだけだ。
「おいでー。危ないよー。」
必死に声をかけていると、「君のネコ?」と背後から声をかけられた。
まさか人が来るとは思っておらず、びっくりして振り向くと、視界の端で同じく驚いたらしい猫が木から落ちた。
「あぁっ!」
声を荒げて急いで手を猫のほうに差し出すと、運よく猫は私の腕の中へ。
良かった、と胸を撫で下ろすと、猫はまだ気分が昂ぶっているのか、私の腕を爪で引っ掻いて噛んだ。
「っ、」
猫を驚かせないようにゆっくりとしゃがみこんで膝の上に乗せる。
噛まれていないほうの手でゆっくり撫でてやると、猫は噛むのを止めてペロペロと傷口を舐めた。
私に敵意がないと悟ったのだろうか。
なんて頭のいい猫。
ゆっくりと撫でてあげると、右の前足に怪我をしているのを見つけた。
降りたくても降りれなかったんだ…と、私は傷口を見る。
赤く血が滲んでいて痛そうだ。
「怪我しているね。」
あ、そういえば人がいたんだったと思い出す。
「そうみたいですね…、」
私の目線に合わせるようにしゃがみこんだ男に見覚えがあった。
確か…ブラックホークのヒュウガ少佐だ。
有名だから引きこもっていた私でも噂は耳にしている。
「あの、あそこの紙袋を取ってもらってもいいですか?」
そう、噂はかねがねだ。
普通の人ならあのブラックホークの少佐を動かすなんて恐れ多いし怖いだろう。
しかし私は普通ではないと自負している。
でなければ仕事仲間が定時で帰っていく中で、2週間も引きこもって新薬の開発なんてしないし。
ヒュウガ少佐は嫌な顔など一つもすることもなく、木の幹に置ていた紙袋を取ってくれた。
私は器用に右手で猫を抱きながら、左手で包帯を取り出す。
それをクルクルと解き、またもヒュウガ少佐を見上げた。
「よければお持ちの刀で切ってもらえませんか?」
最悪、斬られるのは私もだろう。
大切な商売道具で包帯切れと言われて怒らないブラックホークでは……、
「いいよ☆」
……あれ?
噂とちょっと違うな。
「ありがとうございます。」
適当な長さに切ってもらった包帯を手にして猫の傷口に巻いていく。
「ちょっと痛いだろうけど我慢してね。」
今度猫に効く薬でも開発しよう。
市販のよりは私の薬の方が絶対効くだろうし。
「よし、できた。」
私はニコと笑って猫をまた抱き上げた。
「ね、ね、オレにも貸して?」
ヒュウガ少佐も猫を抱きたいのか、手を伸ばしてきた。
が、猫が打って変わって威嚇し始める。
「…動物は色々敏感で困るなぁ♪」
そういうなり、ヒュウガ少佐は猫を抱くのを諦めた。
「私にも最初威嚇していたので、まだ慣れていないだけですよ、きっと。だから気を落とさないでくださいね、ヒュウガ少佐。」
「…オレのこと知ってるんだ?」
「まぁ…有名ですから。」
「ふぅん……知ってて包帯切ってとか…」
「私今、ハサミ持っていませんし。ちょうどヒュウガ少佐が持っていらしたので。」
ハサミではないけれど。
「君、名前は?」
「名前です。」
「名前……あだ名たんね。」
「あだ名…ですか?」
「うん♪あだ名たん、変わってるっていわれない?」
「よく言われます。でもヒュウガ少佐には言われたくありませんよ。」
私は笑って猫を撫でた。
さて、この子はどうしようか。
建物の中で飼うわけにもいかないし…、
「ヒュウガ少佐、この猫、自室で預かってもらえませんか?」
「…ん??」
さすがのヒュウガ少佐もビックリだ。
「この子怪我しててここに放っておくわけにも行かないですし。私の部屋はまだ共同の部屋でバレちゃいますし…、怪我が治るまで。ヒュウガ少佐ほどのお方なら一人部屋でしょう?」
「そうだけど………。ん、あだ名たんが毎日お世話しに来てくれるならいいよ☆」
「毎日、ですか??」
「そ、毎日♪」
ヒュウガ少佐は簡単にそういうけれど、私は2週間も引きこもってしまう女で…。
ついでにいうと、3日間ほどお風呂にも入り損ねていたり…。
でも…猫のためだし…。
助けたからには、中途半端はダメだよね。
「わかりました。毎日お伺いします。」
「約束ね♪」
「はい。」
私はヒュウガ少佐に猫を渡した。
猫はヒュウガ少佐の腕から抜け出そうとしているが、がっしりと掴んでいるのか、逃げ出せないでいる。
「よろしくお願いします。」
小さく頭を下げて紙袋を持つと、ヒュウガ少佐の手が私の手首を掴んだ。
「ちゃんと消毒しなよ♪」
ヒュウガ少佐は猫に引っかかれた私の腕にカットバンを貼るなりそういって、中庭を出て行った。
本来なら怖い人。
それなのに、優しくて、
掴まれた腕が今も熱い。
猫の声に導かれて出会った小さな恋心。
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