01
ただただ、小さな子供達の手を引いてその道を歩いていた。
もう歩けないとぐずる子供の小さな手を引いて、時には背中におぶったりもした。
お金はない。
食べ物もない。
幼い頃に一度だけ通った教会への道のりをただひたすらに思い出しながら歩く。
何度も、何十回も追っ手が来ていないか後ろを振り向いた。
とにかく怖くて。
それでも縺れる足を叱咤した。
泣き出しそうになる気持ちをグッと堪え、泣くじゃくる子供の頭を撫でて「大丈夫」だと慰める。
何が大丈夫なのかなんてわからなかった。
どこにもそんな確証なんてないのに。
それでも、まるで自分に言い聞かせるかのように子供の背中をひたすらに擦った。
お腹が空いた。
喉も渇いた。
子供達の体力も底を尽きそうで、人生そのものを諦めかけたその時だ。
「名前ねーちゃん。あれ、なぁに?」
一番元気が取り得のアルドが急に指を差したのだ。
先程まで「死にそう」だの「もう死ぬ」だと呟いていたくせに現金なやつだ。
「何?アル。」
アルドの指差す方向を見ると、教会が見えた。
もう無理だと半ば諦めて、ずっと地面ばかり見ていたから気付かなかった。
だが教会はもうすぐ目の前で、私は一番足の遅いルナを傍らに抱えて走り出した。
後の子供達4人は勝手についてくる。
そればかりか、どこにそんな体力があったんだとばかりに子供達は私を抜いて教会の門をくぐった。
助かるんだ。
私も、この子達も。
土ぼこりでグシャグシャの髪を振り乱しながら教会の門をくぐると、そこにはガラの悪そうな司教服を着た男がいた。
目つきは悪いし、煙草吸ってるし、金髪だけど司教服を着ているということは……司教様なのだろうか。
もしかして追っ手が先回りして…と一歩後ずさる。
「あぁ?何だお前ら。」
追加しておこう、態度も悪い。
「貴方こそ…」
「オレはフラウ。教会の司教だ。見りゃわかんだろ?」
すみません、あまりにもギャップがありすぎて…。
「やくざみたい…」
「そこらへんのやくざと一緒にするなよ。オレ様の方が強い!」
…強い…?
「強いの??本当に?」
「あ?あぁ。」
私は未だに抱えていたルナを地面に下ろし、金髪の司教様にしがみついた。
「お願い!まだ3人捕まってるの!お願い!強いんならその子達も助けて!!」
「おい、少し落ち着け。」
司教様のくせに吸っていた煙草を地面に捨てて靴で擦りながら、私の肩を掴んできた。
「ゆっくり話してみろ。ちゃんと聞いてやっから。」
何だろう、すごくこの声落ち着く。
子供達も私のスカートの裾をギュッと掴んで寄り添ってきた。
私は数回深呼吸して、司教服を握っている手の力を緩める。
「私達の村、すごく小さいんだけど…急に来た男達に村を焼かれて。大人たちは全員殺されたの。それで子供達は売られることになったけど、たまたま逃げれるチャンスがあって…。でもまだ捕まってる子が3人いるの。」
「場所は?」
「第1区のスラム街。最南にあるレンガで出来た4階建ての建物。住所はわからない。わかる?」
「あぁ、十分だ。よく頑張ったな、あとは任せろ。」
そういってフラウという司教は私の頭にポンと手を置いた。
ついその手の温かさとフラウの言葉に安心したのか、涙がほろりと出そうだったが、子供達の手前、泣くのはプライドが許さない!と唇を噛みしめた。
「中に司教やシスターがいっから、風呂入れてもらって飯山ほど食わせてもらえ。」
「ひ、一人で行くの?!」
「心配すんな。無事3人も連れてきてやっから。行ってくるな。」
フラウはそういい残して、教会の門をくぐり出て行った。
私の意識は、そこで途切れた。
目が覚めるとそこはベッドの上だった。
心配そうに私の顔を覗く司教様の顔が見え、体を起こす。
「まだ寝てていいよ。随分無理をしたようだから。」
「子供達は…?」
「大丈夫。さっきまでご飯食べてたんだけど今は寝てるよ。」
物言いが優しい司教様はもう一度私をベッドに寝せた。
「そのままの体勢でいいから聞かせてくれるかな?教会にやってきた理由を。」
「…はい。あの、私達が住んでいた村はとても小さくて、皆仲がいい平和な村でした。でも、ちょうど7日前…、怖い男の人達がたくさん来て、大人を殺して村を焼き払ったんです。子供達はお金になるからと抵抗した数人の子供は殺したものの、数名の子供と私を攫ったんです。」
あの時の事を思い出すのはとても怖い。
手が微かに震えるんだ。
「それで第一区のスラム街に閉じ込められていたんですが、5日前、見張り番の人が居眠りをしていて。その間に私は床に落ちていたガラスで縄を解いてその場に居た私を含め6人は一階だったので窓から逃げ出せたんですが、売り手が大体決まっているという3人は別の部屋に連れていかれていたので助けることができなかったんです。」
仕方なく逃げることを決意して走り出し、ふとその建物を振り返った時、2階の窓から見えたのだ。
助けに戻ろうかと思ったけれど、居眠りをしていた見張りが私達がいないことに気付いたようで「逃げたぞー!」いう叫び声が聞こえ、私は子供達の手を引いて逃げたのだ。
未だにあの時の罪悪感は胸を抉るようだ。
「なるほど。よく教会の道を知っていましたね。」
「小さい頃、病気で死んだ母が天国に行きますようにと、父と二人で一度だけ来たことがあって。」
「そう。大変だったね。ここは追っ手はこないから大丈夫だよ。僕はラブラドール。こっちの彼はカストルっていうんだ。」
「名前といいます。あの、フラウっていう司教様が一人で残りの子供を助けに行かれたんですけれど…大丈夫でしょうか。」
「えぇ。フラウなら大丈夫でしょう。脳みそまで筋肉でできていますから。」
「さ、名前ちゃん、君はもう少し眠って。見張りをしてて眠っていないんでしょう?」
「…はい。」
追っ手がいつ来るかわからなくて、見張りは一人でずっとしていた。
子供達を守れるのはもう私だけで、頼ってくれる子供達を助けてあげたいと思った。
そしていつやってくるかもわからない追っ手が怖くて、眠れなかった。
でもここは教会だ。
あの怖い人達も入ってこれない。
「さ、もう少し眠って。」
「はい…。」
安堵したのか、ふわりと甘い花の香りがして睡魔が襲ってきた。
なんだか、とてもいい気持ちで眠りに入った。
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