01
私はつくづく男に縁がない。
顔か??
顔で選ぶからいけないのか??
そりゃ中身は大切だと思うけど、結局の第一印象は『かっこいい』か『微妙』か『これはない』のどれかなわけで、つまり大事なのは結局顔であると私は思っている。
だからこそ人はおしゃれをするし、可愛くみせようと、かっこよくしたいと髪を切ったり化粧をしたり、可愛い洋服を着たりするのではないか。
素敵な努力だ。
私はこういう努力が好きだ。
誰かの為に努力をする、それが自分を好く見せたいためであれ、努力をすることは自分自身に誇りさえ抱かせてくれるから。
もちろん性格も良ければなお宜し。
本当に中身だけで選ぶのであれば、ボロボロのジーパンでよれよれのTシャツ、しかも『何でそのチョイス??』と思うような靴やアクセサリーをつけている男でもいいということになる。
まぁ、この思想のせいで男からは痛い目に合わされてばかりなのだけれど。
「一人??」
「…あぁ、まぁ、はい。」
「隣いいかな??」
「どぞ。」
男に散々な目に合わされたばかりで、一人悲しくバーでお酒を呑んでいたら声をかけられた。
それもかなり美形に。
ピン、と美形アンテナが私の中で立つ。
チラ、チラ、と横目で見ると、彼も私の視線に気付いたようでこちらに顔を向けるとニコリと微笑んだ。
今までに見たことないくらいの朗らかな笑みだった。
初めて付き合った男には3股をかけられ、次に付き合った男には『田舎の母さんが病気で…』と100万ユースほど貢がされたあげく行方を眩まされ、そのまた次に付き合った男にはヤり逃げされ、あぁ、白い薬を一緒にやろうと言われた時にはさすがに私が逃げたけど…、その次に付き合った男にも、次に付き合った男にも…あぁ、思い出すだけで散々だ。
「ついてない…」
ポツリと呟いた声に隣の彼が反応した。
「何かあったのかな??悩み事?僕でよければ話を聞くけど…大きなお世話かな??」
「いえ…。ちょっと恋人にフられたばかりで…」
「信じられないな。君みたいな美人な女性がフることはあってもフられるなんて。」
驚いている彼に、私は『君みたいな美人な女性』と言われただけで少しだけテンションが上がった。
しかも何だろう、この人の言葉には棘も毒もなくて話していて心地がいい。
「そうです??これでも結構フられる事が多いんですよ。」
苦笑交じりにそう言うと、彼は「んー、やっぱりそうは見えないね。」と微笑んだ。
どうしましょう、美形アンテナがビンビンと反応しまくっております。
「あ、あの私、名前っていいます。お名前をお聞きしても?」
「僕はシーマ。よろしくね。」
この出会いをきっかけに、私たちはよくこのバーで合うようになった。
最初こそ偶然会うことが多かったが、最近ではメアドの交換もして、会う約束をして一緒に呑むことが多くなった。
彼はとても私のことを知りたがった。
好きなお酒、好きな食べ物、趣味、プライベートの過ごし方、それから仕事。
軍の研究施設で働いていると言ったら少しだけ驚いていた。
その反面、彼はあまり自分のことは話さなかった。
『それより名前の事が知りたいな。』と甘く囁いてくれるから、馬鹿な私はコロッと騙されて『じゃぁ、』と私の事に話を変えてしまう。
会えば会うほど彼の優しさや魅力に魅かれていった。
いつしか会うことを楽しみにしていた。
昔の苦い恋なんて忘れられるくらい彼と2人でいる時は楽しくて、時間はあっという間に過ぎていく。
「お疲れさま、シキ。」
数ヶ月前に研究施設に入り、そして研究Cチームのリーダーになったシキの後ろ姿を見つけた私は彼女の肩をポンッと叩いた。
「お疲れ様です、名前さん。」
ニマニマしながら歩いていたシキは、あのブラックホークの少佐と絶賛ラブラブ交際のようで研究施設でも有名だ。
いや、それだけではない。
彼女は『アリス』という化学兵器を生み出した。
それがテロで使われ、5年間もの間監禁されていたというのだから、ある意味で有名人だ。
「いーわねぇーシキは彼氏がいて。」
少し早く上がれただけで『彼に早く会える♪』とウキウキランランに浮き足立っている彼女を見ていると、こちらまで幸せな気分になれる。
まるで幸せのお裾分けをしてもらっているような気分になるけれど、私は私で恋する女なのだ。
負けず劣らず輝いている自信はある。
シキに恋人はいるのかと聞かれて、いないと答えるついでに「誰かいい人紹介してー。」と冗談を交えて叫ぶと、純粋培養のシキは真面目に考え込み始めて「…参謀長官とか…?」という答えを導き出した。
それは勘弁してくれ。
あんな怖い人私には無理だ。
そりゃぁ私の美形アンテナは痛いくらいに立ってるけど、彼氏がブラックホークの参謀長官だなんて命がいくらあっても足りゃしない。
