貴方の瞳の中の私




「あ、ヒュウガ少佐。」


内心『みっけ』と思った。
今日も今日とて、先ほどコナツさんが『少佐に逃げられた!!』と叫んでいたからだ。
サボりの現行犯で逮捕したヒュウガさんは、私に見つかったことを大して気にしてもいないようで、こちらに手を振るなりへらりと笑う。
あぁ、今日も平和だ。


「あだ名たん、オレとお話しよーよ。」


寝転がっていたベンチから上半身を起こした少佐は隣をポンポンと叩いて私をサボりに誘う。
どうやらミイラ取りをミイラにしたいようだ。


「コナツさんに見つかったら怒られますよ?」

「なるようになるよ☆」


そうはいうが、私がサボるのとヒュウガ少佐がサボっているのとではちょっと違うのだ。
私はまだまだ学ぶことの多いベグライターだし…。


「そういえばさ、あだ名たんって最近コナツのこと可愛い発言しなくなったよね??」


少佐は私の拒否さえ受け入れずに半ば無理矢理会話に引きずり込んでくる。
恐ろしい。これが少佐のサボりの手口か。


「まぁ…認識を改め直しただけです。」


可愛い可愛いと思っていたコナツさんが、実は私のことが好きで最近アプローチが目に見えて多い。
小さいことで言えば、会議中も、仕事中も、遠征中もよく目が合う。
大きいことと言えば、食事に2人で行った後『この後どうする?部屋に来ない?』と堂々と誘われるようになったことだろうか。
いつもは上手く誤魔化して自室に帰っていたが、誘うときのあの瞳はそろそろそれすら許してくれなさそうだ。
女の子らしさからほど遠い私を女の子扱いしてくれるコナツさんの少しむず痒さを覚える。


「へぇ〜♪改め直さないといけないほど何されたのかなぁ☆??おにーさんに教えてくれない??」

「ちょっと、近いですヒュウガ少佐!」


ベンチから立ち上がった少佐は楽しそうに私に近づき、見下ろすと自白を迫ってくる。
女としては背が高い私だけれど、ヒュウガ少佐は高身長だから自分が小さくなったように感じた。
普通の女の子たちはいつもこんな気持ちなんだろうか。


「さすがに言えないですって!!」

「ふぅ〜ん、へぇ〜♪言えないようなことをねぇ〜♪」

「勘ぐらないでくださいよっ!!」


誰か助けてくれー!!と視線を彷徨わせていると、ちょうど通路を歩いていたコナツさんと目があった。
立ち止まったコナツさんは目を細めて訝しげな表情を浮かべ、こちらへ歩いてくる。


「少佐、こんなところで何してるんですか。仕事してくださいよ。」

「ちぇっ。見つかっちゃったね、あだ名たん♪」

「いや、あの…見つかってホッとしてます。」


そうだそうだ、私は忘れて会議室にペンを忘れてきたみたいだからと忘れ物を取りに行こうとしていたのに、まさか少佐に捉まるなんて。


「じゃぁ、私はこれで…。」


そそくさとその場から退散する。
コナツさんの視線に対してどうしたらいいのかわからないのだ。
なのに頻繁に目が合うし、日々狼狽えてばかりだ。
コナツさんは『落とすから、覚悟してね?』と言ったけれど、これはもうほぼ落ちていっているように思える。

熱を持っている頬に手を当てて必死に冷ましていると、目の前を産まれたての小鹿のようにぷるぷるとした足取りで荷物を運んでいる女の人がいた。
どう見ても重たそうで、軍服を着ていないところを見ると、頼まれた業者のようだった。


「手伝いましょうか?」

「い、いえっ、そんな!」


声を掛けると、女の人は手が使えない代わりに首を盛大に振った。
その間も小鹿の足は変わらない。
気を抜けばふらふらとまでしているものだから、軽く手を添えて支えてあげる。


「どこに持って行くんです?」

「3階の会議室です。」

「あ、それなら私、今からそこに用事があって行くんです。次いでなので持って行きますよ。運ぶだけでいいんですか?」

「はい。でも、本当に重たいですよ?」


「私、戦闘系の職種なので普通の女性よりは力があるんです。」と微笑むと、遠慮していた女の人は申し訳なさそうにしながらも「じゃぁよろしくお願いします」と荷物を手渡してくれた。
それを受け取り、女の人が「助かりました」と頭を下げながら業者入口がある扉へと姿を消した瞬間、私は張り付けていた笑顔を一瞬にして消した。


