02



唐突に奇妙な同居生活が始まった。


「なんか同棲ってドキドキするね♪」

「……あ、あの…恐らく同居だと…思いますが…。」


あっけらかんと言ってのけるヒュウガさんに一応訂正を入れておく。

あくまで私達には取引というものが成立しているから一緒にいるだけで、恋的要素などどこにもない。


「洗濯物を干してるあだ名たんが新妻♪新妻って何かエロいよね☆」

「……はぁ…、そうでしょうか??」


イマイチヒュウガさんが言いたいことが理解できない。
私にそれを言ってどういう反応を望んでいるのやら。

それに新妻のどこがエロいのか全くわからない。

洗濯物を干しているのだって私がここに住まわせてもらうための交換条件なわけであって、全く自主的ではない。

先程決まったことだが、私がここに住まわせてもらってリンに会わせてもらうために条件が設けられた。
それは家事を全て引き受けること。

掃除に洗濯、そして料理。
やることは色々あるけれど、私から言わせてもらえばただそれだけなのだ。

ヒュウガさんを護衛するとか…私の使い道は限られているとはいえ、それくらいはできる。
少なくとも腕っ節にはこれでも自信がある。

私と同じように暗示がかかりにくいリンをメイドに戻し、何故私はそのまま残されたのかというと、私に暗殺者の才能があったからに過ぎない。

これでも組織の中で3本の指に入るほど強いのだけれど…。

ヒュウガさんは私を護衛にはつけなかった。
ただ『家事をして♪』と言っただけ。

家事が苦手なのかと思ったけれど、今まではどうしていたのかと聞けば、軍には食堂があるらしいし、洗濯はクリーニングに出していたらしい。
掃除は適当にするらしいし…はっきりいって私はあまり必要ではない。

かといって私が守るほどヒュウガさんは弱くない。
その人を見ればわかる。
この人は強い。
それもかなり。
今までの経験と勘がそう言っている。


ソファに座っているヒュウガさんは洗濯ものを干している私の後姿を楽しそうに眺め見ている。
テレビが点いているのだからそちらを見たらいいのに…。

ふと窓に写っているヒュウガさんと目があった。


「……なんですか?」

「あだ名たんってさ、強いでしょ。」


急に何を言い出したかと思えば…。


「ヒュウガさんほどではありませんよ。」


お世辞でもなく、本当に。
戦えばきっと私が負けるだろう。

事実、私はヒュウガさんに捕虜として捕らえられたわけだし。


「ブラックホークの方は皆さんお強いんですか?」

「そうだねぇ。」

w
そりゃそうか。
強くないとやっていけないだろうし。

そんなブラックホークのヒュウガさんが何故私を生かしているのか…いくら考えてもわからない。

私にはリンと会わせてもらえる、そしてメルモット様から逃げていられる、それに衣食住完備というメリットがある。
それに対してヒュウガさんにはただ自分でもしてきた家事を私がしているというメリットにもならないメリット。


「あ、あの…一つお聞きしてもよろしいですか?」

「ん?」

「どうして私を生かしているんですか?それにリンにまで会わせてくれるなんて…。私の知り得る情報は全てしゃべりました。どう考えても私は面倒な存在で、始末してしまえばいい話じゃないですか。」

