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「違うんです、その、えっと、い、痛いっ、」


不審者だと思われたようで、その場の壁に押し付けられて腕を背後でねじ上げられる。
あまりの激痛に、涙が目尻に浮かぶもここで泣いたって意味はない。
どうにか誤解を解かなければいけないのだが、「大人しくしろ」と、とりあえず連行する気満々の軍人さんには話しさえ聞いてもらえそうにもない。

みしり、と耳元で骨が撓るような音が今にも聞こえてきそうで唇を噛んで堪えていると、また新たな足音が聞こえてきた。

もうダメだ、もう絶対連行される、拷問される、と思考はマイナスにばかり走る。


「話なら別室で聞く。」

「あの、私コナツさんを、っぁ!」


追いかけてきただけなんです。と続けようとすると、更に腕をねじ上げられた。
そんな不審者な私の横を通り過ぎようとしていた、やけに威圧感のある銀髪の軍人がふと足を止めてこちらを見下ろしてくる。
その背後では優しげな表情を浮かべている軍人さんが、不自然に立ち止まった銀髪の軍人さんに向かって「アヤナミ様どうなされました?」と、読んでいた『主夫の友』を閉じた。


「今、何と言った。」


『アヤナミ様』と呼ばれた彼に質問をされたようだ。
なのに、返事を返したのは私の腕を今も尚締め上げている軍人だった。


「アヤナミ参謀、不審者が軍内に紛れ込んでいたようで今から連行いたします。」


アヤナミ、参謀…。
参謀とは確かあの『ブラックホーク』を率いているのではなかったか。
花屋の常連さんとの会話を思い出しながら、この人はかなり偉い人じゃないかと、腕の痛みに顔を歪めながら思った。


「私はこの娘に聞いている。拘束を解いて職務に戻れ。」

「しかし、」

「二度同じ事を言わせるつもりか?」


冷たい双眸が私に向けられているわけではないのに、何故かこちらまで身も心も凍りそうになった。
これがあの有名なアヤナミ参謀か。
その若さで参謀という高官の地位につけたことに、妙に納得がいった。


「…失礼しました。」


軍人さんは私の腕を解くと、敬礼を一つして腑に落ちなさそうにしながらも素直に去っていく。


「それで、先ほどの質問の答えは何だ。」


お礼を言う前に次々と言葉を投げかけられ、私も素直に『知り合いを見かけたので追いかけてしまいました』と謝ろうとしたが、そこで傍と気づく。

もし言ってしまったら、知り合いとは誰だと問われるだろう。
そうなったらコナツさんに迷惑がかかるかもしれない。

一度は助かったと思ったが、これでは蛇に睨まれた蛙どころか龍に睨まれたおたまじゃくし状態だ。


「その、えっと、あの、お手洗いを借りたいなと、」

「…コナツ、と聞こえたが。」


地獄耳ー!!と声を大にして叫びたかったが、そんな度胸は一欠けらも持ち合わせていない。


「もしや…花屋の店員か?」


どこかで会ったことがあっただろうか。
もしかしたらお客さん…とか?


「はい!あの、あの、ごめんなさい!コナツさんに似ている方が今ここを通っているのを、お花の配達をした帰りに外から見かけてつい追ってきてしまいました。通行証もあります!見間違いじゃなかったら、その、コナツさんに迷惑がかかる、ので……私がお叱りは受けますから、コナツさんは怒らないでください…。私が勝手に追いかけただけなんです。……都合が良い事ばかり言って申し訳ないのですが……。」


コナツさん、もしくはコナツさんにそっくりな方、ごめんなさい!!!
俯きながら心の中で必死に謝っていると、優しげな表情を浮かべた方が一つ首を傾げた。


「つかぬ事伺いますが、貴女『名前さん』ですか?」


まさか私の名前が出てくるとは思わず、勢いよく顔をあげると「やはりそうでしたか」と微笑んでいた。


「知り合いか、カツラギ。」

「間接的にですが。昨日会議から戻るとヒュウガくんとクロユリくんに茶化されているコナツくんがいまして。聞けば花屋で働く『名前さん』という女性とコナツくんがルームシェアをしているとか。」

