01



その日は雨が降っていた。


私と同じ暗殺者だったリンが裏切ったから殺せと命じられた。
正確にいうと、暗示されたというべきだろうか。

周りの皆は年から年中暗示され続けているけれど、唯一、私とリンだけはその暗示が掛かりにくい体質だった。

掛かるときもあれば掛からない時もある。
掛かったと思ってもすぐに解けてしまうこともある。
解けてしまっても、急に思い出したように掛かり直ることもある。

そんな不安定な私より、暗示が掛かりにくかったリンは先に暗殺者枠から外され、メイドになったらしい。

そんな悲しそうなリンの後ろ姿を見送ったのはいつだっただろうか。
リンがメルモット様を慕っていたのを私は知っている。
役に立ちたいからと自ら暗殺者を志願したのも。
だからそのリンがメルモット様を裏切ったという情報は些か信じられなかった。

アヤナミを殺し、裏切り者のリンを殺せと暗示された私は今日、敵に捕まった。

暗示されていた私は頭の中では嫌だったけれど、体が勝手に動くのでリンを殺しに来た…はずなのに、知らない男に捕まったのだ。

その知らない男はサングラスをかけており、口元には笑みを浮かべている。


「名前は?」


目の前の男に捕らえられた時は気絶させられたけれど、目が覚めてみたら椅子に縄で縛り付けられていた。

こんなコトしなくても、今は暗示が解けているから抵抗する気は全くない。
元々、争いごとは嫌いだ。


「…やっぱしゃべんないよねぇ。なーんでメルモットの暗殺者ってしゃべんないんだろ。」


やっぱり??
それってどういう意味なのだろうか。


そう考えていると、目覚めたばかりの脳がやっとはっきりとしてきた。
鼻を掠める鉄臭い血の匂い。

ふと視線を下に向けると、一緒に捕らえられたのであろう2名の男が死んでいた。
同じ暗殺者の2人だ。

そこに悲しみはない。
だって彼らは完璧に暗示に掛かっており、毎日人形のように過ごしていたから。
一緒に無駄口を叩くこともなく、笑うこともなく。

でも、それでも仲間だ。


「貴方が…殺したんですか?」


口を開けば、彼は少し驚いたように目を見開いた。


「へぇ、キミはしゃべれるんだ。」

「答えてください。」

「答えたらオレの質問にも答えてくれる?」


何を聞かれるかは何となく想像できた。
そしてそれをしゃべった後、私がどうなるのかも。


だけど、それでもいいからと私は首を縦に振った。


「殺してないよ。オレはね。ただしゃべらせようとしたら勝手に自害したの。」


やっぱり悲しくはない。
でも何だか苦しかった。


「そうですか…。」

「あれ?怒んないの?」


首を傾げて問う様はまるで子供のようだ。


「私たちもリンを殺しにきたので、文句は言えません。どちらかが死ぬのは当然のことです。」


殺すか、殺されるか、自害するか。
私達の暗示にはその3つしかないのだから。


「ふぅん…。キミ、今までの暗殺者と違うね。」

「…同じですよ。」

「そう?」

「ただ、暗示が解けているだけなんです。」
「暗示?」

「はい。」


私は約束通り、リンがメイドでメルモットに仕えていた事、暗殺者だったこと。
それから暗殺集団のこと、暗示のことを全て聞かれるがままに答えた。


「なるほどねぇ…♪で、キミはその暗示が解けていると。」

「はい。」


暗示が解けたのはいいことなのか悪いことなのか。

解けていなかったらきっと横の暗殺者達のように自害していただろう。
解けてしまった今、私もメルモット様を裏切って情報を漏らしてしまった。
これで終わり。

何も言わずに自害して死ぬか、全てをしゃべってこの男に殺されるか。
後者になった私はただ数十分寿命が延びただけだ。


「あの、リンは……今どうしているんでしょうか。」


唯一、暗示が掛かりにくかった私達はよく一緒に居た。
リンは元々無口だったけれど、あぁ見えて何だかんだと優しいのだ。


「リーたん?」

「え、えぇ。その…今、悲しい顔…、していませんか?」


私が最後にリンを見たのは暗殺者を辞めされられて、メルモット様のお邸に戻っていった日。
それからは会えないでいるのだ。

あの時のようなつらそうな表情でなければいいと思う。


「キミ、リーたんの友達?」

「友達…といいますか、その…私達は暗示が掛かりにくかったのでよく一緒に居ました。」

「会いたい?」

「えっ?!?!会わせて下さるんですか?!?!」

「やっぱダメ。まだキミがリーたんを殺さないって確証はないし。」


ま、殺そうとしても、そんなのアヤたんがさせないだろうけどね♪と微かに聞こえたけれど、それよりぬか喜びはちょっと辛い。


「…そ、そうですよね……。」

「でも、しばらくオレと一緒に暮らして、キミがもうリーたんを狙わないってわかったら会わせてあげるよ。」

「…こ、殺さないんですか?」

「殺して欲しいの?」


私は思い切り首を横に振った。
出来ることならばまだ生にしがみついていたい。


「全てしゃべったので…殺されるかと…。」

「死にたくないなら大人しくしててね☆」

「…はい。」

「ん♪じゃぁまずは、名前、教えて♪?」


あ…そういえばまだ言ってなかったけ。


「名前です。貴方は?」

「オレはヒュウガ。よろしくあだ名たん♪」


え?あだ名??


「よ、よろしくお願いします………………って、一緒に暮らす?!?!?!?!」

「え〜反応遅いなぁ〜。」


そういって笑うヒュウガさんに、私は唖然としてしまった。

敵意がないとはいえ、一応私は敵で…。


えっと、一日でこんなにも驚いたのは人生で初めてかもしれないです。


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