「死にたいの?」

「そ、そういうわけでは…。」

「ん〜…強いて言えば、あだ名たんの強さに魅かれて、それで一目惚れかなぁ♪」

「……」


今、何か聞きなれない言葉が聞こえたような気がする。


「…そうですか。」


スルーしておこう。


「あだ名たんみたいな可愛い子から『始末』だなんて言葉聞きたくないなぁ♪」

「仕事柄、すみません。」

「意外と物騒な子だねぇ♪」


大して気にしているわけでなく、けらけらと笑うヒュウガさんはひとしきり笑うと、洗濯物を干し終えた私を手招いた。


「なんですか?」


首を傾げながらヒュウガさんの元へと近寄ると、濡れた洗濯物を触っていて冷えた指先を取られた。

じんわりと、ヒュウガさんの温かい体温がしみこんでくるのが心地よかった。


「一目惚れって言ったの、スルー?」


…そこ、掘り返すんですね。


「聞き間違いかと思って…。」

「聞き間違いじゃないと言ったら?」

「そうですか。としか言えません。」

「嬉しがるとか嫌がるとか…」

「嬉しいわけではありませんし、別に嫌でもないので…。」


一目惚れといわれてもピンとこないというのが正直なところ。


「ふぅん…。無関心?」

「そうですね。」

「それって嫌いって言われるよりキツイね。」


……。


「そうでしょうか?」

「うん。」

「……イヤ、でしたか?」

「うん。」

「ごめんなさい。」

「別に謝らなくても…、」

「だって嫌な思いをさせてしまったのでしょう?なら謝らなければ。」

「……あだ名たんって、あんまり人と関わってこなかったでしょ。」


関わってこなかったといえばイエスかもしれない。
だって私が関わってきたのは人形みたいな人であり、人形として暗示をかけられた暗殺人形なのだから。
話しかけても返事はない。
それはそこに人がいるようでいないのと同じことだった。

小さい頃は親や人と関わっていたけれど、その親に捨てられてメルモット様に売られ、暗殺者として開花させてからというもの、この数年間はちゃんと人と関わってこなかったような気がする。
唯一関わったリンと一緒に居た時間も短かったし。


私は素直に頷くと、取られていた手を優しく引っ張られて隣に座らせられた。

それからヒュウガさんの腕が肩に回ってきてその大きな手で頭を引き寄せられると、よしよしと頭を撫でられた。


「ヒュウガさんって…お父さんみたいです。」


次の瞬間、ピシリとヒュウガさんが固まった。

心地よく頭を撫でていた手も止まり、少し物足りなさを覚える。


「ヒュウガさん?」

「せめて…お兄ちゃんでもいいかな…いや、それもちょっと…。悲しいくらい意識されてないなぁオレ。」


ブツブツと呟いているヒュウガさんに「どうしました?」と微笑むと、忌々しそうに横目で見られた後にまた頭を撫でられて今度は笑われた。


「手ごわいね、あだ名たん。」

「そうですか?ヒュウガさんほど強いとは思っていませんけれど。」

「そうじゃなくてね。」


じゃぁどういう意味ですか?と聞くために口を開こうとすると、ヒュウガさんは私の唇に人差し指を当ててそれを止めた。


「さっきあだ名たん、嬉しくもないしイヤでもないって言ったよね?」


まだ唇に人差し指を当てられているままなので小さく頷く。


「じゃぁあだ名たんのためにわかりやすく説明すると。あだ名たんは可愛くて、強くて、他の暗殺者より何か輝いて見えたの。わかる?」


可愛いかどうかは定かではないが、二度ほど頷く。


「そんなあだ名たんが好きだよってこと。」


好き??
そっか、一目惚れってことは好きってことか。
確かそれは親や友人を想う『好き』ではなく、異性を想う『好き』ということと同じ意味。


ヒュウガさんは私を異性として好きってこと……??


頭の中でゆっくり整理していくと、何だか頬が熱くなってきた。


「あ、やっと理解した?」


私の頬が赤くなってきたのに気がついたのか、ヒュウガさんがニンマリと笑った。


「どう?好きって言われるのはイヤ?それとも嬉しい?」


ヒュウガさんの人差し指が私の唇から離れたので、私は口を開いた。


「あ、あの…、恥ずかしいですけど…嬉しいです。」


私は小さく微笑んだ。
人から好意を寄せてもらえるのは素直に嬉しい。


「でも、私は好きじゃないです。一目惚れもしていません。」


このときの私には全く悪気があったわけではない。
ただ思った事を素直に口にしただけだ。


「…あだ名たん、やっぱ手ごわいね。」

「ヒュウガさんほど強くありませんよ。」


私は本日3度目となるやり取りに内心首を傾げながら、同じく言葉を返した。


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