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「ただいま…」


帰り道、カラスが鳴き、公園にいた子供たちは迎えに来てくれた母親と一緒に帰って行く。そんな光景を見ながら、私は家に着いた。
鍵を回し、玄関の扉を開くと誰も居ない冷たい部屋が出迎えてくれる。
人の居ない部屋ほど寂しいものはなく、私は靴を脱いで荷物を置くためにプライベートルームを開けた。
まるであの日みたいだと思う。

あの日、コナツさんと夕飯時にお酒を飲んだ日の次の日のことだ。
昨晩の記憶は綺麗に残っているものの、どこかボーっとした頭で起きるとリビングにもどの部屋にもコナツさんはいなかった。
片付けられたテーブルの上には『急に仕事が入ったから出てくるね。』という書置きがあり、大変だなと思っていたが、明日で2週間が経つというのに未だコナツさんは帰って来ない。

急な出張が入ったにしても一度くらい帰って来るだろうし、私が仕事に行っている間でもまた書置きくらいはあるだろう。
つまりは仕事詰め…なのかもしれない。
『仕事をしてくれない上司』のせいなのか、それとも私が彼の気に障るようなことをしてしまったのか、あの晩の記憶を呼び起こすも、酔っ払っていたとはいえ何かヘンな事を口走ってはいないはずだ。
少なくとも私はそう思っている。

朝目が覚めたときにベッドだったからコナツさんが運んでくれたことはわかる。
もしかして私の体重が重たくてドン引かれたとか…?!?!と色々と悩んでみるも、どちらにしろ今考えていてもどうしようもない。
コナツさんが帰って来ない以上知る術はないのだから。


「早く寝よう…。」




***




「コナツさ、最近名前ちゃんとこ帰ってないよね?」

「手より口動かしてください。」


手厳しいなぁ。と苦笑する少佐はペンをクルリと回転させる。
大体なんでそんなこと知っているんだとツッコミたい。
服に発信機でもつけられてるんじゃと疑いたくなったが、その疑問はすぐに解決された。
いや、僕はその答えは知っていた。


「ピリピリしないでよコナツ〜。」

「少佐が仕事してくれないからです!!一体何日帰れてないと思ってるんですか!」


最初の数日は名前に会ったら理性が保てないかもしれないと思って避けていたが、3日を過ぎた時点で『帰らない』から『帰れない』に変わったのだ。
今日で2週間会えておらず、どれもこれも少佐のせいだ、少佐のせいだ、少佐のせいだ。


「仕事してるよ?」

「つい5分前までフラフラとサボりに行っていた人から出る言葉じゃないと思うんですけれど。」


睨みたいが睨む時間さえ惜しいとばかりに書類から顔を上げずに返答する。
少佐からの視線を感じつつも、進まない仕事にそろそろ釘バッドを振り回したくなる。


「コナツが名前ちゃんとの恋に落ちた瞬間を教えてくれたら仕事してあげるよ♪」


そうきたか。
ピクリと片眉を上げてため息を吐き出す。
3回分のため息を吐いたような気分だ。


「なんてことないですよ、友人が亡くなったから花を添えようと行った花屋に名前がいただけです。」


これくらいの情報で少佐が仕事をしてくれるなら安いものだ。
半ば投げやりに告げたが、少佐はその情報だけでは満足いかなかったようで、「それで?」と先を促してくる。


「その時の名前の笑顔に惚れただけです。」


もちろんそれだけではないけれど、強ち嘘でもない。
クロユリ中佐が「コナツ好きな子いるの?」と話しに入ってきたので、「はい教えました、教えましたから約束どおり仕事してください。」と強制的に話をぶった切る。


「ねぇヒュウガ、コナツ好きな子いるの?」

「そうみたいなんだよクロたん♪それが可愛い女の子でね、ご飯もおいしくて、見た目とは裏腹に意外と聡い、」

「少佐!」


余計な事はしゃべらないで下さいと今度こそ睨むと、少佐はクロユリ中佐と一緒に「照れてるー!」とたっぷり茶化した後、しっかりと仕事をし始めてくれた。
この様子だと今日中には帰れそうだ。
安堵しながら夕方からある会議の内容を今のうちに頭の中に入れようと、書類を手に取った。




