廻る、廻る




「お義父さん、」

「貴様にそう呼ばれる謂れはないわっ!!」


今にも机を引っくり返さんとばかりの父に私は小さくため息を吐いた。
こうしてかれこれ10分ほどこの押し問答で会話が一向に進んでいないのは、『お義父さん』と呼びたがるヒュウガ少佐のせいなのか、それとも頑固な父のせいなのか…。
もう一つため息を吐いたところで私はどうしてこんな状況になったのかふと思い出していた。

始まりは私が昔よくしてくれたコナツ兄ぃに会いたかったという、ただそれだけだった。
父は私の『士官学校に入ってコナツ兄ぃに会いたい』という願いを聞き入れる代わりに『シュリ=オークと婚約する』という条件を突きつけた。
もちろんそれを私は承諾したのだが、その時はまさか自分に好きな人ができるなんて思っていなかったのだ。
士官学校に入り、仮べグライターとしてブラックホークに2週間在籍することになった私はそこで念願のコナツ兄ぃに会い…、今隣に座っている彼、ヒュウガ少佐にも出会った。

出会い、話し、触れて、付き合い始めた私たちの目の前に立ちふさがったのは私が父と交わした『婚約』だった。
だから彼も私と婚約解消を父にお願いしようと、私の実家へと来たのはいいのだが…


「お義父さん、名前さんとお付き合いを、」

「お前の父はここにはおらぬわ!」


この調子である。

そろそろこのやり取りにも飽きてきたなぁと思っていると、メイドさんが父に至急の電話が掛かってきたらしく、父はヒュウガ少佐を睨みながらも一度退室していった。


「名前ちゃんのお父さん、聞きしに勝る頑固っぷりだね☆」

「否定しませんが、意外でした。父の頑固さにすぐ根を上げるんじゃないかと思ったので。」

「オレそこまで甲斐性ないように見える?」

「見えないです。でも、父は本当に頑固ですから…。」


一度決めた事は梃子でも動かないのは当たり前だし、自分の言うことが一番正しいと思っているような人だから…。
だから、『面倒臭くなってきちゃったなー』と言い出さないか不安でしょうがない。


「言っておくけど、傲慢さと頑固さでいったらアヤたんよりマシだよ〜♪」


この場にアヤナミ様がいらっしゃったら即座に鞭が撓ったことだろう。
けれど、小さくこみ上げてきた可笑しさに笑うと、彼は私の頬に手を添えて反対側の頬にキスをした。


「やっと笑った。緊張してた?」


おでこがくっつくくらいの距離にドキドキしながら「少し」と微笑み返す。
触れ合っている場所が温かくて、緊張しているはずなのに不思議と今は胸を撫で下ろす事ができている。
すんなりと私の心の中に入ってきてしまう彼の優しさと気遣いに更に愛しさがこみ上げてきた。


「そういえば名前ちゃんのお母さんは?」

「今日はどうしても外せない用事があると、昨日電話した時に父が言っていました。」


2週間の見習いが終わって今は士官学校に戻っている私が実際こうして帰省するのは随分と久しぶりで、母に会うのを楽しみにしていた分、非常に残念だ。

空になっているヒュウガ少佐のカップに、ティーポットを持って紅茶を注ぎ入れ、角砂糖がないことに気付いた私が「砂糖いりますか?」と聞くと彼は「少し。」と返答を返した。
しかし砂糖はない。
メイドさんに頼めばいいのだろうし、私が取りにいってもいいのだけれど、私は丁度いいものを持っているのだ。


「何粒いります?」

「んーじゃぁ…ん?粒??」


訝しげな表情を浮かべる彼を他所にポケットからコンペイトウを取り出し、1粒、2粒と紅茶のカップの中に入れていく。
ポチャン、チャポン、と5粒ほど入れたところでその手を止められた。


