01






私の彼氏はごくごく普通のサラリーマン。
サラリーマンがサングラスはダメでしょって笑ったことは数知れず。

顔良し、声良し、体つき良しな彼は少し意地悪なところもあるけれど優しくて誠実な人。
一緒にいると沈んでいた気分も浮上してしまうくらい明るくて、何より空気を読むのが上手だから私はいつも彼に甘えてた。

そんな私はごくごく普通のOL。……なんて嘘。
彼にはOLだと言っていたけれど本当は軍人。
それも戦闘職。
だから付き合う前からずっとずっと、この2年間ずっと軍人だということは黙っていた。
女である私がザイフォン使えて戦場に出てるなんて知られたら嫌われてしまうと思っていたから。

私はいつもよりアイロンを綺麗にかけた軍服を身に纏い、髪の毛を後ろで纏めて結んだ。
等身大の鏡で可笑しなところがないか見て、満足すると部屋を出る。

今日から私は憧れの部署に配属になった。
その名もブラックホーク。
私はブラックホークに入りたいがために、…いや、正確に言うとアヤナミ参謀のべグライターになりたいがために軍人になったようなものだから、気分は逸っていた。

だけどふと思い出す。
恋人のことを。
いや、もう元彼か。

私はアヤナミ参謀のべグライターに配属という命が降りてからというもの、彼と別れた。
理由は唯一つ。
これまで以上に忙しくなるであろうこの仕事を、彼に隠し通せる自信がなかったから。
嫌われる前に私は彼に別れを告げたのだ。
だってある意味悪名高き部署だ。
本来なら近寄りたくもない人の方が多いブラックホークに配属されたなんて、しかも本当は軍人でしたなんて2年も付き合っていて今更言えなかった。

身勝手だとは自覚している。
それでも、私は仕事を選んだ。
大好きな彼よりも、憧れの人のべグライターという仕事を選んでしまったのだ。

若干どころかモヤモヤと晴れない気持ちはそのままに、私は執務室の扉をノックして入った。


「おはようございます。今日から配属になりました、名前=名字です。よろしくお願いします。」


執務室に入ると、数名のブラックホークメンバーであろう方々がいた。
正直なところ、私はアヤナミ参謀しかお顔を拝見したことがない。


「はじめましてカツラギです。ここでは大佐を任命されております。今日からよろしくお願いしますね。」


第一印象は優しそうな人。
でも大佐ということはきっとアヤナミ参謀の次に強いのだろう。
人は見かけに寄らない。


「ボククロユリ!中佐だよ!」


見かけに寄らないパターンの人間がもう一人。
子供なのに中佐って…。
いや、実力があれば問題ないけどね!
なんかすごいところに配属されたみたいです。


「コナツ=ウォーレンです。少佐のべグライターです。よろしくお願いします。」


はちみつ色の髪と瞳が可愛らしい青年だ。
目の下に隈があるのが少々目立つ。


「ハルセと申します、クロユリ様のべグライターをさせていただいております。よろしくお願いします。」


これまた優しそうな方だ。
純粋そうというか、あ、なんかこの人から甘い匂いがする…。

それぞれに「こちらこそよろしくお願いします」と会釈して挨拶を終える。
カツラギ大佐、クロユリ中佐、…あれ??少佐は??


「あの、少佐の方はどちらに?」

「えーっと…少佐は……多分寝坊ですね…」


当に出仕の時間は過ぎているのに寝坊とは。
コナツさんの様子からだと結構寝坊が多いようだ。


「では挨拶はまた後ほどですね。アヤナミ参謀はいらっしゃいますか?」

「えぇ、奥の参謀長官室にいらっしゃいますよ。」


カツラギ大佐に案内されて参謀長官室に入ると、アヤナミ参謀は書類から顔を上げた。
この部屋の空気が凛としているように感じる。
それは憧れの人という先入観があるからかもしれないけれど、そうではないようだ。
凛とした姿は凛々しく素敵だ。
数年前にお会いした時と何ら変わらない。


「お前が名前か。」

「はい。名前=名字と申します。至らぬ点もあるかと思いますが、よろしくお願いします。」


頭を下げると「お前の働きは耳にしている。期待している。」と称された。

期待されている!
それがどれほど嬉しい事か。
憧れのアヤナミ参謀に『期待している』と言われた私は、今なら空でも飛べそうだと思った。
書類戦場なんでも来い、おまかせあれだ。


「先程皆としゃべっていたようだが、改めて紹介しておこう。」


そういってアヤナミ参謀は立ち上がり、参謀長官室を出るのに続いて私も出た。
するとちょうど執務室の扉が開き、遅刻してきたのであろう少佐が………


「堂々と遅刻とはいい度胸だなヒュウガ。」

「だって目覚ましが電池切れで止まってたんだよーアヤたん!」


ちょ、ちょっと待って。
今の声…しかもヒュウガって…聞こえ、た、気が……。

私はアヤナミ参謀の背後にいたため、私からも、そして彼からも私は見えていないようだ。
恐怖や期待が入り混じった胸がドキドキとうるさい。


「ん?後ろの誰?」

「あぁ、今日から私付きのべグライターだ。」

「へぇ〜♪」


近づかないで!
近寄らないで!

足音が段々と近くなってくる。
私の中で逃げなくては!という本能が働いて、アヤナミ参謀の右側から覗いてきた彼から逃げるようにアヤナミ参謀の左側へササッと移動した。


「「「……」」」


あぁ無言が怖い無言が怖い!!
こんなに人数が執務室にいるのにどうしてこんなに静かなんだ。
アヤナミ参謀は周りをチョロチョロされて気分が悪いとばかりに眉を顰めているし。

ごめんなさいアヤナミ参謀。
それどころではないんです!!

彼が今度はアヤナミ参謀の左側から覗いて来ようとしたので、今度は私はアヤナミ参謀の右側へ隠れようとしたのだが、彼はフェイントをかけて左側に行ったと思わせて右側、つまり私の方へ体を向けた。


「「……」」


ついに目が合ってしまった。
私は何も言葉を発する事が出来なくて目を逸らしたけれど、彼は今も私を見下ろしている。


「名前、何してるの?」


もう私からは会う事もないと思っていた彼に出会ってしまった。
出会って『名前』といつものように呼ばれてしまった。
私利私欲のために別れた私に罪悪感が一気に押し寄せてくる。


「ヒュウガ…」


1週間前『別れて欲しい』とメールを送ってアドレスも携帯も変えた。
全てが一方的だった。
今頃彼は何をしているだろうか。とか、何を考えているだろうか。とか色んなことを考えた一週間だった。
たった一週間で気持ちは変わっても姿は変わっていないようだ。
痩せているわけでも、太っているわけでも背が伸びたわけでも縮んだわけでもない彼とこうして向き会っていると、今でも付き合っているような気分になる。

だけど現実はそうじゃない。

嫌いになって別れたわけではないから、会うと辛いだろうな…と思っていた以上に、その何十倍も何百倍も何千倍も辛かった。

じゃぁ彼はどうだろうか。

塵一つない床を眺め見ながら私はそんな事を思った。


- 1 -

back next
index
ALICE+