01



私は不動産屋側の電柱からストーカーよろしく銀髪で紫色の瞳をした彼を見つめる。

見つけた。
そう思った。

今ここを人が通れば、私は彼をストーカーしている気味悪い女にしか見られないだろうが、実際のところむしろ不動産屋のストーカーと言える。
だって私は不動産屋の出入り口に貼ってあるマンションの間取りを眺めている彼を初めて見たし、名前も、成育歴も何にも知らないのだ。
ただ見た目からわかるのは今彼が着ている服から見て職業が軍人ということだけ。

彼は私の熱視線に気づいたのか、こちらを一瞥したがまたすぐに張り紙へと視線を戻す。
そのクールさも私にとっては好感度にしかならなかった。


「そこのおにーさん!」


ついに私は電柱から身を乗り出し、彼に突進するかのような勢いで近づいた。


「お部屋お探し中ですか?!お一人ですか?!?!ご予算はいくらですか?!もしよろしければ一緒にルームシェアでもしませんか!?」


最初は肝心だから『素敵なお部屋がたくさんありますねー』くらいから話をしようと思っていたのに、気が急いでいた私は捲し立てるように彼へと歩み寄ってしまった。
彼は隣に立った私を数秒不審げに見下ろした後、無視を決め込む。
しかし私は引かない。
彼が私に引いていようとも、私は彼から引くわけにはいかないのだ。
彼みたいなこんな優良物件、二度と見つかるはずがない。


「私名前=名字って言います。すぐそこの大学に通ってるんですけど、って!待ってぇぇぇぇえぇぇ!!!」


勝手に自己紹介から始めると、彼は踵を返して不動産屋を後にしようとする。
私は咄嗟に彼の腰に飛びつき必死に止めようとしたが、彼は問答無用で歩みを進めてゆく。
ズルズルと引きずられながらも、私は精一杯彼に語りかける。


「お願いです!お願いだから私とルームシェアしてください!後生です。一生のお願いです!」


絶対離さないんだから!とばかりに力強く抱きついている私はズルズルと引きずられている感覚が止んだことに、もしかしてルームシェアしてくれる気になったのかと期待のまなざしで見上げれば、無情にも「去れ」という一言と冷たい瞳が向けられていた。

きっといつもの私ならいますぐこの場を去っていただろうが、今はそんなビビり要素なんぞ必要ない。
切羽詰ってますけど何か状態で、私の生活がかかっているのだ。


「嫌です!今ここで貴方を失ってしまったら私は死んでしまいます!」


傍から見たらさぞかし熱烈な愛の告白だっただろう。
だけど私はそんなことにも気づかないくらい必死だった。
ここで彼に断られては、浮浪者決定、住所不定決定なのは目に見えているだろう。


「お願いです!話だけでも!いや、話だけじゃ困るけど、とりあえず話だけでも聞いてください!!」


そう叫ぶ私の想いが伝わったのか、彼は深いため息を吐くと「話を聞くだけだ。」と心底嫌そうに呟いたのだった。




***




今、私は『今日の星座占い、アヤたん1位だったよ☆』と今朝方笑ったヒュウガを叩きのめしたい気持ちでいっぱいだ。

軍での自室は起床時間や連絡の放送がなったりとうるさいので、早く帰れる日や休日ぐらいはどこかでゆっくりしたいと思い、軍の近場に部屋を借りようと思って不動産屋へ来たのが運のつき。


「いやーいい天気ですね。あ、ここのコーヒーおいしい!」


何故だか変な女に絡まれてしまった。


「余計な前ふりはいい。」


オープンテラスで向かい合う女は先ほど出会ったばかりだというのに、どこか馴れ馴れしくヒュウガのような面倒臭さを感じる。
仕事の合間に街へ降りてきているわけだからこちらとしても暇ではないのだが、午後のコーヒーブレイクを取れたのは良しとしよう。
内心で、このコーヒー一杯の時間だけ付き合ってやろうと決める。


「ではさっそくですが、本題に入らせてもらいますね。お部屋はどれくらいが希望ですか?私はトイレとお風呂は別でプライベートな部屋が一部屋あれば文句は…、」

「待て。何故すでにシェアする話になっているのだ。」


ストップをかければ、「いや、隙あらばと思いまして。」と、あははと笑う女に頭痛がしてきた。
この手の女は理解不能だ。
理論よりも感情で動かれると予測がつきにくい。


「実はですね、つい先日まで住み込みで働いていた飲食店が店じまいしちゃってですね。その飲食店経営の夫婦が旦那の実家に戻るというので、急遽出て行かなければならなくなったんです。」

