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貴方に出会って世界が広がった。
貴方に出会って世界に色がついた。


鮮やかに動き出した日々が急に愛おしくなった。





「コナツ〜オレ帰りたくないなぁ〜。」

「駄目です。帰って書類をしていただきますからね、少佐。」


任務を終えたヒュウガとコナツはホークザイルに乗って軍の門へと帰ってきた。

そこで見たのは軍人に怒鳴られているか弱そうな女性。

凛とした声、ピンと伸びた背筋、肌の色は白く、整った顔をしている女がいて黙っているヒュウガではない。

こんな清楚美人、お近づきになれたら越したことはないとヒュウガは助手席から身を乗り出した。


「こんなか弱い女性相手になに怒鳴ってるの〜?怖がってるじゃん、ねぇ、コナツ。」

「ヒュウガ少佐!任務ご苦労様です。」


女性への態度とは一変、堅苦しく敬礼する門番。


「少佐!落ちますよ!!」


コナツの怒声など気にもせず、ヒュウガは怒鳴られていた女性に微笑んだ。


「何の御用かなぁ?」

「アヤナミに取り次いで欲しいのです。」

「駄目だと言っているだろう。身分も分からない上に許可証もない人間を通すわけにはいかないと何度も言っているではないか。」


これでは堂々巡りだと女は口元に手を当てて俯いた。


「困ったわ…。せっかくお弁当を作ってきたのに…。」


やはり天気が良いからと一人で歩いて来ないで車で送ってもらえば良かったかしら…とつい1時間前のことを悔やんだ。


「お弁当?」

「はい。」


女性はニコリと微笑んで、弁当が入っているらしいバックを軽く上に上げた。


「あまりうるさいと公務執行妨害で捕らえるぞ。」


門番の男はどうしても追い払いたいらしい。


「では旧姓上級大将にお取次ぎを。」

「な、次はアヤナミ参謀よりも上官の閣下に取り次げと?!ふざけるな!」

「ふざけてなんかおりません。お取次ぎを。」


嘘をついているようには見えなかった。


「…ねぇ、君の名前は?」


名前を聞けば、女性はヒュウガのほうを真っ直ぐに見据えた。


「私ですか?私は名前・旧姓と申します。」


「貴女があの旧姓上級大将のご令嬢だったのですね。」

「えぇ。」


名前をヒュウガとコナツと名乗ったお二方のおかげで、私は無事に軍の中へと入ることが出来た。
門前で手間取ってしまったため、お昼の時間を当に過ぎてしまったのが残念なところ。
もう食事を取ってしまわれたかもしれないと少しだけ肩を落とした。


無駄になってしまったかしら…。


「こんなところに何か御用だったんですか?」

「はい、アヤナミ様のお顔を拝見するついでにお弁当を届けに。」

「そのアヤナミってブラックホークのアヤナミであってる?」

「えぇ。」

「ん〜…オレたちもブラックホークなんだけど……」

「あら、では夫をご存知ですのね。」

「夫?」

「はい、先程は旧姓を名乗ってしまったのです。先日結婚したばかりでまだ慣れていなくて…。」

「ち、因みに…ブラックホークの誰とご結婚なさったのですか?」


嫌な予感がすると、コナツ様が顔を引きつらせて聞いてきた。


「アヤナミ様です。」


執務室に向かうヒュウガ様とコナツの様の足が止まり、次いで絶叫が通路に響き渡った。


「ちょ、アヤたんアヤたんアヤたん!!」


バタバタと足音を立てて執務室の扉を開けば待ってましたとばかりに鞭が撓った。


「ヒュウガ、少しは静かにできないのか。」

「ギャァー!!そそそそんなことよりアヤたん結婚したの?!」

「…何故そのことを貴様が知っている」


アヤナミは眉間に皺を寄せた。


「だって、今、」


「ヒュウガ様、急に走らないでくださいませ。」


ヒュウガ様の後を必死に追ってきた私は息を切らせて開きっぱなしにしてある執務室の扉に手を添えた。

コナツ様は大丈夫かと私の顔を覗き込んでいる。
それに大丈夫だと返し、顔を上げるとそこには直立不動の夫がいた。


「アヤナミ様、お久しぶりでございます。」


本当に久しぶりに見る。
夫婦だというのに可笑しなことだけれど。


「…何故ここにいる。」

「入籍して1ヶ月経つのに1度も邸にお帰りになられないからです。お仕事がお忙しいのは承知してますが、たまにはお顔を見せていただきませんと心配してしまいますもの。」


ニッコリと微笑を向けると、夫は眉に皺を寄せたまま盛大にため息を吐いて椅子に座った。


「あまり勝手に邸を出るな。」

「……父と、同じことを言わないで下さい。」


あんな人と同じことを言わないで。


「…。ここはお前がくるようなところではない。帰るといい。」

「えぇ、今日は帰ります。でも一つだけよろしいですか?」

「…なんだ。」

「昼食はお取りになられました?」


小首を傾げる私に、夫は何を言いたいのかわからないとばかりに机に肘をついた。


「…まだだが。」

「よかった!私今日はお弁当を作って参りましたの。」


それを机の上に置くと、夫は無表情のままそれを見つめ、「持って帰れ」とだけ述べた。


「嫌です。」


そうきっぱりと言うと、執務室の空気が一気に冷たくなった。


今日は長袖で来るべきだったかしら。


「ご迷惑でしたらお捨てになって構いません。私が勝手にしたことですから。それでは、今日は一旦帰ります。また改めてブラックホークの方々にご挨拶に伺いますわね。」

「いらん、くるな。」

「そういうわけにもいきません。ヒュウガ様とコナツ様には門前払いされるところを救ってくださった上にこちらまで案内してくださったのですよ。また後日、お菓子を持って伺います。今日はアヤナミ様のお弁当で頭がいっぱいで気が利きませんでしたの。」


夫がヒュウガに冷たい目線を送っている間、私は執務室を少しだけ見渡した。

今の段階では夫とヒュウガ様とコナツ様しかこの部屋にはいないが、ブラックホークは6名だと父から聞いている。


「もう来て欲しくないのでしたら、お顔を見せに帰って来てくださいましね。それでは、ヒュウガ様、コナツ様、今日は助かりました。お礼をいいます。またお伺いさせてくださいね。お忙しいところ失礼いたしました、では。」


深々と丁寧すぎるお辞儀をした私は執務室を後にした。





「アヤたん、あんな美人なお嫁さんいるのになんで黙ってたのー?!?!オレとアヤたんの仲なのに!!」

「黙れ。お前と深い仲になった覚えは無い。」

「アヤたん冷たい!ついでにあの子にも冷たい!」

「……あれとは政略結婚なだけだ。優しくする必要はないだろう。」


だからって冷たくする必要もないと思うけど…、とヒュウガは内心思ったが、あえて口には出さなかった。


「お弁当どうするの?」

「…」


アヤナミがここで食べるのなら「愛妻弁当だね☆」と茶化すのも面白そうだとヒュウガは思ったが、アヤナミは無言でそれを机の引き出しにしまった。


後で食べるつもりなのだろうか、それとも捨てるつもりなのだろうか、ヒュウガには一切答えはわからなかった。


「捨てるならオレが食べてあげるけど?」

「仕事に戻れ。」

「……ハーイ♪」


どうやら捨てる気はなさそうだとヒュウガは口の端を緩めた。

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