「待って名前ちゃん、砂糖は砂糖でもコンペイトウはなんか違うよ!」

「コンペイトウ甘いですから平気ですよ。」


ニコニコと笑いかければ、ヒュウガ少佐は逡巡した後「……そうだけど、そうなんだけどね、材料は一緒だけどね、」と呟きながらどこかげんなりした顔でスプーンで紅茶を混ぜる。
カチカチとカップにコンペイトウが当たる音がする中、彼はやはり腑に落ちない表情を浮かべていた。
残ったこんぺいとうをテーブルの上に置いたちょうどその時、電話が終わったらしい父が入室してきて、和やかな雰囲気になっていた部屋の空気が一気に張り詰めた。

父はテーブルを挟んだ私たちの真向かいという先ほどの位置に座り、ふと彼のカップに目を向けるなり、眉を顰めて「何だそれは」と非難の声を上げる。

「愛娘さんの愛情、ですかね。」


どこか遠い目をしているヒュウガ少佐の言葉に、父も何か思い当たる節があったのか私に生温かい目を一瞬向けたが、すぐに彼に視線を戻して「全て飲め」と命令にも似た言葉を投げかけていた。


「もちろん飲みますけど、そろそろお義父さんと腹を割って話がしたいかなぁなんて。」

「お義父さんは止めろ。私は貴様を息子だとは認めん。大体名前にはシュリ=オークという婚約者が、」

「自分の愛娘が選んだ男の方が名前ちゃんを幸せに出来ると思うんですけどねぇ。」

「貴様の剣の腕は認めよう。だがしかしそのふざけたサングラスは何だ!」

「ヒュウガ少佐のチャームポイントですお父様!」

「…名前ちゃん、ちょっと黙ってよっか。」


余計話し拗れるから、ね?と諭すような声色で膝を2度ほど優しく叩かれた。
何だろう、この子ども扱い。
今度は私が腑に落ちないような表情を浮かべたが、彼が根をあげることなく父に視線を向けているため大人しく口を噤むことにした。

再び睨み合い始めた2人の間に挟まれていると、何だか急に扉の外が慌しくなった。
厳格な父がいるこの家を慌しくする人物は一人しかいないことを私は知っている。


「名前が帰ってきているんですって?!?!」


勢いよく扉が開かれたと思ったら母が嬉しそうに目を輝かせていた。


「ただいま、母様。」

「まぁまぁまぁ!!おかえり名前!帰ってくるなら帰って来ると連絡なさいな。」


駆け寄ってくる母に私は小さく首を傾げた。
おかしい、私は確かに今日ヒュウガ少佐を連れて実家に来ることを前もって連絡していたはずだ。


「したよ??メイドのミキさんがお伝えしておきますって…。父様は実際知ってたし…。」


あれ、どこかで行き違ったのだろうか。とキョトンとしていると、母の視線は獲物を狙うかのように鋭く変わり、父へと向けられた。


「あなた。どうして教えてくださらなかったのかしら。」

「いや、なんだ、その、言い出すタイミングがだな、」


母は日頃、基本は父のすることに口出ししないし、父を立てることを最優先する人だが、稀にこうして父の立場が弱くなるときがある。
1、2年ぶりぐらいだろうか、久しく見ていなかった。


「あなた、この話は今晩ゆっくりとしましょう。今はそれよりも、名前、お隣の方は?」

「あ、えっとヒュウガ少佐。恋人で、」

「まぁまぁまぁ!!じゃぁ家にいらしたということは結婚の報告かしら?!?!それとも前提にお付き合いさせていただいてます?!?!いいえ、母様はわかっていますよ、子どもが、」

「できないよ!!今日はシュリ=オークとの婚約を破棄したいって言いに来たの!」


男前ねー彼、と若い男を目の保養とばかりにヒュウガ少佐を見ていた母は先ほどの目じゃないくらいの眼力で父を睨んだ。


「あなた、愛娘を家柄と結婚させるおつもり?私、そんな話し聞いたこともないですけれど。」

「い、いや、オーク家は優秀で、」

「しかもシュリ=オークですって?!あのオーク家きっての馬鹿息子との縁談なんて冗談じゃありませんよ。しかもこちらの彼の方が顔がいいわ、こちらにしましょう。」


え、オレ顔で選ばれた?と今まで黙って事の次第を見守っていたヒュウガ少佐が、小さく呟いたことに私は苦笑した。
母は昔から面食いだから、とフォローしたのに、彼はフォローになってないよ、と遠い目をしていた。