「お、重い……」


よくこんなに重たい荷物持てたな…と驚いてしまう。
もしかしたら彼女、私より戦闘系職種向いているかもしれない、なんて思いながら一歩一歩重たい足取りを進める。

腕は痛いし、重さが足腰にくるしで、ちょっとした訓練だ。
クロユリ中佐にめっためたにされるのに比べたらなんのその。
いやしかし、やはり辛いものは辛い。
3階の会議室が地球の裏側にあるような錯覚さえしてきたところで横から現れた手にその荷物を奪われた。


「生まれたての小鹿が歩いてるのかと思った。」


いや、持ってくれたのか。
しかもそのセリフ、私もさっき業者の女の人に思いましたとは言わないでおく。


「あれ?コナツさん、執務室に戻ったんじゃ…」

「戻ろうと思ったけど情報部から書類貰わないといけないこと思い出して。これどこまで運べばいいの?」


情報部といえば同じ階のしかも隣じゃないか。


「3階の会議室までですけど…、も、持ちます、私。」

「また小鹿になりたいの?」

「それは…まぁ……いや、…えっと……ありがとうございます。」


素直に運んでもらうことにした。
私の足じゃコナツさんが運ぶ時間の倍以上はかかるだろう。
それ以前に、会議室まで私の筋力が持つかどうかの方が怪しいが。


「名前はどこに行くつもりだったの?」


両手が塞がっているコナツさんの代わりにエレベーターのボタンを押して乗り込む。
コナツさんと2人きりになるのなんていつぶりだろうか。
誰も乗っていない、乗ってこないエレベーターは今の状況を妙に意識させた。
ささっと済ませてささっと執務室に戻りたい。


「あ、同じ会議室にペンを忘れたみたいで…。取りに行こうかと。」


コナツさんが私に想いを寄せていると知る前までは全く意識したことなんてなかったのに、今とは状況が全く違う。
むしろ昔なんて『コナツさん今日も可愛いなー。可愛いコナツさんと2人っきりだー』なんてはしゃいでいたのに。
最近では『コナツさんが可愛い』発言を控えている。
控えているというより、言えないのほうが正しいかもしれない。
だって私は知ってしまったから。コナツさんの『男』な一面を。
今だってそうだ。
私が全身の筋力を駆使してやっと持てていた荷物だって、コナツさんはさほど重たいような様子も見せず軽々と運んでいる。
これが男と女の違いか。


エレベーターを降りると、目当ての会議室はすぐそこだ。
中に入り、コナツさんは荷物を下ろし、私は探していたペンが床に転がっているのを見つけてポケットに入れた。


「ペン見つかったの?」

「はい!床に落ちてて。荷物、運んでくださってありがとうございました!あ、コナツさんは情報部に行くんでしたよね?私、先に執務室に戻ってますね!」


では!と捲し立てる勢いで私たち以外誰もいない会議室を先に出ようとドアノブを掴むと、その上からコナツさんの手が触れた。
ドアを開けようにもコナツさんの手がそれを許さない。


「な、なんですか?」


振り向くと、コナツさんは思っていたよりも近くに立っていた。
それも触れ合うくらいの距離だ。
何だろうこのデジャブ。
前にもこんなことがあった気がする。
そうだ、忘れもしない、階段の踊り場でも似たようなことがあった。


