02
あの後微妙な雰囲気を蹴破ってくれたのは意外にもアヤナミ参謀だった。
『仕事に戻れ』というたった一言で皆が散らばり、ヒュウガも渋々と言った感じだが自分の席に座った。
私はというと新しいディスクに案内されて、そこに座る。
最悪な事にヒュウガの真ん前という地獄のような席だった。
「ねぇ2人って知り合いなの??」
アヤナミ参謀に言いつけられた書類の整理をしていると、クロユリ中佐が純粋なのかわざとなのか、嫌な質問を投げつけてきた。
ハタ、と動きを止める私をジッと見つめるヒュウガ。
そんな私達の様子を眺める皆様方。
頼みの綱のアヤナミ参謀は会議中。
どうしたらいいのやら。
「…えっと、まぁ、それなりに。」
「あのねークロたん、オレ2年付き合ってた子がいてねーそれでオレ的にはラブラブだと思ってたんだけど、一週間前に一方的にメールで一方的に別れを告げられて、連絡がつかなくなって一方的に別れた彼女がいたんだよ〜♪その彼女があだ名たん☆」
一方的にを強調しすぎ、ヒュウガ。
一方的だったのは私だってわかってるんだから…。
ヒュウガの話を聞いているこのメンバーの中で一番驚いた表情を見せたのはコナツさんだった。
何を思っているのか、困惑した顔で私を見ているがそんな顔されてもどう返したらいいのかわからない。
「…何その『あだ名たん』って。気持ち悪いんだけどヒュウガ。」
付き合ってきて今の今まで『あだ名たん』なんて呼ばれたこともない。
あ、鳥肌立ってる。
「ん?ヒュウガ??ヤダーコナツ〜オレ今新人に呼び捨てにされた〜。」
う・ざ。
「すみませんでしたヒュウガしょ・う・さ!」
わざとらしく嫌味を言うヒュウガに向かって『少佐』を強調すると、『呼び捨てにされた〜』とか言ったにも関わらずスッと目を細められた。
何が気に喰わなかったのかわからないが、今は仕事中だと切り替えたい。
私はヒュウガから視線を逸らして書類に集中した。
そんな私を面白くないと思ったのか、ヒュウガはどこかへ行ってしまった。
仕事に行くにしては書類も持っていなかった。
女の人のところ…だろうか。なんて一人で思っていると、隣からカツラギ大佐が「ヒュウガくんはよくサボりに行くんですよ。恐らく今日も中庭で昼寝でしょうね」と教えてくれた。
別に教えてほしいと言ったわけじゃないのに。
それほど気にしているように見えたのだろうか。
そんなことない。
だって私はもうヒュウガの彼女じゃないんだから。
それから仕事に没頭して気がつくとお昼を過ぎてきた。
遅めの昼食を取り終わった頃にヒュウガが戻ってきて、入れ替わりのように私はアヤナミ参謀と会議へ赴く。
あまり顔を合わせたくないと思っていたから丁度よかった。
しかし何とも仕事がしにくい。
憧れのアヤナミ参謀のべグライターの座に就けたというのに、これでは精神的に疲れてしまいそうだ。
「疲れているという顔をしているな。」
会議が終わり、アヤナミ参謀と執務室へ戻っている最中に言われてしまった。
「まだ不慣れで疲れたか?」
「いえ、」
「それともヒュウガが原因か?」
心臓がドクリと一際大きな音を立てた。
「…いえ。」
「クロユリに聞いた。公私混同をするなとは言わないが、あまり落ちた顔をしているとヒュウガのいいように弄られるぞ。」
「…はい。」
私は…公私混同なんてしてない。
してるのはヒュウガのほうじゃないか。
「今日はもうこのまま上がって休め。」
「えっ??まだ定時でもないですが。」
「不慣れな場所では気疲れもしているだろう、休め。だが明日からは忙しくて定時で上がれなくなると思っておけ。」
アヤナミ参謀の気遣いに、私は小さく頷いて「ありがとうございます」とお礼を言うなりアヤナミ参謀と分かれた。
一人になってみるとやっぱり疲れていたようで、私は深いため息を吐く。
すると前からヒュウガが歩いてきていた。
またサボりにでも行っていた帰りなのだろうか、、彼のつま先は執務室に向かっている。
あちらも私が前から歩いてきていることに気付いたようで、あからさまに立ち止まった。
私の足も一瞬つられて立ち止まりそうになったが、知らんぷりをして「お疲れ様でした」と横を通り過ぎる。
彼からの返事はなかった。
私はホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、ヒュウガが私の後をつけて来ていることに気付いた。
ヒュウガの足音は一定の距離を保ったままついてくる。
一体どういうつもりだ。と振り返ると、彼は立ち止まった。
「何か御用ですか。」
相変わらず返答はない。
こうなりゃ無視だ無視!と半ば急ぎ足で歩き、私の部屋が見えるなり鍵をポケットから取り出して鍵穴に差し込む。
ヒュウガはまるで背後霊のように私の後ろに立っていて気分が悪い。
鍵を回してドアノブも回す。
そして部屋の中に滑り込むように入って急いで扉を閉めようとすると、ヒュウガのクソ長い足が扉の間に差し込まれて扉を閉められなくなった。
「っ、ちょっと、どこの悪徳セールスマンよ。」
「ここがあだ名たんの部屋?」
ことごとく私の言葉をシカトされている挙句、無理矢理足と手で扉を開けられ、ヒュウガが部屋に入ってきた。
「不法侵入だよ、ヒュウガ。」
「あれ?『少佐』は?」
「つけるとつけるで気に喰わないくせに。それに今はもう仕事終わってプライベート中なの。」
「ふ〜ん。」
ヒュウガは一頻り部屋を眺め見た後、私に近寄ってきた。
「気に食わないってわかってたんだ。」
「当たり前でしょ、2年も付き合ってたらそれくらいは。何が気に喰わなかったのかは全然わかんないけどね。」
段々近づいてくるヒュウガが少しだけ怖くて、一歩一歩と下がると壁に背中があたった。
次の瞬間、
ダンッ!!!
と大きな音を立ててヒュウガの左手が壁を叩くように私の顔の横に押し付けられた。
あまりにもびっくりして目を瞑って顔を逸らす。
未だにヒュウガが左手を壁につけているため逃げ場はない。
というか隙がない。
「全部だよ。全部気に食わない。別れを告げられたことも、何気ない顔で『少佐』って呼ばれるのも全部。大体名前OLじゃなかったの?」
ヒュウガの瞳は怒気を孕んでいた。
今まで見たことがないほどの怒りだ。
ヒュウガは拗ねたりはするけれどあまり怒りを面に出さない。
だから余計に怖いと思った。
「そ、それを言うならヒュウガだってサラリーマンって嘘ついてたじゃない。」
「だって普通はブラックホークの少佐なんて言ったら皆怖がるでしょ。」
「私も女が軍人で戦闘職って言ったら嫌われると思ったんだもの。」
「ふーん。で?」
で?って何。
何その憎たらしい顔は。
「一方的に別れを告げられて、とりあえず理由が聞きたいからって連絡しても携帯は解約されてて、勤めてるって教えてもらってた会社に電話しても名前なんて名前の社員はいないって言われたオレに対して、何も言う事ないの?」
「……嘘ついててごめん。」
「オレが聞きたいことはそういう言葉じゃないんだけど。」
瞳だけじゃなく今度は声からも怒りを感じた。
しゃべればしゃべるほど怒っていくのはどうしてだろう。
唇が震えて、それから視界が歪んだ。
「なんで名前が泣くの。」
「ごめ、」
「なんで謝るの。」
もう訳がわからない。
どうしてこんなことになったんだ。
どうしてこんな状況にしてしまったんだ私は。
「何で別れようって言ったの??オレのこと嫌いになった?」
「ちがっ、」
首を振って否定する。
決して嫌いになんてなってない。
なってないから今こんなにも辛いんだ。
「私、アヤナミ様のべグライターになるのが憧れで、でも忙しくなるだろうから恋愛と両立できるかどうかわかんなくて、それで、」
「オレよりアヤたんを取ったの?」
ズキンと心臓が痛んだ。
切なげなヒュウガの声が耳にこびりついて離れない。
「それ、比べる天秤が違うよ。」
ヒュウガは一度も私に触れることなく、それだけ言い残すと部屋を出て行った。
壁を伝って座り込むと自分が情けなく見えた。
いつから私は間違ってしまったのだろうか。
あぁ、そうか、最初からだ。
嘘をついた時から間違っていたんだ。
嫌いになられるのが怖くて、あんな嘘さえついていなかったら、こんなことにはなっていなかったはずなのに。
今、私の中でヒュウガと別れて後悔はしないと決めた一週間前の決意は、脆く崩れ去っていた。
後悔はしないと、自分に言い聞かせていたはずなのに…
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