「ほぅ?興味深いな。」


今まで冷たい表情しか見せていなかったアヤナミ参謀が小さく笑った気がした。
あくまで気がしただけだが。

しかし、やはり先ほど見たのはコナツさん本人で間違いないようだ。
軍人さん、だったのか。


「…コナツさんの上司の方ですか?」

「えぇ。コナツくんがお世話になっています。」

「そんな!こちらこそお世話になりっぱなしで!!」


和やかな雰囲気になったものの、私が不法侵入したという状況としては一向に変わっていないことにハッと気付く。


「あの、コナツさん、怒られたり…、しますか?」

「怒ってほしいのか?」

「そんなことないです!!」


首がもげるんじゃないかと思うほど横に何度も大きく振ると、アヤナミ参謀の手が私の頭をがっしりと掴んで止めた。


「1時間だ。1時間で今から始まる会議が終わる。それまで執務室で待っているといい。」


私、怒られるのだろうかと身を硬くすると、それを悟ったのか、アヤナミ参謀は「追いかけるほど会いたいのなら会っていけ。」とカツラギさんに私を預けて近くの部屋へと入っていってしまった。


「行きましょうか、名前さん。」

「い、いいんでしょうか??」

「いいのですよ。そういえば余っていたおやつがあるんです、それでも食べて待っていらしてください。飲み物は何にしますか?紅茶、コーヒー、オレンジジュース、緑茶にほうじ茶もありますよ。」


…あれ、ここ、カフェだっけ。




***




「おいひいれす。」


頬っぺたが落ちるのではないかと思うほどおいしいお饅頭を頬張りながら舌鼓を打つ。

執務室に通された時、カツラギさんが各机の上に置いてある書類をいくつか引っくり返したことから、一般人に見られてはいけない書類がここにはたくさんあるようで、私は下手に触らない方がいいだろうと、勧められたソファに大人しく座っていた。


「それはよかったです。」

「会議、行かなくてもいいんですか?」


カツラギさんが居なくなれば私以外、誰もこの執務室には残らないだろうが、お仕事があるなら優先してほしい。
私は本当に大人しくしておくから。
もう二度と腕を捻り上げられるようなことはしないから。


「えぇ、それほど大事な会議でもありませんし、お客様優先です。」


客というほどでもない、ただの不審者です、と半ば自暴自棄に心の中で呟く。
それにしてもこの執務室広い。
正直花屋より広い。
あまり見られたくはないだろうが、ついキョロキョロとしてしまうほどだ。


「あっちの部屋は何ですか?」

「参謀長官室ですよ。」


素朴な疑問に返って来た答えに、ここはもしかしてブラックホークの執務室ではないだろうかと推測された。
参謀長官率いるブラックホークなのだから、部屋が隣接されていてもおかしくはない。


「……ここ、ブラックホークの執務室ですよ…ね?」

「そうですね。そうそう、あの机がコナツさんの机ですよ。あ、緑茶のおかわりいかがですか?」


お願いします、と小さく頭を下げながら、今自分はあの有名なブラックホークの執務室にいることを実感する。
この執務室に机があるということは、コナツさんも、上司であるヒュウガさんも…つまりそういうことだろう。

思わぬ人とルームシェアしていたものだな、と苦笑して、淹れたての緑茶を啜った。

なんとなく、察してしまった。
コナツさんが私に仕事のことを黙っていた理由が。




***




「少佐、あれほど寝ないでくださいっていったじゃないですか!!」

「だってあのじーさんの話し無駄に長くってさぁ。」

「だよねー。ボクもいつの間にか寝ちゃってた。執務室戻ったらお昼寝しよー。」


アヤナミ様の背後で、自分の隣に並んで歩く少佐に文句を言うが本人は大して気にしていないようで、大きな欠伸を一つ盛大にしている。
しかもクロユリ中佐までも。
ベグライターである自分がどれだけ周囲から奇怪の目で見られたか、少佐は気付いていながらも悪びれる様子は微塵も見せない。
いつもならここらへんで少佐に鞭を撓らせるはずのアヤナミ様も、どこか上機嫌で、少佐のことは先ほどからスルーだ。


「アヤたん、なーんか機嫌いいねぇ。面白いことでもあった?」

「さぁな。それよりコナツに客が来ている。」

「え、僕にですか?」


僕に客なんて滅多にいないのに。と不思議に思いながらも面会室につま先を向けると、そっちではない、と執務室を指差された。
面会者が何故執務室にいるのか、さっぱりだ。


「私服で少々目立つのでな、カツラギに執務室まで案内させた。」


私服となれば尚更わからない。
首を傾げながら執務室の扉を開いたアヤナミ様に続いて部屋に入ると、カツラギさんの真向かいのソファに座っている名前と目があった。
目が、あった…


「…は?」


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