「髪、」

「へ?」

「髪、長くなってきたね。伸ばしてるの?」


思わぬ会話に内心ホッと胸をなで下ろす。
しかし何故このタイミングなのか。
こんなに近くで話すような内容もないと思うのだが。


「あ、いえ。最近忙しくて切りに行く暇がないだけなんです。もう長い髪なんて邪魔で邪魔で。」

「そうなの?似合ってると思ったけど。」

「そんなことは…。えっと、ペンも見つかりましたし、そろそろ私執務室に…」

「名前さ、僕の事避けてない?」

「避けてなんて!」


とんでもない!!と首を振るが、コナツさんの目は少し細められるばかりで追及は止まらない。


「避けてるよね?」

「いや、そんなことは……」

「ないって言い切れる?」


近すぎる距離に逃げ腰になるが逃げ場はない。
前門の虎後門の狼ならぬ、前門のコナツさん、後門の閉じられたドアだ。
一体どこに逃げろというんだ。


「……さ、避けてました、ごめんなさい。でも、避けるっていうより、逃げるっていうか、」

「僕のことは避けるのに少佐にはあんなに迫られてるんだ。」

「いや、あれは…。」


悪いのは私ではないはずだ。
あれは全部ヒュウガ少佐の好奇心とお節介のせいであって、断じて私のせいではない。

しかし頑として『少佐のせいだ!』とも言えず、髪を触って誤魔化す。
少し前までは可愛い可愛いと思っていたコナツさんに、今は不思議と女としての危機感を感じる。


「大体なんで僕の事避けるの?僕のこと嫌い?」

「嫌いだなんてとんでもない!」

「じゃぁ気を引きたいのなら無駄だよ。もう名前の事しか見えてないから。」

「そ、そういうとこです!」


今ので一気に顔に熱が集中したのがわかった。
絶対赤くなってるような気がする。
もう見ないでほしいのにコナツさんは一向に私から距離を取ることもなければ更に見つめてくる。
コナツさんの瞳の中に私が見えそうなくらいだ。


「そういうとこって?」

「私がコナツさんから逃げたくなる理由です!あまりそういうことを言われ慣れていないというか…は、恥ずかしいですし…。」

「慣れてたらビックリだよ。大体さ、僕、これでも逃げる者は追うタイプだけど?」

「う゛。そういうところヒュウガ少佐に似てきましたよね。」

「嬉しくないんだけど。それに名前だってそうやって話し逸らそうとしてるところも少佐に似てるよ。」


なんて嬉しくないんだろう。
『少佐みたいに強いね』なら戦闘職に就いた私としては喜ぶところだが、そういった少佐の性格は是非とも『同じ』に見られたくはない。
少佐には申し訳ないけれど。


「大体、あからさますぎますよコナツさんっ!」

「何が?」

「この間の件からすごく押してくるし、」

「だって前みたいに『可愛い』って思われても困るしね。」

「常に目だって合うし、仕事に集中できません!」


キッパリ言い切ると、コナツさんはキョトンとして首を傾げた。
一体何を言ってるの?といった表情をされ、つられるように私もキョトンとした。
それに伴い、興奮も少し落ち着く。


「目が合うっていうか……先に見てたのは名前でしょ?」


そりゃボクから名前の事見てることもあったけど、最近は名前からの視線感じて顔上げると目が合うよね?と指摘されて私は居たたまれない気持ちになった。
これじゃぁ私の方が意識しているみたいだ。


「わ、わた、私っ、急務を思い出したので執務室に戻りまっ、」

「はいはい、何でそこで逃げるのかな?」


必死にもがいて逃げようとしたが、腕を掴まれてあっさりと逃亡劇は終わりを告げた。
わかっていたのに、逃げられないことくらい。
それでも逃げようとしたのは、今のでもう私の気持ちが彼に伝わってしまったのではないかと思ったからだ。
実際、逃がすまいと私の腕を掴んだままのコナツさんは上機嫌に笑っていた。
絶対、伝わっている。これは紛れもなく伝わっている。


「何か言いたいこと、あるんじゃないの?」

「べ、別に何も…。」

「そう?」


あっけらかんとしているのは、すでにコナツさんが確信しているからなのだろう。
私の気持ちが今誰に向いているのかを。

言ってよ。とコナツさんの指が私の指に絡まる。
腕を掴まれるよりも逃げ辛く、そして逃げる気さえ起こさせないのは不思議だ。


「ねぇ、僕の事好き?」


まだ落とされてくれないの??と告げたコナツさんは続けざまにこう言った。
それはもう、とてつもなく可愛らしい笑顔で。


「そろそろ落ちてくれないと、僕、名前に何するかわかんないかも。」



貴方の瞳の中の私

(もう、すっかり落ちてますっ!!)

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