「それで?」

「私、実家からの仕送りとかないですし、バイトしながら大学生してるんですけど、やっぱ一人暮らしは金銭面的に辛くって。どうせなら誰かとルームシェアしたほうが安くなるかなって。」

「言いたいことはわかった。しかし何故私なんだ。」


優しそうな男などもっと他にいるだろう。
少なくとも私は優しそうな部類の人間には見られないはずなのだが、この女は視力が悪いのか、それとも余程頭が悪いのか…。


「私第一区出身じゃないので知り合いは皆無ですし、彼氏も大学の友達も実家通いばっかりなんですよ。」

「恋人がいるのか。」

「はい。まだ付き合って半年くらいなんですけどね。」


そういって微笑む女に男がいるのなら面倒が起ることもないかと思う。
ただでさえ仕事で忙しいのに惚れた腫れたなど面倒だ。


「それに、貴方を選んだ理由はまだあるんですよ!まず顔が良い!」


急に何を言い出すんだこの女は。
半分ほど残っていたコーヒーは惜しいが、早々にこの場を立ち去るために腰を半ば浮かしたところで女は私の腕を掴んで止める。


「待って待って待って!そういうんじゃないんですって!ほら、さっきも言いましたけど私一応恋人いますし!意外にも一途ですし!ほら、なんていうか、顔が良いと女に不自由しないでしょう?不自由しないなら男女でルームシェアしても間違いなんて起こらないと思ったんです!でしょ?」


ですよね?!ですよね?!と伺い見てくる女をじっくり眺めた後、盛大に鼻で笑ってやった。


「安心しろ、貴様なんぞに手を出すほど女に飢えておらぬ。」

「うん、安心するけどやけに腹立つな、なんか。」


テーブルをトントンと人差し指で叩いて続きを促すと、ここは喜ぶべきか怒るべきか悩んでいた女はハッとしたように会話を続ける。


「それから貴方が軍人さんというところですね。収入も安定しているから、『お金貸して』とかそういうことにもならないでしょうし。軍服もきちんとアイロンされているところを見るとズボラでもないようなので、そこらへんも安心かなと。」

「あの短時間でよくそこまで見れたものだな。感心する。」

「感心すると言っているのに、表情がどこか呆れているのは私の気のせいですかね。しかしまぁ、生活かかってるんで、こちとら必死ですよ。」


はは、と空笑いする女は嘘をついている風でもなく、私の人を見抜く力を考えると、すべて本当のことなのだろうと伺えた。
しかしそれとこれとでは話は別だ。
一人でゆっくりとする時間が欲しいと思い部屋を借りるつもりなのに、そこに他人がいては元も子もないのだ。

少し脅しておくか、と私は温くなってきたコーヒーを一口嚥下するなりテーブルに肘をついて手を組んだ。


「そういえばまだ名前を言っていなかったな。私はアヤナミ。ブラックホークのアヤナミという。」


ブラックホークは残酷非道だと噂が流れているのを知っていた私は、若干の不敵な笑みを浮かべて女を見据える。
実際女も様々な噂を知っているのか一瞬呆けたものの、すぐにその表情は強張って………いかなかった。


「あっはっは!やだなーもう冗談もほどほどにしてくださいよ。あのアヤナミ参謀と一緒の名前だからって、ビビらせようったってそうは問屋が卸しませんよ。生活がかかっている今の私は敵なしです!あの悪名高いブラックホークだって簡単に倒せちゃいそうな気がします!いや、むしろやれる!」

「…そうか、それはよかったな。」


ただでさえそれだけしか返せなかったのに、「そういえば知ってます?あのアヤナミ参謀って噂では人を頭から食べたりとかするらしいんですよ。」と言われた時にはもう言葉を返す気力も失われていた。


「で?今の話聞いてルームシェアしてくれる気になりました?」


なるわけがない。
人が人を頭から食べるなどという噂を信じているような平々凡々に過ごしてきたこの女と一緒に住むなど、考えられるものか。


「あ、因みに言っておきますけど、私、狙った獲物は逃がさないタイプなんです。」


参謀であるこの私を脅すつもりかこの女は。
しかし『付き纏われる。』と、なぜか戦場で培った直感がそう告げた。


「………シェア…するか。」


渋々頷けば、女、名前=名字は「やったぁ!!」とテーブルやイスをひっくり返さん勢いで立ち上がり喜んだ。


「花の女子大生とルームシェアできるなんて光栄に思ってくださいね。」

「自分で言うな。」


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