***




「名前ちゃん、悪いんだけど、ちょっと息子が風邪ひいたみたいだから今日はもうお店閉めようと思うの。」


昨日も奥で話し声がするから電話しているのは知っていた。
店長がひょっこりと顔を出したから何かあると思ったが、息子さんが風邪をひいたと保育園から電話があったらしい。


「あ、では片付けは私がしておきますから、早く迎えに行ってあげてください。」

「ごめんなさいね。申し訳ついでにあと一つ頼んでいいかしら?」

「なんですか?」

「お花の配達に行ってほしいのよ。」


配達はいつも店長が行ったり、遠いところとなると業者に頼むのだが、私にお願いするという事はそんなに遠いところではないようだ。


「私でよければ。」

「そう?配達終わったらそのまま帰っていいから。本当にごめんなさいね。お給料はちゃんと今日一日分出すからね。」


心底悪いと思っているらしい店長の言葉に「ありがとうございます」と甘えて、私は閉店の準備を進めることにした。

一つ私に言い残して急いで店を後にする店長を見送って、片づけをし、シャッターを閉めて頼まれたお花を手に持って目的地を目指す。

オレンジや黄色、白が入った花は簡易包装で、誰かにあげるのではなく部屋に飾るであろうことが伺える。
このお花なら真っ白いコーン型の花瓶に入れてくれるととても映えるだろう。

地平線の遠くの方は花の色よりほんの少し赤みがかってきていて、あと1時間もすると陽が暮れるだろうと、あの恐ろしい第2公園を真っ暗闇で通らないためにも少しだけ足を速めた。

この道の先には目的地しかないことから、あまり歩きなれない道を歩きながらついキョロキョロとしてしまう。
これじゃ不審者だとでも思われそうだ。
でも大丈夫、私には店長が帰り間際にくれた通行証があるのだ。

バルスブルグ帝国の第一区に聳え立つホーブルグ要塞、そこが私の目的地。
段々と近くなってきた建物を見上げながら、私は門のところで通行証を提示し、服装検査だけで中へ入ることが出来た。

普通一般人が入ることはできない軍内は、広く、圧倒されてしまいそうになる。
『正面の入り口じゃなくて、裏から入るのよ。』と店長に言われていた通り、裏の方へ回り込み、到底裏口とは思えないほどの大きな扉から中に入ると、軍服を着た女性が近寄ってきた。


「お花をお届けにきました。」

「あら、いつもの方ではないんですね。」


お花を手渡しながら「店長は今日用事がありまして。」と世間話を簡単に交わす。
お金を受け取り、また裏口から出ると遠くの夕暮れがすぐ近くに迫っていた。

さて、今晩の夕飯の材料でも買いにスーパーに寄ってから帰りますか、と門の方へと歩いていた時だ。

視界の端に、はちみつ色が入った。


「え?」


自然とはちみつ色を目で追いかけてポツリと一言呟いた。
遠くで、はちみつ色の髪を揺らしながら軍の建物の中を歩いているのはどう見てもコナツさんで。
開いている窓から聞こえてくる聞き慣れた声は「少佐、会議中寝ないでくださいよ!」という言葉で、それは隣を歩いているヒュウガさんにかけられていて。
軍服に身を包んでいて、家に居る時より顔つきが幾分か厳しくて、でもあれは紛うことなきコナツさんで。


「…コナツ、さん?」


室内に居る彼には私の独り言のような声は届かない。
それどころか、彼は曲がり角を曲がってしまい、すっかり見えなくなってしまった。

一体どういうことだと目を丸くして、人違いかもしれないと、もう一度見るために軍の建物の中へ足を踏み入れた。

幸運な事に人は居なくて、彼らが歩いていった方向へ駆け足で向かう。
先ほど曲がって見えなくなってしまった角にたどり着き、四方を見回してみたがすでにそこには姿はなかった。


「おい、お前そこで何をしている。」


振り向くとそこにはガタイがいい上に、厳つい顔をした軍人が立ちふさがっていた。


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