「シキってば冗談きっついわー。」
笑い飛ばして、2人並んで自室へ向かいながらシキの恋愛相談に付き合う。
正直意外だった。
この子は恋愛ごとには興味なさそうに見えたから。
研究ばかりしてましたーって感じな井の中の蛙だから。
かといって馬鹿にしているわけではない。
私が『美人』だと言われるのなら、この子は『可愛い』の部類だし、誰もが羨むほどの研究才能を持っている。
まず着眼点が違う。
その新しい発想は私でも賛辞を送ってしまうほどだ。
まぁ、新しいものを生み出すことについてはシキの方が私より勝ると思うが、解毒剤や中和剤がそうであるように、在るものに対してものを作る事に関しては私の方が長けているけれど。
決して自慢などではなく、科学者は受け止めなければいけないのだ。
失敗は失敗を、成功は成功を。
そして次に繋げる、それが科学者だと私は思っている。
じゃーね、と後ろ手で手を振って自室に入りシキと分かれた。
これからシーマと会う約束をしているから、早々にシャワーを浴びて着替えて、それから化粧をしなければ。
「ん〜どっちの服の方がシーマ好きかな…」
鏡の前で二つの洋服を体にあててみる。
こうしていると、初めて好きな人ができた少女のようで少しだけ照れたけど、それでもそんな自分が好きだと思った。
大丈夫、いくら散々男にフられようが、いくら散々な男に出会おうが、まだ誇れる自分がいるから。
なのに。
なのに。
「名前、君にはしばらくここで暮らしてもらうよ??」
どうして。
どうして。
私のプライドをへし折られたような気がした。
好きだと自覚さえしていたのに。
その彼に、唯一私が誇っていた部分を穢されたような気がして、私は始めて床にひざをついた。
事の顛末を説明したい。
むしろぜひさせてくれ。
呑む約束をして待ち合わせの場所に行くと、シーマが『今日は別のところで呑まないかい?』と提案してきたので、私には特に断る理由もなく、連れて行かれるがままについていった。
段々と人気がなくなってきて、最初こそは穴場なのかと思っていたけれど、シーマが奥に進んでいくたびに私は嫌な予感が拭えなくなってきていた。
するとそこに大の男が2人待ち構えていて、抵抗する暇もなく抱え上げられて研究施設に放り込まれて鍵をかけられたのだ。
そして彼は言った。
『材料も資料も全てそこにある。それでアリスを作って欲しいんだ。』と。
私に、アリスを??
シキが作ったアリスを?
後輩が作ったアリスを??
私が才能を心底羨んでいるシキが作ったアリスの『真似』をしろと?
怒りとか、悲しみとか、嫉妬とか、マイナスな気持ちが胸いっぱいに溢れる。
おまけとばかりに涙も溢れた。
悔しい。
嫉妬の対象であるシキの『真似』をしろといわれた事が。
好きだった人にこんな仕打ちをされたことが。
「…ダメだ、ダメだ…。」
自分で自分を抱きしめて呟く。
人を羨めば誇れる自分がどこかへいってしまうような気がするから。
「大丈夫、大丈夫…」
深く息を吸って、吐いて、それからもう一度吸って。
何回か深呼吸を繰り返すと少しだけ頭の中がスッキリとして、今の状況を再確認する事ができた。
監禁されてどれほどの時間が経っているのか、取り乱してしまったせいでわからない。
せめて太陽の位置でも見えたなら何時ごろかわかるのに、この部屋には窓というものがない。
今回は付き合ってはいないものの、まさか監禁されるとは。
息が詰まるような感覚と、もうここからは出られないんじゃないかという恐怖。
こんな状況の中で5年間もの間いたシキを、この時ばかりは憐れんだ。
「…逃げなきゃ。」
アリスを作るわけにはいかない。
私はこの研究室にある材料から、2時間で目を覚ますことができる仮死状態になる薬を作り、それを自分で飲んだ。
目覚めると一面の星空が見えた。
私が倒れた事に気付いた見張りが、死んでいると判断して外に運んだのであろうか、目覚めた時には外のたくさんの死体の上に放られていた。
恐らく、作る事が高度なアリスの作成に失敗して見限られて殺されたか、失敗して毒が充満して死んだかしたのだろう死体の山からそっと降りた。
この場所に見張りはいなかったようで、私は誰にも見つからずにその敷地を抜け出してみせた。
急いで帰ってこの場所の事をシキに教えなければ。
アリスを作り出そうとしているシーマ。
死体の山を降りる時にグニっとした肉の感覚を思い出して、体が震えるくらい恐怖が襲ってきた。
あぁ、今日はなんて日だ。
気分は最高に最悪じゃないか。
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