「しかしだな、オーク家は…」


オーク家の素晴らしいところをつらつらと上げ始めた父はやはり我を通す気だ。
母も半ば呆れながら父の隣に腰を下ろして、進まない会話に段々とイライラし始めた父のコーヒーに、テーブルに置いていた私のこんぺいとうをザラザラと入れた。


「カリカリしないの。ほらあなた、糖分を取って?」


母はこんぺいとうの入ったコーヒーを若干顔が引きつっている父に押し付ける。
そんな光景こそ私は特に気にもしていなかったが、後で食べようと思っていたこんぺいとうが無くなったことにショックを受けてヒュウガ少佐を見やると、彼はサングラスの下で目を細めて笑っていた。


「うーん、この親にしてこの子ありかぁ…」


さっぱり意味がわからない。
士官学校に帰る時にでも聞いてみるのもいいかもしれない。


「あなた、婚約は破棄にしてあげましょう?滅多に我が侭を言わない娘のたまの我が侭くらい聞いてあげてもいいじゃありませんか。」

「しかしだな…、」

「父様、私、オーク家では幸せになれないです。だってヒュウガ少佐の側が一番幸せだから。もうヒュウガ少佐の隣じゃないと幸せになんてなれないと思うんです。」


きっぱりと言い切ると、隣の彼は嬉しそうに私のこめかみにキスをして、膝の上に置いていた手に彼の手が重なった。


「オレも、少なくとも、シュリ=オークより名前を幸せにする自信はあるよ♪」


何だか照れくさくて、えへへ、と笑いながら彼の手の温もりを感じていると、父はあからさまに大きなため息を吐いて「親の前でだけはいちゃつくな馬鹿者共め」と立ち上がった。


「…父様?」


怒ったのだろうか、呆れたのだろうか、と不安になって父を見上げる。
父はそっぽを向くように目を逸らすなり「オーク家の縁談を断ってくる」と部屋を出ていった。

どうやら説得に成功したようだ。

母は私もお暇するわね、と父を追うように部屋を出て行く。

それを視線だけで見送っていると、ヒュウガ少佐の腕が肩に回ってきて抱き寄せられた。


「今の段階でこれじゃ、結婚する時はもっと骨が折れそうだねぇ。」

「その時も説得よろしくお願いしますね?」

「覚悟しとく。」


そう言って彼はぷかりとこんぺいとうが浮いている紅茶を飲み干した。








おまけ



「名前も幸せになりますよ。私とあなたの娘ですもの。」

「…」


名前に恋人などまだ早いんだ、とブツブツ言う夫が何を考えてあのシュリ=オークとの縁談を持ってきたのかなど、妻である私にはすべてお見通しだ。

夫はただ、「大きくなったらパパの恋人になる!」と小さい頃に言っていた名前にまだ恋人を作って欲しくなかったのだ。
だからこそ、名前より年下で今すぐに結婚!とはならないシュリ=オークとの縁談を見繕ったに過ぎない。

日頃「この頑固者め。」と思っている分、こうして娘のことで弱々しくなっている夫を見ると何だか可愛らしく思えてしまう。
40も過ぎた男に可愛いという表現は少しおかしい気もするけれど。


夫婦の寝室のソファに座ってため息を吐いている夫の隣に座る。
大きく広いソファなのに、縮こまっているところがまた可愛らしい。


「懐かしくありません?あなたも私とお付き合いする時、私の父に断固反対されて…。今となればどれもいい思い出ですけれどねぇ。」

「いい思い出なものか。娘をどこぞの男に取られる父親の気分が今頃になってわかったのだぞ。今更ながら君の父に謝りたくなってきたな。」

「えぇえぇ、あの時父はしばらく泣いていたと母に聞きましたわ。もしかしたら名前の彼もいつかは同じ思いをするかもしれませんわよ?」


ふふ、と笑うと、夫は小さい頃の名前が写っている写真を眺め見ながら「まだ結婚は許さん」と鋭く目を光らせていた。



END

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